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結局また、グレバムに逃げられ次は雪国に向かうために僕らは船旅を強制された。あれから奴はというとヒューゴの任務続行は不可能なので僕らについてくることとなった。スタン達は元々は馬鹿な集まりなので奴の真実を知っても特に恐怖など感じることもなく普通に接していた。まぁ相変わらず僕はイライラさせられているが。
船酔いのため甲板に一人で出ていた僕の背後に誰かが近づく音がする。

「リオン君、」
声を聞くまでもなく奴だった。

「なんだ」

「多分、やばい事になった」

「は?」
また悪戯でもやらかしたのかと嫌な面持ちで奴の顔を見上げると奴のあの余裕綽々な表情がなく雪がちらつくにも関わらず冷や汗に顔面蒼白。もともと僕を庇った時に大量出血したため貧血とは言っていたがこれほどまでか

「グレバムの奴さー、神の眼でどんどん力つけていってる。これは想定外だなー」
口調なんかは無理しているのだろうが余裕がまったく感じられず震えている。そのまま奴は続けた。

「僕の体、もうすぐ、神の眼に、グレバムに乗っ取られる」
神の眼はレンズを操る、つまりは奴もその対象ということか。前の戦いで奴がレンズを埋め込んでいることが露呈され、大量出血によりまた本調子まで至っていないからなのだろう。つまり

「あの時僕を庇ったからか」
僕の言葉に奴はここで初めて空笑いをした。


「それに対して後悔してないよ。リオン君が傷つくのは見たくない」
そして真剣な面持ちを僕の手を握り奴は次の言葉を放った。

「もし、僕が正気を保てなくなったら、リオン君が殺」「嫌だ」
僕は言い終わる前に拒否の言葉を述べた。乗っ取られる、つまりは僕やヒューゴの迷惑になることを極端に嫌う奴がこの状況で出す答えなど僕にはわかっていた。そして奴のその自己犠牲誠心にはつくづくあきれた。いつもそうだ。やることがあるだなんて言うくせに自分のことをすぐに切り捨てる。僕は声を荒げた。


「そもそも、やる事が残っているのだろう?なのに何故そんな簡単に諦める?!恩返しするのだろう?!!」
僕が言った途端に奴は呆気に取られた顔をした。甲板の上で目的地が近いのだろう、体が冷えてきて空から雪がちらつき、奴は空を見上げる。表情は見えない。そしてまたあのデジャブが僕を襲う。雪、黒髪、女。僕の記憶ではまったく心当たりがないがそのデジャブは僕のなかで確信へと変わった。


「…お前、僕と昔会ったことあるのか」
奴は空を見上げたままだった。

「…」
いつもなら、ヘラヘラ誤魔化すだろうがそんなことはしなかった。いやできないほど動揺してるのが見てとれた。そして僕は最後に止めをさすように続けた。

「お前と、雪が降る中で立つ黒髪の女が重なる時がある……それはお前だな」
長年の疑問は確信へと代わった。奴は何も口にしなかったが表情が全てを物語っていた。


「僕は心当たりがない。お前はたぶん覚えているだろう?」

「…そうか、凄いな、ははは」

「どうなんだ」

「…教えられない」

「これは、」

「ヒューゴ邸にある僕の部屋のクローゼットの斜め下の小箱の鍵。そこに全て書いてある。全て。ただこれだけじゃ開かない」

「私の名前がパスワード。それは思い出して。」

「…わかった」






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