インゴ





 デスクに投げ出した足はずるりと着地し、つぎはゆっくりとした動きで上半身を起こすインゴさん。なぜかその一挙一動だけで色気があるような気がして目のやりばに困ったのはひみつだ。



「こんなところよりも仮眠室で寝ればいいじゃないですか」



 もっと他にいいたいことはあるけれど、反撃がこわいからせめてもと嫌みたっぷりにいってみせる、
けれど、インゴさんは反撃どころかぴくりとも反応をしないまま、焦点のあわない虚ろな目でどこかをじっとみて・・・・めをとじて、ゆっくりとまたソファに沈み込んだ

・・・・・・・こんなに疲れている、覇気のないインゴさんをみたのははじめてだった。
はじめてもなにも、かれのことなんかろくにしらないのだからわからないけど。

このまま寝てもらってもわたしにはあまり関係はないし、余裕があるから仮眠をとっているのかもしれない。だけど、この書類の存在だけは知ってもらわなきゃ困る。

誰か読んでこようか、それともたたき起こそうか、
考えながら制帽に隠されていない寝顔をながめていると、自然と・・・・・生唾をのんでいた

なにかの映画のワンシーンみたいだ。睫毛は長くて、鼻筋も通っていて・・・・・普段の様子をおもうとすこし憎たらしいけれど、このあどけない寝顔にときめかない女性はいないはず


・・・・・って、わたし、ただの変態みたいだ
誰かに連絡して、確認をとってもらおうか・・・・ううん、こんなときに彼をつかうのは都合がいいような気がして、いやだ

だからこんな仕事、受けたくなかったのに。



「インゴさん。起きてください、一瞬でいいですから。真面目にわたしのはなしを・・・・えっと、うぇいくあっぷ、ぷりーず・・・」
「・・・・・Are you still here?」
「え、お、いつから・・・・っそれに、いまなんて」
「まだいたのですか、といったのです」
「な!しょ、書類を渡したらすぐ帰ります!」
「・・・・ならいいのですが、ワタクシの寝顔を食い入るようにみていらしたのでキスでもされるのかと・・・」
「っみてないし、き、き、きすなんてしません!」
「書類は」



 ・・・・・・・・この男は。
またやられた。寝ているならってまんまと信じて起こすべきかどうか悩んだわたしの良心に謝ってほしい。
 けれど、どうせ寝ていなかったからとかそういうことを言われるにちがいないのだから、おとなしくだまっておく。


つきつけた書類を、意外にもすんなり受け取ってよんでくれて驚いたのはいうまでもない。



「・・・・・OK.わかりました」
「では、失礼いたしました」
「なまえ」
「・・今度はなんですか」
「その棚から、ブランケットを」



 ・・・・・・ほんっとうにこの男は・・・!
断ればよかったって、おもったのはすでに指定された棚をのぞきみたあとだった。

わたしもこういう理不尽な、個人的な命令は断るようにならないといけない。そうじゃないと奴はつけあがるだけだ。日本人はつよくなるべきだ
仮にも上司だからきいただけで、これからはちゃんとしっかり、



「・・・・あれ、ブランケットなんかどこにも・・・・・・・っ!?」



棚をのぞきこむわたしを背後からがっちりホールドするのは、ひとりしかいない。インゴさんだ

体格差のせいですっかりつつみこまれてしまい、おまけに肩にずしりと重みをかんじる。顔が真っ赤に染まりながらも同時に怒りさえふつふつとこみあがっていく



「なっ、にして、だましたんですか!?」
「・・・・Shut up」
「・・・・ちょっと!なに考えて・・・・っ・・・・・・インゴさん?」



 じわじわと重みが増して、耐えきれずに棚に突っ伏すと当然インゴさんも余計にわたしにのっかる形に。
息をするたびにインゴさんの香水の香りがじかに鼻にはいるし、いろいろと苦しい。一体どれだけ嫌がらせをするつもりなの・・・!



「インゴさん!ねたふりしてないで、はなれてください!インゴさん!インゴさんってば」
「・・・・・・・ん、」
「っっ!」



 すぐそばにいるのに、なんだか艶かしい声をきいて肩がはねそうになった
ま、まさか
ほんとに・・・ねてる?



「インゴさん」



返事は、ない。代わりに聞こえてきた寝息に大きなため息をつく

・・・・・・たしか、エメットさんもすこしだけ疲れた顔をしていたっけ。わたしはなんとか棚からはなれて、ぐったりとのし掛かるインゴさんをひきずって・・・・ソファへ。



「インゴさん、ブランケット、どこにあるんですか」



・・・・・ほんとに世話がかかる。声をかけてみるものの、返事はなくて…あきらめてできる範囲でさがしてみれば、ブランケットは意外にもすぐ近くに放置されていた。
これがインゴさんのものなのか、エメットさんのものなのかはわからないけれど・・・・とりあえずインゴさんの胸にかけておく。

書類はきちんと届けたし、だれかさんは風邪ひかないように毛布もかけた。とりあえずは、これでひと安心だ。
改めて寝顔がめにはいり、なんだか悔しくなって頬をつねろうと手をのばし・・・引っ込めた



「おやすみなさい、インゴさん」



神様、すこしでもこれをみていてくださったなら、この男を粛正してくださらないでしょうか。
そして、わたしに平穏と、白米を・・・・、なんて。



「・・・・・・・え、あ、インゴさん?」



踵をかえそうとしたところを腕をがっちりつかまれたから、本当におどろいた。いまの失礼なお祈りが心に届いてしまったのか、疑ってしまうようなタイミング。

だけど、



「まだなにかあるんですか?」



負けるわけにはいかない、そう意気込んでみたものの、やはり返事はない。しょうがないひとだなあ。諦めにもにた気持ちで手首からゆるりと手をはずして、一歩歩いた先で再びとらわれる



「・・・・・いい加減に、」
「ワタクシのそばに、いなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」




いま、なんて?

インゴさんの口からでたとはおもえない言葉がきこえた
おもわずうごきをとめるほどの衝撃。だって、だって



「命令です、もうすこし・・・こっちへ」
「・・・・・・・い、インゴさん?」



こんな、こんなのって。
あろうことか、わたしはインゴさんによってまんまとひきずられ、ソファに腰をおろすことになった。
いくら大きなソファだからってどっしりとスペースをとるインゴさんのせいでぎちぎちになって、せまい。

それに、そばにっていわれたって・・・・。
満足そうにまた眠る体制にはいる彼をみるかぎり、べつに膝枕をしてほしいとか、そういうわけでもないらしい
かわりに・・・・・手首はしっかり握られていて、それだけなのに、妙な拘束感があるから不思議だ


それから、なかなかかえらないわたしを心配した同僚が手配したらしいエメットさんが顔をだしたけれど・・・・。このおかしな状況をぱしゃりと一枚写真におさめたあとご丁寧にごゆっくり、と一言残して帰っていった

残された同僚は優秀だし、わたしがいなくても仕事はできるだろうけど・・・・なんだろう、すごく腑に落ちない。

わたしをインゴさんたちのお世話がかりかなにかだと思って・・・・ううん、これは餌だ。生け贄だ!
この言い知れない苛立ちをぶつけようか数秒まようけれど結局てをだせず、わたしもソファにしずみこんで目をとじた。
起きたらたくさん、文句をいってやらないと。



20130112

ALICE+