結局、柳先輩が貸してくれた本は、すんなり読み進めることができた。
読書をさけるひとの心を理解してるなってつくづくおもう。さすがに図書委員の仕事のとき以外は部屋でよむ程度だったけれど、わたしは確実にそのはなしに引き込まれていた。



「俺の予想がはずれたな」
「・・・・予想?」
「結構読み進んでいるようだ」



 昼休み、いつも通り顔をあわせた柳先輩はわたしの手に握られた本をみるなり微笑みながらそういった。その笑顔はこころなしかいつもより嬉しそうにみえる。
たしかに、普段本をよまないわたしにしてはおどろく速さなのはたしかだ。・・・・褒められているかどうかはわからないけど、決して悪い気はしなかった。



「うん、よみやすいし、おもしろいから」
「それはよかった」
「でも、どうしてこれをすすめてくれたんですか?」
「絵本や図鑑を眺めているよりは時間を有意義につかえると思ったからな」
「・・・・ごもっともです」



 気になってきいてみたものの、ありきたりすぎる理由にすこし驚いた。なにかあるかな、って期待していたんだけど・・・・柳蓮二にかぎって、そんなことは・・・・・きっとない、か

その端正なかおでぴくりとも表情をかえずにわたしをただみおろす彼に、言葉を失う。柳先輩も、同じようにわたしをみるから、数秒みつめあうことになった。
この妙な時間、なにかいうべきか、すこし悩んでいる間に柳先輩が口を開く。



「・・・・差し支えなければ名前を聞いてもいいか?」
「名前?、二年のみょうじです」
「みょうじ・・・か、俺は」
「柳蓮二、でしょう」
「そのとおりだ」



 ・・・・・なんだろう、
彼にとってなんでもないやりとりのはずなのに、なんだか心がこそばゆいようなあったかいような・・・不思議な感覚になった。

 考えてみれば、柳先輩とこんな風にはなして、本まですすめてもらうなんて・・・・思いもしなかった。一年前までは顔も名前もしらなかったのに、

わたしはそんな気持ちをあわてて押し込んで、本棚へと歩く柳先輩を見送った。その姿勢のいい背中はこちらを振り向かずに歩いていく。それにすこし安心したけれど、なんだか落ち着かず、しばらく柳先輩から借りた本はひらけそうになかった。



・・・



「また随分と読み進んだようだな」
「はい、あともうすこしかな」



 この日、わたしはうそを、ついた。
柳先輩は上記のうそに勿論気付くはずはなく、深く突っ込まずとわたしに内容について聞いただけで本を探しにカウンターから去った。いつもはすこし寂しく思いながらその背中をおうけれど、今日は安心してしまっていた。



 うそ、というのは実は、この本はとっくによみおえてしまっている事だった。
それを言い出せずにいるのは・・・・・わたしの感想に楽しそうに耳をかためる柳先輩がみられなくなるから、柳先輩との接点を失うことが怖いから。
だから、昨日からおひるやすみの間だけすこしページをもどして読んで、前へはすすめずにいるのだ。

 でも、柳先輩とどうにかなりたいだとかそんな考えはないし、むしろこれ以上踏み込んではいけないとまで考えているのに・・・・・。ページを捲る手はなかなかすすめそうにないのは、不思議だった。


 自分が一度よんだところをわざとゆっくりゆっくり、よんでいるふりをするのは意外に心がおれるものだ
そのため楽しくなりつつあった昼休みも、前のようにかったるいものになってしまったことだって気にしているけど、それ以上に柳先輩にうそをついている、という事実がわたしを苦しめていた。

 今日も、ほぼ時間通りに柳先輩はやってくる。そうしてあまり進んでいないわたしの本をみて、返却する本といっしょにもう一冊、わたしのまえへ差し出した。



「それが終わったら、今度はこれを読んでみないか」
「これって、」
「俺が先週よみおえたものだ」



 ・・・・これは、わたしが本をよんでいるふりをした二日目、わたしと柳くんのファーストコンタクトからちょうど一週間の日におこった。

 思いもしなかったから、うれしいし、言われてみれば表紙に見覚えがある。
だけど、



「柳先輩がよんだものなんて、よむ自信がないです」



 以前は内容はもちろん、書体も読みやすく、それからわたしの頭でも十分ついていけた内容だったけれど今度はさすがにちがうとおもう。

 しかし、あわててそういったわたしに、柳先輩は表情をぴくりともかえずにいた。



「ならわからない所があれば俺にきくといい」
「え、で、でも、」
「これは俺の予想だが・・・・・それはもう読み終えているのではないか?」
「!」
「図星のようだな」



 じわりと、額に汗が滲む。たしかに急にペースがおちたりしたけれど、まさかばれるだなんて・・・・・ちっとも思っていなかった。

 焦りを隠せないわたしとはうらはらに、至って平然としている柳先輩。わたしが咄嗟に思い付いたいいわけは、なかなか苦しいものだった



「・・・・何回もよむと解釈がちがうかなあ、って思うと楽しくて・・・」
「いや、いい心掛けだ」
「黙っていてすみません」
「構わないが、明日からはこれを読むといい」



 いいながら本を差し出され、おずおずと手をのばす。

 そこで、あることに気付いた。年のために本をくるりと裏返すけれど、"それ"はみつからない。



「・・・あの、もしかしてこれって」
「俺の私物だが、問題はあるか?」
「や、やっぱり!だめですこんなの悪いです!」
「普通に扱えば支障はない」



 そうだろう?
そういった柳先輩になにも言い返せなくて、かわりに渡されたばかりの本をぎゅう、と抱き締めてぺこりとあたまをさげる



「・・・・ありがとう、ございます」
「その本を気に入る確率は74%だ、安心するといい」


 柳先輩の、本

ページをめくることすら躊躇われるそんな響きにわたしは目眩すらかんじるのだ



20130324

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