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僕らは無事にグレバムを倒した。あの長旅の後、僕らは長期の休暇を国王から言い渡され窮屈な屋敷にて休息をしていた。奴は何事もなかったように屋敷で伸び伸びと過ごしていた。僕はそれでも鍛練は欠かさなかったしそして焦りもあった。何故ならグレバム事件はヒューゴの筋書きの一つなのだから。そしてヒューゴは今ノイシュタットの会議に赴いている。表では今後のレンズに対する対応について各オベロン社幹部との話し合いだ。世間ではグレバムの一件以降レンズを悪用しようとする輩が多くなると推測されるため、レンズ買収を更に進めるための会議と言われている。しかし真相は今後の方針について、どのように神の眼を国から盗み、決行するのかの会議だ。そしてその作戦には僕もついていくことになるだろう。ここで拒否することはマリアンの身に危険が及ぶ可能性がある。これだけはなんとしても防ぎたい。ヒューゴがいない今でもヒューゴの部下が僕らをマークしている。僕一人ならまだしもか弱いマリアンを連れていくのはリスクが高すぎる。あと一つ心残りなのは、奴のことだ。奴はきっとヒューゴについてくるだろう。しかし奴にそこまでここに残る理由があるようには思えない。奴が言う約束とは誰のことなのだ。グレバムの一件からヒューゴが奴を信用していることはわかっている。また奴もヒューゴには何か思うところがあるように感じていた。だからこそ、奴はここにいてはいけない。むしろ、奴が苦しむところはもう、見たくない、そう考え認めるようになっていたのも事実。奴一人なら逃がすことも可能だろう。だから、僕は奴に言った。



「お前は屋敷から出ろ」

鍛練に奴を誘いそのままヒューゴの部下のいない人気のない所に連れ出し、辺りに誰もいないのを確かめてから奴に言葉を放った。その途端へらへらしていた奴の顔が固まった。


「なんで?」
数秒の沈黙のあと奴は声を振り絞るように僕に問いただす。


「今後起こること、知らないはずないだろう」

「…出ないよ。君はどうするのさ」

「僕の事はどうでもいいだろっ」
途端にまた奴は黙った。


「…」

「今後は更に危険が伴う、それに世界を敵に回すんだ。そんなことにまでお前が付き合うことはない」

「…」

「今はヒューゴは外出していて明日まで帰らない。今なら、」
逃げられる、と奴に言うはず立った言葉が僕の喉先で止まった。奴が声をあげたからだ。

「ふざけるなよ!どうしていつもいつもいつもいつも自分が犠牲になろうとするんだよ!」
奴は僕の胸ぐらを掴み、声を上げる。こんなに声を上げ、立腹する奴を見るのは初めてだったため僕は硬直する。


「っ」

「なんでそんなに他人のことばかり気に掛けるのよ!これは貴方の人生よ!!どうしてもっと欲張りになれないのよっなんで、すぐ諦めるのよっ」

胸ぐらの拳に更に力が入った。奴の口調が変化し、悲痛の表情で僕に訴える。こんな感情的な奴を見るのは初めてだった。動転する僕に更に奴は続けた。


「なんで貴方ばかりが不幸にならなくてはならないのっ!貴方ばかり裏切りの十字架を背負うの?!私はなんのためにっ、ここまで、、」
奴がここにいる理由。奴は以前誰かと約束をしたのだと言った。しかし奴はその約束をした相手を探すことはしない様子。つまりそれは、もう終わっている。そう思っていた。しかし、何故こいつはここまで僕に執着している?裏切り?奴は僕の何を知っている?


「私は、死なないんだからっ」

「だからって何してもいいのか!お前が敵に操られた時、お前が死んだと思った時僕がどんな気持ちだったかわかるか?」
今でも記憶に新しい、奴が敵に回った時のこと。あれだけ剣を突き付けるのに戸惑うのは初めてだった。そして僕にとって奴の存在が大きいものという現実を突き付けられた瞬間でもある。


「っ」

「僕はお前のなんなんだっ?あの黒い髪の女は誰なんだっ!何故思い出そうとすると胸が締め付けられる?何故思い出せないんだっ?!!」
途端にあれだけ声を荒げていた奴の熱がすっと下がり、胸ぐらの引きちぎれるほど握り締めていた手を緩めた。そして行き場を失った手は僕の手を静かに握った。


「じゃあさ、いっそのこと、2人で逃げちゃおっか、遠くに」
途切れ途切れに震えた声で振り絞るように奴は言った。表情は読み取れなかった。

「…、」
僕は奴の言葉に声を失った。マリアンの無垢な笑顔が脳裏に過ったからだ。だからと言って奴の言葉にいつもの冗談は感じられず、だからだろうか僕が奴の言葉を拒否することも出来ず戸惑い長いとても長い沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは奴だった。奴は握った手を最後に握り締めてから離し僕に笑いかけた。この笑顔は僕の嫌いな顔だ。


「じょーだん」
奴はケタケタと笑った。そして僕の腹に貫通する剣。シャルの悲鳴。


「君優しいね、ほんと残酷なほどに」
地面に倒れ僕に背を向けながら笑う奴に僕は為すすべなく蹲る。それをまた笑いとどめにと僕の腹を蹴り飛ばした。その衝撃で僕は気を失った。その瀬戸際で奴は何かを僕に呟いた。ごめん、と。本当に馬鹿な奴だと最後に思った。





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