この春、箱学自転車競技部は新たにマネージャーを迎え入れた。
すこしドジだが、明るく一生懸命な彼女はすぐに馴染み・・・・
安泰かと思われた直後
事態は急変した
部室に揃うなり、苦い顔で向かい合うのは福富以外のレギュラー陣だ。重苦しい空気のなか、口を開いたのは
「・・・・で、あれはマジなのか・・・?」
「・・みょうじちゃんの手首・・・ありゃ本物だぜ」
「手首だけじゃないですよ!太股の・・・・・その・・・」
「際どいとこまであんだネ」
「・・・・そ、そうなんです!それも・・・結構がっつり・・・」
それきり押し黙る一同。
マネージャー、みょうじなまえに関する問題というのは・・・彼女の体に残る生々しい傷痕について、だ。
「・・・いつからだった?みょうじちゃんが早退しはじめたの」
「・・・・先週末ぐらい、か?」
「・・・そういや元気もなかったよなァ」
「スポドリの味もおかしい日があったぞ・・・」
「話してても上の空でしたよね、みょうじ先輩」
「つ、辛そうだったよな!?」
「・・・・・・手足にのこる傷、早退・・・・極めつけにあの様子・・・」
新開が挙げていく単語に真波以外の皆がごくりと息を呑んだ。
真波はけろりとした様子で恋煩いですかね?なんてことを呟くがそれに対する返答はない。
彼以外、大体検討がついてしまったのだ。しかしそれを口にするものはいない。出すことで現実になってしまうかもしれない、それを恐れていた。
しかし、彼はあくまでもマイペースにこう呟く。
「あ、もしかしてアレですかね?あの・・・ドメスティック・・・バイオレット?」
「・・・・・バイオレンスだ」
「・・・・・・・・」
「あ、そうでしたっけ!でもそれだとみょうじ先輩に恋人がいることになりますよね!いつのまにいたのかなあ」
水を打ったように静まり返るなか、真波の間延びした声だけが響いた。
ドメスティックバイオレンス。歯形のような跡や、引っ掛かれたような跡がその結論まで導いたのだ。しかし次に浮上する問題に答えられるものはいない。
相手が誰なのか。皆が俯くなか、新開が視線を送ったのは。
「・・・・・・なんだヨ」
「お前、そういうのは良くないぞ」
「はァ!?俺じゃねーヨ!」
再び沈黙が訪れるが、
あの泉田ですらその視線を荒北に向けていて。
「ばっ・・・・俺じゃねーっての!ナァニこっち見てんだコラ!!俺とみょうじはそんなんじゃねェ!」
「付き合ってないのか?」
「・・・ねーヨ」
「あんな雰囲気になっても未だ交際していないとはな・・・呆れるばかりだぞ!」
「ッセ!!そんなんじゃねェんだよ!!」
「そんなんじゃないのか?」
「・・・・・・」
「しかし本当に荒北先輩でないならそれは問題ですよ!」
「泉田テメェ・・・」
「これは直接聞いてみるしかあるまいな・・・・」
ごくり、一同がその言葉にわかりやすく反応を示した。
そうして、すっかりふて腐れた荒北の肩に置かれる手。新開だ。その反対側には東堂が陣取る。荒北が異様な空気に気付いたときにはもう遅く。
「という事であとは任せたぞ!靖友!」
「はァ!?」
「そうだぞ!傷ついたみょうじさんを癒し、ガッチリハートを掴むのだ!」
「これ以上辛そうなみょうじ先輩なんて見てられません!」
「ちょ、なんで俺なんだヨ!そういうのはもっと、」
「決めてこい、靖友!」
新開は、嫌味なほどに爽やかな笑顔とバキュンポーズを決めたのだった。
#mtr3#
荒北は考えた
自分になにができるのか、踏み込んでいいのか。・・・・なまえになんて声をかけるべきか。
・・・しかし、考えたところで答えはでず、荒北の判断を鈍らせるばかりで。
結果、なまえと対峙した今も・・・他愛のない会話しか出来ずにいた。
「荒北くん今日はなんかいつもと違うね」
「・・・そうでもないと思うけどォ」
「そうかなあ」
「みょうじチャンのが最近なにかあったァ?」
「わたし?」
「ウン」
「うーん・・・些細なことなんだけどね」
うまい誘導だったと自分で感心すると共に、きた!・・・と、心のなかでちいさくガッツポーズを決めた。
が、その反面で踏み込んでしまっていいのかという迷いはあるわけで。・・・・正直にいえば怖かった。荒北は見た目によらず繊細なのである
しかし、悩んだところでもう引き返せない。そうわかっているからこそ、荒北は緊張の面持ちでなまえをみつめた。なまえがいよいよ口をひらく。
「・・・うち、犬を飼ってるんだけどね」
「・・・・犬?」
「うん、ハスキーなんだけど・・・最近病気になっちゃって・・・それで早退させてもらってたの」
昨日手術が成功したから大丈夫なんだけど、
そう言ったなまえは嬉しそうに笑う。荒北にとっても、久しぶりにみた笑顔だった。・・・正真正銘の、なまえの今まで通りの笑顔。荒北もひとまず、安堵のため息をつくが・・・・・まだ課題は残っている。それも、肝心な箇所だ。
「・・・じゃあ、その傷はァ?」
「これ?じゃれてるうちにいつのまにか怪我してるみたいなの」
「って事は」
「うちの子、すごい甘えん坊だけど力もつよくって」
うちの子、というのは勿論なまえが飼っているというハスキーのことだろう。つまり、完全にただの勘違い、というわけだ。
なまえはいいながら恥ずかしそうに眉をさげて笑い、傷を撫でる。呆然とする荒北の脳裏には傷ついたなまえを慰めて、だとかいう台詞がよぎってどうにも居たたまれない気持ちになったのはいうまでもなく。微妙な顔をしている彼を、なまえは心配そうに覗き込んだ。
「・・・荒北くん?」
「あー・・・いや、手術、成功してよかったネ」
「ありがとう!あと・・・変なこと言うかもだけど、もしかして心配させたかな」
「う、・・・・・・・・噂になってたんだヨ」
「噂?」
「みょうじチャン、DV受けてるんじゃないかって」
「え!」
DV、その言葉を繰り返すなり、なまえは驚きを隠せない様子だった
ばつが悪そうな顔で向かい合う二人の間には再びきまずい空気が流れる。
「あ、ありえないよ!彼氏いないし!」
「いてもそんな男はだめだヨ」
「それはそうだけど!・・・・荒北くんは、優しいよね」
「・・・・そんなことないんじゃナァイ?」
「・・・優しいよ」
すこし頬を赤らめるなまえと目があって、その瞬間、荒北は目眩すら感じた。茶化されたときには否定したが、荒北はなまえを特別に思っているのだ。
いってしまおうか。悩んでいるうちに沈黙が続き・・・気付けばみつめあっていたらしく、益々お互い頬を赤らめる。
「・・・・俺」
「・・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・今度、みょうじチャン家の犬、みにいきたい」
「・・・えっい、犬!?・・・いいけど・・・いいの?」
「・・・出来れば散歩とか・・・・・・あ、なんなら俺とみょうじチャンと二人でもいいんだけどォ・・・・・」
思いがけない誘いに一瞬戸惑いをみせたなまえだったが、その表情はすぐに笑顔に染まる。
告白を待っていなかったといえば嘘になるが・・・
それでも、荒北がこうして歩み寄ってくれただけでもなまえにとっては嬉しかったのだ。
「荒北くんに似てるし、すぐになついてくれるかも」
「俺にィ?」
「ほら、ハスキーって狼みたいでしょ!」
「みょうじチャンになら手懐けられても全然いいヨ」
耳まで赤くそめたなまえがわらう。荒北もおなじようにわらって・・・・それからも二人は他愛のない話をつづけた。
その後、散歩は何度か行われ・・・
二人だったり、二人と一匹だったり・・・その内容はさまざまだが、二人の関係はすこしづつ変わっているとかいないとか。
20140818
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