「はやく謝っちゃいなよ」
「・・・・・なんでわたし?」



 松野家二階では、熱いバトルが繰り広げられていた。
部屋の隅にいるのがわたし、それからさっきからちょっかいを出してくるトド松くん。ちょうど反対側には一松くんがいる。

 一松くんと喧嘩してしまい、今に至るわけだけど・・
お互いにきっともう喧嘩した理由なんてどうでもよくなってるのに、まだそっぽを向き合っている理由はただひとつ。おそらく、意地をはってるんだと思う。仲直りしたいけど、こんなにも離れて座ってしまった以上、近付くのも困難で・・・小さな声は空気にとけて、彼に届きもしない。・・・・一松くんは仲直り、しなくていいのかな。そんな風に思うあたりわたしも全然素直じゃない。



「一松兄さんはああなったらてこでも動かないからなまえちゃんが動くしかないよ」
「で、でも」
「いいから!面倒だからはやく仲直りしなよ」
「本音出てるよ!?」
「じゃあ僕出ていくから、その間になんとかする事。わかった?」



 ・・・・そんな事いったって。出ていくトド松くんの背中を見送って、ため息をつく。
 もし、あの言い合いのあとにもういい、一松くんのバカ!とかなんとか言って部屋を飛び出していたら、彼はわたしを追ってくれたんだろうか。
 ・・・・バカな考えだってわかるけど、そんな事を思ってしまった。ちらりと一松くんの様子を盗み見るけれど、彼の方はこちらを気にする素振りなんて一度も見せない

 まだ付き合いはじめて日は浅いけど友達としての歴はながい。・・だけど、喧嘩をしたのははじめてだ。ここにきてこんな小さな喧嘩でこんなに不安になるなんて思わなかった。普段から思ってたんだ。じつは一松くんはそんなにわたしの事好きじゃないんじゃないかって。

 トド松くんのいうとおり、わたしが頭を下げたらなんとかなるのかもしれないけど・・・それって根本的な解決にはならないんだ。なら、いっそ断ち切ってしまおう。



「・・・・帰る」



 それだけ告げて、手繰り寄せたクラッチバッグ片手に部屋を飛び出した。

 バカだなあ、わたし。せっかく成就したのに手放してしまうなんて。でも一松くんだってバカなんだ。好きでもないのに付き合わなきゃいいのに。

 悪態をつきながら靴をはいて、家をでた所でわたしは大きくバランスを崩した。後ろ手に引き戸をしめようとしたのをがっちり掴まれていたのだ。ほかでもない、一松くんに。



「ひっ、・・!?」
「・・・・・・・なに、帰るって」



 捕まるのはやくない?

 振りほどこうともがいてもびくともせず、恥ずかしさでいっぱいになりながら足をとめた。力の差にきゅん・・・とはしなかった。今はその男女の力が枷になっている。



「・・・・・・・は、離して」
「無理。離したら逃げるでしょ」
「なんで追いかけてきたの」
「・・・なんでって、・・・・・・・嫌だから」



 ・・・・正直にいえば、追いかけてきてくれたのは嬉しい。でも、どうしていいかわからないから嬉しくないのも本当で。・・・・きっとそれは一松くんの方も同じらしい。お互いに黙り込んだままになってしまったから、仕方なく家に入ることにした。
 掴まれた手はとっくに離れたのに、まだあつい。



「部屋、戻ろう。廊下寒いし」
「・・・・・・」
「・・・・・仲直り、したいから」



 意外な言葉にはっとして顔をあげると、耳まで真っ赤な一松くんの表情にこっちまで頬があつくなった。そうして、逃げないのを確認したからか、階段をのぼり始めた一松くんの背中をおとなしく追いかける。

 ・・・・仲直り、するんだ。ふつふつと込み上げる思いに、自然と足取りは軽くなる。
 部屋に入ったらまずはちゃんと謝ろう。それから、もうすこしだけ素直になってみよう。・・・・で、流れによってはちゃんとわたしの事好きなのかどうか、聞いてみる。・・・・重いかもしれないけど大事なことだ。今じゃないと聞けないだろうし。・・・好きじゃないっていわれたら、それはその時に考える。

 ・・・だけど、今ならちゃんと全部話せる。



「あの、いちま・・・・」



 部屋に入って、また二人きりになった時だ。軽い衝撃と共に、わたしは一松くんの腕の中にいた。っていうか、これじゃあすがり付かれてるような・・・・そんな不思議な体勢だ。
もうすこしわたしの背が高ければ、心臓と心臓とがぴったりくっついていたかもしれない。



「・・・・・・な、・・・で」
「・・・・・一松くん?」
「・・・・・お願いだから、・・・嫌いにならないで」



 ・・・・いつだったか、まだ付き合ってない頃。遊びにいった時におそ松くんに今はだめだからって言われて家には入れてもらえずに、二人だけで出掛けたことがあった。
 あのときはたしか、一松はいま情緒不安定だからっていってたっけ。その日の帰りに出くわした時にはいつもの一松くんだったから、あれはおそ松くんの考えすぎだったんだ、ってわたしは思っていたけど・・・こういう事、なのかもしれない。

 消え入りそうな声でそう告げたと思えば、鼻を啜る音が聞こえて。思わず顔をあげようとしたら強い力で阻まれてしまった。
 ぎゅうぎゅうに抱き締められて、ちょっと苦しいけど・・・・こんな時にいうのもアレだが安心する。・・・・はじめてのハグだって、気付いたのはもう一度鼻を啜る音を聞いてからだった。



 言葉にしないと気持ちなんて伝わらないから。わかってあげられなくてごめんね、とか。そんな事をいうつもりはないけど、・・・・胸が暖かいものでいっぱいになっていく。これはきっと、わたしの一松くんへの気持ちだ。



「一松くん」



 今度は顔をあげることが許されたのか、それとも気が緩んだのか。どちらかはわからないけれど・・・・たくさん涙を目にためた一松くんは、わたしと目があうなりびくりと肩を揺らした。
大丈夫だよ、そんな気持ちをこめて背中をとんとん、と小さくたたいてみる。すると、一松くんは一瞬目を見開いて、猫みたいに細めた。

 その様子が可愛らしくて、・・・・つい、・・・やってしまった、というか。・・・・泣き止んでほしかった、というのはいいわけかもしれない。わたしは、この胸に渦巻くわたしの気持ちを伝えたくて
一松くんの唇に、自分のを押し付けたのだった。



「・・・・・・・っ・・・・!」



 最初はすこし抵抗をみせた彼も、しっかりわたしの肩を支えてくるあたり嫌じゃなかったんだって、安心した。
心が満たされる、ってこういう事をいうんだろうか。大袈裟かもしれないけど、一松くんもそう感じてくれるなら、・・・・それはとっても幸せだ。



「・・・・ねえ」



 目を開けると、やはり真っ赤な顔をした彼がいて。
笑いそうになったのをなんとかこらえて、どうしたのって意味をこめて視線をおくる。



「・・・・・・・目、閉じて」



 もう一回したいから

すこし掠れた声を聞いたのを最後に、わたしはもう一度瞼をとじた。
 自然と繋がった手のひらがいとおしくて、そのままとけてしまいそうだって。そんな事すら思った



20160311
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