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今宵は王子君の10歳の誕生日パーティであり僕ら兵士は貴族や王族の警備であった。だが実際のところ警備はもっと下っ端の者が行い客員剣士や上級兵士は貴族達への接待である。どいつもこいつも上辺だけの人間ばかりで将来有望でありヒューゴ息子である僕に気に入られようとくだらない話ばかりしてくる。¨流石ヒューゴ殿のご士族ですな¨、¨私の娘とあわないか¨、¨年々美しくなるわねぇ¨など思い出すだけでも反吐が出そうになるほど嬉しくもない言葉ばかり言われる。毎度毎度のことなのでもう慣れてしまったことやヒューゴの顔に泥を塗る訳にいけないため軽くは流しているが大抵は僕がうっとうしがっていることを悟っているため長くは話はしないのが唯一の救いだ。ただ、今回はいつもよりも規模が大きかったようで話しかけられる波が収まるのにだいぶ時間がかかり疲労がピークに達していた。パーティが始まってろくに食事がとれなかったのだがもう食べる気にもなれず、とりあえず再び言葉をかけられる前に人の少ない所と向かおうと足を動かす。


『いつもよりもお疲れですね』

「あぁ。どいうもこいつも屑ばかりだ」
シャルが空笑いしながら口が悪いですよと注意を促す。しかしこの空間にいる殆どはヒューゴのように自分の地位を大事にしかせずよくもまぁ抜け抜けとこのように社交辞令がいえるものだ。

『そういえばあの子見てないですけど大丈夫ですかね?こんな大きなパーティなんて初めてで僕だいぶ心配なんですけど』
シャルのいうあの子とは奴のことだ。屋敷でマリアンに結局人形扱いされておりあまりに支度が遅かったため僕は奴を置いて来たことを思い出す。確かに以前の奴の生活からしてこんな所初めてで戸惑っているかもしれないがアイツは僕と違って人付き合いがよいためうまくやっていることが安易に予想できた。


「僕には関係ない」

『えぇ!!困って泣いてたら可哀想じゃないですか!』

「よく考えろ、アイツからそんな姿想像つくのか?」
僕はできない。

『…またマリアンに怒られるかもしれませんよ』

「………ちっ」
最後にシャルの言った言葉に僕は考えた。アイツ絡みでは僕が最近悪者になりがちだ。だからだというわけではない。気が向いたからであるが大広間の出入り口辺りで止まり、もう一度後ろを振り返り人ごみをかけることとした。

「一通り見て見つけられなかったら知らんからな」

『ぷっ!…はいは、ぎゃあああああああ!!!!?』
シャルは僕が折れたことに今確実に吹いたのでコアクリスタルに爪を立てた。ソーディアンはコアクリスタルという大きなレンズが命の源であるようでこうしてそこに爪を立てたり衝撃を与えるととてつもない激痛が走るのだという。
とはいえ結局Uターンし一通り奴を探してはみたがこの人たかりで見つけることができなかった。その間にも僕自身また何人かに止められたが聞こえないふりをし乗り切ったがストレスは極限にまで達していた。シャルが僕の苛立ちを悟り、少し休憩しにいきましょう?と言ってきた。言われずともと言わんばかりにコアクリスタルに爪を立て、シャルの断末魔を聞きながら中庭へ目指し廊下を歩く。きっと中庭の端辺りなら誰もいないだろうと今にも湧きそうな頭の中で考えそこを目指す。しかし、既に中庭に入ってすぐのところには男女二人組が愛引きをしていた所を目撃してしまったため、ここは駄目かと軽く舌打ちし引き返そうとした時二人組の様子が少しおかしいことに気づいた。


「君はとても美しい…あの星空のようだ」

「えーあたしーそんなに大層じゃないですよー」

「そんなことないさ、ほらこの黒髪もその白い肌も全て愛おしい」

「黒髪はこれカツラですよー。はげてるんですあたしー」

「はっ!そんな大事なことを僕に言ってくれるんだね!!君も僕のことを…」

「あはは、何でありですねー」





『坊ちゃん、あれ、なんですか』

「僕に聞くな」
アプローチしているおそらくパーティに招待されたであろう正装の男は最近のし上がってきた男爵で名前は…忘れたがいい噂を聞かない男だ。影で金と女に汚い商売をしているようなのだがまだ証拠不十分故に起訴できない状態であった。そしてアプローチを受けているが軽く流し嫌々オーラ全開な女は自身の髪の毛をいじりながら小さくため息をついていた。ため息はこちらがつきたいものだ。見てしたった分見逃すこともできなかったため、シャルを鞘から抜きバレないように唱術を唱えた。ピコハンと唱えた、瞬間に男の頭上にピコピコハンマーがぴこっと情けない音とともに頭にぶつかり男は音もなく倒れ込み気絶した。


「ありがとー。困ってたんだよねー」

『、え』
その直後だろう、女はまるで僕がここに来て何をするのかわかっていたように何も見向きもせずこちらにトコトコとヒールの音をさせながら僕のところへ来たのだ。隠れてしたはずなのにだ。シャルが何故が声にならない声を上げたのがわかった。それに唱術なんてまだまだ普及していないはずなのにこの女は何一つとして驚いた表情を見せなかった。何者だ、と女に問おうとした直後僕はその女に両手を握りしめられ、こちらに笑いかける。女は黒い髪を伸ばし毛先はカールしており、ドレスは今流行りであろう花柄のワンピースタイプであった。女のこの笑み、この喋り方、僕は見覚えがあった。というか忘れることなどできなかった。

「お前、パーティで見かけないと思ったらこんな所にいたのか」
そう、目の前にいる女は先ほどまで探していた奴だった。そうなると、きっとあの男に何か物か何かで釣られてこのこのと付いていたのだろう。コイツはヒューゴの時もであるが人を疑うということを知らないのだろう。自分がただ利用されているとも知らずにだ。イライラする。


「えーよくわかったねー。ちなみにこれはカツラねー」

「言われなくともわかる」

「あーリオン君何かおこってるー?」

「別に、」

「眉間に皴よってるざますわ」
貴婦人ぽくほほほほと笑いながら奴は呑気に僕を見てきて、それにまた無性にイライラしたため奴の綺麗にセットされた頭をいつものように、いやいつも以上に思いっきりひっぱたいた。

「いてっ!」

「お前はもっと人を疑うことを覚えろ!みんながみんなお前にとっていい人間とは限らないんだぞ!」

「リオン君は本当に優しいねー」

「なっ!何がどうなったらそうなるんだ!」

「痛いー!」
僕が優しい?ふざけるのも大概にしろ!僕はそんなこともわからないお前に苛立っただけだっ!!と奴に怒鳴り付けるが対し効果はないようでへへと殴れているにもかかわらず嬉しそうに笑った。

「気持ち悪い」

「えーリオン君が珍しくデレてくれたらそりゃねー」

『今回もなんだかんだ言いながら心配してたりイタタタタタタタタタっ』

「余計なこと言うな!あと僕がいつ貴様なんぞにデレたと言うんだ馬鹿者!!!」

『「今」』

「…」

『「イタタタタタタタタタっ」』
シャルと奴が同時にこの僕がコケにしてくれるので互いに再び制裁を下した直後のことだ、夜風が靡き長くなった前髪が視界に入る。鬱陶しいと、手で髪を横に分けた。その時視界にはあたりまえだが奴がいた。長い髪を手で撫でそして笑う奴がいた。しかしその時僕は違和感を感じた。その長い髪を撫でる仕草、化粧のせいかいつもと違う笑い方、デジャブを感じた。いつ、何処でなのかはわからない。だがその風景に見覚えを感じた。途端に冷や汗が体中からドロっと出ていくのがわかった。奴との初対面、奴が涙を流すほどにオーバーなリアクションを取ったことを思い出した。当時は泣き虫でうざい奴としか思わなかったが奴と言う人間は僕が知る中でそんなことで泣いて喜ぶような奴ではなかった。そこから導き出されるのは、僕は以前奴と逢ったことがあるのではないかということ。

「リオン君?そんなに見られたら恥ずかしいわー何?そんなにわたくしが美し過ぎるってことー?」
無意識とはいえ僕が自分の顔をまじまじと見たことに奴はまたふざけたことを抜かし始めた。途端に僕は現実に戻る。いいや、そんなはずない。奴のことを(悪い意味で)忘れることはないだろう、それに奴は黒髪でもない。そして奴の性格なら逢ったことがあるのなら自分から言うだろう。ここまで考えが行き着いたところでくだらないことを考えたなとため息をついた。疲れているのだ僕は。それに奴はまだあーだこーだ言っていたが無視してまた一人になれそうな場所を探してその場を後にした。ふと、時計を見る。後1時間か。そして後ろには奴がついて来る。僕は奴から逃げる術を考えようと再びため息をついた。

『まさか、ね』
シャルが移動中にボソっと呟いた。その言葉は僕の耳には入らなかった。



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