※幸村→ヒロイン→真田




 いつだってわたしを取り巻く素敵なお話はキラキラ輝いたハッピーエンドばかりだった
 だれだってそうだ
それぞれが思い描く形の幸せを求めて精一杯いきてる。かなう範囲の夢をみて、努力をする。

 少女漫画の女の子はわたしに諦めないことを教えてくれた。だから・・・・頑張れば結ばれるって、信じてた。
 だから、ことあるごとに一喜一憂しながらたった一人の背中を追い続けた
でも、

 真田くんとわたしの道は一度だって交わりはしなかった。出会ってからずっと、・・・・ずっと平行線のままだった。




「・・・・真田にふられたんだって?」



 ひとりきりの教室で机に突っ伏すわたしに近付く影の正体は、共通の友人である幸村くんだった。元々無謀な恋だとわかっていたからかもしれない。親友にすら相談しなかった恋心は誰にも知られずに息を引き取るはずだったのに・・・・彼にはお見通しだったようだ。

 やってくるなり無遠慮にわたしの前に座るその横顔をみるかぎり、励ましではなさそうだ。無意識に眉を寄せるわたしへ、幸村くんは小さく笑いかける。



「・・・・不貞腐れるなよ」
「・・・・元からこんな顔ですけど」
「真田といるときの顔とは大違いだ」



 幸村くんのような顔をしている男の子なら普通は気の効いた言葉の一つや二つぐらいかけてもおかしくないはずなのに。やっぱりこの世界はどうもわたしの思うようにはいかないらしい。

 彼のおかげで真田くんに声がかけられた場面もたしかにあったかもしれない。でも、彼は決してわたしに協力しようとはしなかった。・・・・そういうところまで、今を見越していたようで気にくわない。

 とりあえず目の前の彼にどうにかお引き取り願おうとうまい言い回しを考え始めたのはいまから数分前。それから、ずっと視線が注がれていることに気付いたのも数分前だった。



「ふられてからが本番だって聞いた事あるけど」
「・・・・本気でいってるの」
「じゃあ本気になろうか?」



 幸村くんはちょっと真剣な顔でそういったけれど、わたしはそれきり押し黙ってしまった。彼の気紛れに付き合う余裕は生憎持ち合わせていない。・・・それを察してか、じきに幸村くんもどこか一点をみつめたままぴくりとも動かなくなる。


 空気が冷たく肌にささる。息をめいっぱい吸い込んだところでなんだか苦しくて・・・・すこし息苦しい。



「みょうじさんはどうして真田がいいの?」
「どうしてって、そんなのわかんないし」
「顔?性格?それとも・・・どっちも?」



 ・・・・今日の幸村くんはへんだ。そう思いかけたところで、比べるほど普段の彼をしらないことに気付く。そうなれば、わたしと幸村くんとがこんな話をするなんて不思議だし、そもそも幸村くんが他人の色恋沙汰に興味があるとも思えない。中学生らしいといえばそうなんだけど、違和感は拭えない。・・・が、とりあえず相手が真田くんだから、という事で自己解決しておく。

 そうして、いくつかの質問に当たり障りのない返事ばかりしていると、さすがに飽きたのか幸村くんも黙ってしまい、あたりは再び静寂に包まれた。
胸の苦しさは消えたけれど、今度は居心地の悪さが浮き彫りになり、結局すこし息苦しい。先程からわたしの足は行き場をなくし、組んだり椅子の足に引っ掻けたりと、落ち着きのなさを現している。

 ・・・・幸村くん、帰らないのかな。というか何しにきたんだろう。すっかり聞きそびれてしまったけれど今さら聞く気にもなれない。
わたしだって、そもそもここに居座る理由はないわけだし・・・帰ろうかな。そんなようなことを考え始めたときだった。幸村くんはさっきまでと同じ声色で、視線だけはどこか遠くをみつめながらこう言った



「・・・付き合ってよ」
「・・・・・・どこに?」
「そうじゃなくて、彼女になるって意味で」
「・・・・・いいよ、そういうの」
「本気だよ」
「いいってば」
「みょうじさん」



 苛立ちを隠しきれないわたしの返事を遮ったその言葉と、熱をもった眼差しにさっきまでの雰囲気も、空気も一切なく・・・わたしは静かに息を呑む。付き合う、わたしと、幸村くんが。・・・・そのいくつもの単語がわたしの胸の奥深くに沈んだ。

わたしと彼とは友達だったのに。むしろ友達と呼べるかどうかも危うい間柄の。
 それなのに、そんな風に思っていたのはわたしだけだったようだ



「好きなんだ」
「・・・・っちょっと、・・・・こ、こまる!」
「だろうね」



 事態を飲み込めずにぼんやり放心するわたしの視界は突如奪われて、"それ"が触れる寸前になんとか避けることができた。
・・・・いま、キスされそうになった。勢いよく立ち上がったせいでわたしが座っていた椅子は背後で鈍い音をたてて後退する。幸村くんは本当に一瞬だけ傷ついたような顔をした。でも、罪悪感なんて感じている暇すらない。


 どうして幸村くんがここへやってきたのか。いま、その答えがはっきりわかった。



「座りなよ」
「・・・・いい!」
「・・・・じゃあそのままでいいけど、ずっと待ってたんだ。・・・・真田にふられるの」
「・・・・・最悪」
「そうだよ。じゃないと俺のことなんか見てくれなかっただろ」



 ・・・・悔しいけど、その通りだ。わたしは幸村くんの気持ちなんて、ちっともしらなかった。


 幸せにしたい人がいるんだ、
いつだったか、不意に幸村くんがそう話したのを覚えている。悲しそうな表情をみて、それ以上聞くのはやめたけれど・・・・すこしづつ、繋がっていってる。そんな呑気なことをおもうわたしをよそに、幸村くんは小さく息をつく。



「真田はこれからも君に恋なんてしないよ」
「・・・・・・・わかってる」
「・・・泣くなよ」
「泣かせたのは、」
「俺だよ」



 言いながら、幸村くんは立ち上がり、わたしの方へ半歩程近付く。
なにも言い返せなくて、涙を目にたくさん溜めながらいいよどむわたしの目の前で足をとめると・・・
わたしの体を抱き寄せたのだった。


 力の加減がわからないのか不器用な手つきに・・・行き場のない右手が困ったようにわたしの背中の上部でさ迷っている。ちぐはぐで不格好なそれは幸村くんらしくない。

幸村くんにすがったって傷つける。それはわかっているはずなのに、拒むこともできないわたしは臆病者だ。
彼に触れようとのばした指先はそっとしまいこんで、それきり動けなくなってしまった。



 彼がすきだった
彼のみている世界を、わたしも隣でみていたかった。ただそれだけだったのだ


視界に薄い幕がはり、ぐにゃぐにゃにゆがんでいく。わたしがみたい世界は、こんなのじゃなかったのに

 幸村くんの手から伝わる熱は、いつまでもあたたかいままだった


20141108
ALICE+