今から数分前、俺が足を止めたんはいつもの空き教室の前じゃった。何から話そうか、どう切り出そうか・・・正直迷いもした。柄にもなく緊張だって、しとった。それを吹き飛ばしたんは他でもない、みょうじじゃ。
奴は俺が振り返って、目があうなり踵を返したかと思うとものすごい勢いで元来た道を走り出した。反射的にのばした腕は届かず・・・・
「っみょうじ!!」
いまに至るっちゅーわけじゃ。俺の叫びも虚しく、みょうじは振り返ろうともせん。
おいかけっこの始まりじゃが・・・・・運動部、それもテニス部の俺が恐らく無所属であるみょうじ。差はわかりやすい程縮まり、コーナーを曲がったところで俺はついにみょうじに追い付いた。
が、捕まえかたが案外難しい。なんも考えずに腕をつかんだりするなんざもってのほか。また、接触ですら危険じゃき、一度は逃がすことになったんじゃが・・・・
悩むまでもなかった。それから数メートル走った先でスタミナが切れたみょうじがしゃがみこんだのを最後に、おいかけっこは幕を閉じる。
「・・・・なんじゃ、もう降参か」
「・・・・・・・・っう、うるさい・・」
肩を揺らして呼吸を繰り返すみょうじと、そう言いながら、正面に座り込んで・・・そんなみょうじを抱き締める俺。幸い廊下には人もおらん。こういうのも袋のなかの鼠、といえるのかと考えていると、当然みょうじから抵抗の声があがった。
「・・・っ・・・・・・・・・・・・・にお、くん!」
「こうしとかんと逃げるじゃろ」
みょうじは、余計に肩を揺らして動揺する。が、その後すぐに抵抗をはじめ・・・・抜け出せないことを知ったのか、ようやくおとなしくなった。
チャイムを合図に、どこか近くの教室から号令をする声や、椅子をひく音が聞こえてくる。
しかし、依然としてみょうじは黙ったままじゃ。・・・・・呼吸を整えるので精一杯、というところか。
また逃げられたら困るっちゅーわけで、体勢もかわっとらんが・・・俺は悩んでいた。最初は逃げたみょうじへの復讐として、からかうつもりで抱き締めただけだったんじゃ。・・・・・みょうじも、すぐに押し返すなりなんなりして逃れるもんだとばかりおもっとった。
少しの抵抗はみせたとはいえ、さすがに本気でやられたらどうにでも出来た。なのに、みょうじはそれをしなかった。
想定外とはいえ、俺だって男なわけで・・・・・・・・正直、どきどきしとる。
みょうじの髪、ふわふわしとるし・・・あんま強く触れんようにはしとるものの、体も・・・女の子特有の柔らかさがある。
それに・・・この、鼻を掠める匂い。こんな風貌をしとるせいか、俺のファンを名乗る女の子は比較的はでな方じゃ。だから、抱きつかれることだってないわけじゃない。いまではあしらい方もうまくなったんじゃが・・・・・そいつらみたいな香水とかじゃなくて、髪の匂い・・・甘い・・シャンプーの匂い・・・・・って、何を考えてるんじゃ!
・・・・・・・大体先にキスしたんは、みょうじ・・・で、・・・・・・キス?・・・・つまり、みょうじは俺に、いや、幸村が・・・いや・・・幸村は否定しとった。じゃあやっぱり・・・・・・・って、こんな冷静に分析しとる場合じゃ、
「仁王くん、・・・・・・・離して」
「・・・・・・・・・・・すまん」
・・・・なかったらしい。
みょうじから離れて、改めて沈黙が流れ・・・・もう、みょうじが逃げ出さなかったことに対して安心していられる状況でもなく。
俺はただ、頬の熱がとれるのを待った。盗み見たみょうじも同じように真っ赤な顔でどこかよそをみていたことだけが、救い。
「・・・・用件」
「・・・ん」
「・・・・・・・なんで、来たの」
「なんでって・・・・・・・・質問、してもええ?」
「聞くだけなら」
「答えてくれんと困る」
「・・・・・検討します」
しゃがんで向かい合ったままなんもアレじゃし、俺達は一番近い場所である、屋上へ足を踏み込むことになった。
幸い人はおらんし、外の空気を吸うことで少しは気も晴れる。相変わらずみょうじは神妙な顔付きをしとるが・・・・・気にしないことにしておいた。
空は灰色を脱ぎ捨てて、すっかり青みがかっとる。・・・・・とはいえ、空気は冷たいままじゃ。したがって、フェンスを背に座った俺達は自然と寄り添いあう形に落ち着いた。
・・・・勿論変な意味じゃなくて、いまの関係としてなんの問題はない、距離は保っとる。
とはいえ一応キスもハグも済ませとるんじゃがさすがにそこは考えっこなしじゃ
「まず、幸村と同じクラスじゃなかったみたいじゃが」
「・・・・・それは、まあ」
「・・・・・幸村を好いとるってはなしも、ふられたって、はなしも」
「・・・・・・」
「それとも、幸村の代わりに俺にちゅーしたんか?・・・うわきものじゃのう」
「っそれは、・・・・・・・キスしたことは、あやまる」
みょうじは赤みがかった顔のまま、そういった。
・・・・相変わらず真意は汲み取れん。最初はそれがどうにも癪に障って、背を、向けた。でも今は、こんなどうしようもない状況なのに、落ち着く。触れた肩から伝わる温もりが、・・・・どうしようもなく、安心させてくれる。
「・・・出来心だったの」
「・・・・・・ん」
「仁王くんはわたしなんか追いかけないと思ってたし・・・・・最後の思い出にしたかったっていうか、仁王くんに・・・忘れてほしくないって思ったら、抑えきれなくて」
「・・・あんな事せんでも、みょうじみたいな強烈なやつの事、早々忘れんぜよ」
「・・・・・・・・それはどうも」
「褒めとらんし」
みょうじがわらう。かなり自嘲じみた渇いた笑みに分類される方なんじゃが・・・それでも、内心喜んどる俺がいる。それは紛れもない事実で。
俺の方こそため息のひとつでもつきたくなったのはいうまでもない。
が、それをやめたのは隣から視線を感じたからじゃ。・・・隣っていってもここにはみょうじと俺以外おらんけど。
気になるのは、明らかにいつもと違うみょうじの様子。元々勘は鋭い方だからのう。俺は自然と息を呑み・・・・身構えた。それと、みょうじが口をひらくのはほぼ同時だった。
「・・・もう、気付いてる?」
「何を」
「・・・・・・・わたし、仁王くんのこと好きだよ」
「・・・・・」
「たぶん、仁王くんが思ってるより・・・ずっと好き。好きだから助けたかったし、幸せになってほしかった。だから、ヒーローになろうって決めたの」
おかしいのう。薄々はわかってた筈なのに・・・今さら、驚く事でもないのに。・・・なんじゃ、・・・こんなに動揺が走るのは・・・・・・嬉しい、のか
目は見開いとるし、口だって半開きになっとった。しかも、それに気付くまで結構な時間がかかったから悲惨じゃ。みょうじが俺とは目も・・・・寧ろ顔も合わせてなかったんが救いなんじゃが・・・・・・・・
「なのに、キスはしちゃうし・・・・逃げ遅れるし、こんな風に気持ち伝えることになっちゃうしさ、・・・ヒーロー最大の誤算ってやつ」
「・・・・・か、」
「仁王くんも困るよね、こんな話」
「・・・て、・・・・・か」
「・・・どうしたの?」
「・・・・・信じて・・・・・・いいん・・・・・?」
「・・・え?」
素直に受け止められないのもまた、現実で。
気がつけば俺はみっともない顔のままみょうじと向き合っとったし、みょうじもまたひどく驚いているようだった。
すこしの沈黙も、妙に長く感じ・・・・・呼吸すらままならない。
「みょうじは嘘ばっかりつくから、だから、」
「・・・・・っこれは、嘘じゃないし」
「嫌じゃ!信じられん」
「あのね!わたしだって好きでもないひとにキスしたりなんか、」
「じゃあ今してくんしゃい」
「・・・・・・・は、」
「証明、してくれんと信じん、」
苦し紛れだったかもしれんが、ただ・・・・ほんとうに証明が欲しかった。それだけだった。みるみるうちに顔を赤くするみょうじはおもしろくて、でもそれ以上に可愛くて。
体を寄せて・・・・ついで顔も近付けた。腰をひくみょうじを捕まえるのは、それからすぐ。
「・・・・・仁王くんは、・・・・仁王くんの気持ちも、聞きたい」
「俺?」
「知らないままキスなんてできないし、ふこうへ・・・!?」
言葉にするのはいつも、難しかった。・・・・なんていうのは半分いいわけ。
今、みょうじの声を遮るようにしてちゅーしたんは、純粋にしたかったから。勿論、このあとこっぴどく怒られるんは承知の上じゃ。
みょうじが苦しそうにくぐもった声をあげるのとは裏腹に、もっと、もっと、とおもう俺がいて、
離したり、また口付けたりを繰り返した後、
「・・・・・・・もう、いっかい」
「・・・・なんじゃ、積極的じゃの」
「うるさ・・・・・・っん、ん・・・・・」
腰をそっと引き寄せると、みょうじは驚いたように肩を震わせ・・・・最初はひきぎみだったんじゃが。じきに、小さな手は俺のカーディガンを僅かに掴む。それに気をよくした俺は益々なにかが込み上げるのを感じ、みょうじの体を強く抱き締めた。
いつから俺が好きだった、とか、いつから俺がみょうじを好きになった、だとか。または呼び方の話でもいい。
そんな話はあとからいつだって出来るから、今は、ただそうしていたかった。
これは、冬のおわりを告げるような日のこと。
まだ、寒さは残る上にカーディガンは手放せんけど、俺達は変わらずに人気のない教室で二人でいた。
冬はいつしか終わり、雪は融け、春がくる。
仁王くん
記憶にあたらしい、いとおしい声がそういった。同時に肩にのしかかる重みすらうれしくて、でれでれになってしまった自分に苦笑しながらもかおをあげる。
すると、そこには
「なんじゃ、お前さんいつから・・・」
「お前さんじゃなくてなまえ」
「それを言うならいい加減俺も雅治って呼んでほしいもんじゃのう・・・」
「・・・・それは、考えとく」
「なまえ」
「・・・・・・・・・・・・っ、」
「好いとうよ、なまえ」
深い深い底から、また、淡く色づく花がいま、芽吹いた
20131102
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