「ここから俺の領土じゃき入らんで」



 言いながら、廊下の色分けされたデザインの一角を指す仁王と・・・・それを見下ろすのはその彼女、みょうじなまえである

 領土、というには小さいそれはただの仁王の反抗心を現すに過ぎない。
二人は昨夜からとある些細な理由で喧嘩をしているのだ。しかし、お互いに話はしないものの・・・こうして並んで立っているあたりがその喧嘩とやらの程度が知れるわけだが・・・・
やはりなまえはふくれた顔でいるまま、決して話そうとはしない。

 そんな二人に近付くのは、二人の共通の友人。



「なに?喧嘩したの?」



 その男こそ、平然と話しかけてはいるものの、仁王となまえとが付き合うまえになまえを気にかけていた人物で。
 いまこそなにもないものの、そんな彼が自分達の小さな窮地に首をつっこむのは面白くない。一瞥した仁王はまさに自分の領土を踏み越え、なまえを後ろから抱き締めた。
 なまえはそれにも動じず、引き剥がそうともせずにただ一言抑揚のない声でこう言った。



「離縁した」
「ピヨ」
「仲いいよな」
「よくない」



 抱き締められたまま、不機嫌な顔で答えるものの・・・その返答は仁王のものとぴったりと重なり、気まずい空気を醸し出す。

 仁王も、なまえには目もくれない割には抱き締める腕の力を強めるばかりで。男がそんな可笑しな二人に呆れたような笑みを浮かべながらその場をあとにする。
 そこでようやくなまえにより仁王の腕は離されたのだった。


 そうして、どちらからともなく歩き出したあと、話を切り出したのは仁王だ



「すぐ他の男とはなす」
「友達だし」
「なまえちゃんのあほ」



 仁王の独占欲の強さは知っていたし、なまえも理解していたつもりだった。でも、仁王しかみていない身としては何かあるたびに疑われるのは辛いもので・・・その衝突が今回の喧嘩の原因なのだ


 今朝だって、いつも通り待ち合わせたものの挨拶も会話もなしにただそっぽを向きながら登校した二人の姿をみるなり腹をかかえて笑った張本人である丸井ブン太が何度か仲直りを持ちかけたものの・・
 それも失敗に終わった。


 お互い仲直りしたいとは思っているものの、言い出せず・・・いまに至るというわけだ。
 そんなとき。



「仁王くーん」



 黄色い歓声があがり、顔をあげれば廊下の向こう側で女子が手を振っていた。仁王が気まずそうになまえをちらりとみたのをなまえは見逃していない。

その後、仕切り直した仁王は涼しい顔で通りすぎたようにみえたが・・・・内心はどぎまぎしていた。
ミステリアスだなんだで通ってる彼だが中身はただの中学生で、彼のポーカーフェイスの事情をしるなまえは鋭い視線をおくる。



「大変おもてになるようで」
「やきもち?」
「ちがう」
「やきもち」



 仁王がただ、気恥ずかしく思っているだけだということはなまえもわかっている。しかし、自分がいても尚あんな歓声をうける仁王にもやもやしないわけでもない。・・・それを仁王本人に言われるのは恥ずかしくて堪らなくて・・・結局は意地をはってしまうのだが。

 さらにそれから、その先に待ち構えていた女子に意味深な視線を注がれ・・・胸に痛みを感じたなまえは仁王の手を握りしめた。仁王も驚きつつも握り返すが、早急に繋がれたそれはあべこべで、きちんと恋人繋ぎにはなっていない。
 繋ぎ直そうとお互いが指を滑らせたところで、どちらからともなくわらう。



「・・・なまえちゃんは怖いのう」
「なにが!」
「みせつけたじゃろ」
「まさだってさっき抱きついてきたもん」
「あれは防衛本能じゃし」
「じゃあわたしのもそれ」
「なまえちゃんはまーくん大好きじゃのう」
「・・・・すきだよ」



 返ってきたのは予想外の言葉。となりをみれば少し赤くなった彼女の姿。

 愛しさでいっぱいになった仁王は、繋いだ手を握りしめて・・・にやける頬をおさえたのだった。



「なまえちゃん」
「なに」
「ちゅーしたい」
「・・・ここ、学校!」
「仲直りのちゅー」
「・・・・・・なら仲直りしない!」
「うそつき」
「!」
「リップ、探したじゃろ」
「・・・偶然だもん」
「じゃーこれなーんだ」
「わたしの!」
「借りっぱなしじゃった」



 いいながら、取り出したリップを自らの唇にぬる仁王にどきりと心臓がはねるなまえだが・・・
再び仁王のポケットへと消えるそれをみて、再び頬を染めた



 廊下の曲がり角で重なるふたつの影。
離れると、二人ではにかむように笑いあい、何事もなかったかのようにあるきだす。
そこにはもういつもの学校の風景が広がっていたのだった

20140507
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