「・・・・荒北くん、わたし」


 こうみえて嫉妬するんだよ


 そう、耳元にうんと唇を寄せて言うと、荒北くんはわかりやすく息を呑んだ。

 ただ、すこし脅かしただけだった。嫉妬したのはほんと、荒北くんが故意じゃなくても嫉妬させたのもほんと。
だけど、こんな風に誰もいない教室に連れ込むなり壁に体を押し付けて詰め寄るほど怒ってはいない。ちょっとした悪戯心だ。



 ・・・・簡単なはなしだ。荒北くんが女の子から告白されて、抱きつかれているのをうっかりわたしがみてしまっただけ。

 それも、ちょうど女の子は背を向けていて、二階の踊り場から見下ろしたわたしと荒北くんとがばっちり目があう形で。



「言い訳みたいだけど・・・っつーか言い訳だけどォ、事故なんだって」
「がっつり抱き合ってた」
「・・・・引き剥がしたらこえーし、」
「引き剥がしてた!」
「なまえチャンどっちの味方ァ!?」



 いつもよりは控えめだけど、声をあらげる荒北くん。わたしは返事をせずに荒北くんの体にすがりつくようにして抱きついた。荒北くんはひくりと肩を揺らして体をかたくするけれど、決してわたしの体を押し返したりなんかしない。されるがままだった。

 はじめは感触を確かめるようにしておとなしく胸に埋まっていたわたしも、さっきの女の子も荒北くんをこんな風にしたんだと思うとどうしてもむかむかして、
 じわじわと両腕に力を込めていった。無意識のふりをしたけど、たぶんばればれだったと思う。



「・・・荒北くんは」
「ん」
「・・・・・荒北くんは?」
「な、なにィ?」
「だれの彼氏」
「・・・なまえちゃんの彼氏」
「・・・・・・」



 また沈黙が続いて、代わりに荒北くんの右手はわたしの腰に。左手は髪をゆっくり撫でてくれた。
 荒北くんはいつも必要以上に優しくしようとするから、なんだか手つきがぎこちない。・・・まるで壊れ物を扱うかのような、そんな手つきがわたしはすきだった。でも、いまは

 荒北くんが悪くないってわかってるのにどうしてもおさまらなくて、
こんな風な形で荒北くんにぶつけている自分が情けなくて・・・なんだかぐちゃぐちゃだったのだ



「・・・ごめんネ」
「・・・」
「俺さ、なまえチャンで手一杯だからァ・・・・他の子なんて気にしてないし」
「・・・・・」
「だから反感勝って抱きつかれるし・・・・・でも、俺は・・・その」



 荒北くんがはなすたびに、髪を撫でる手はすこし乱暴にわたしの髪を揺らす。話をしながらその一方で優しく撫でることができないらしい。そんな不器用さに頬が緩むのを感じながらもしらないふり。荒北くんの方からは幸いわたしの表情なんてみえていないようだった



 荒北くんは詰まりながらも気持ちを言葉にしてくれてるみたいで、正直どきどきした。・・・・あの荒北くんからこんなこと、普段は絶対にきけない。わたしまで緊張しながらも、あえて返事はしないまま次の言葉をひたすら待つ。



「あー・・・そのォ・・・・」
「・・・・」
「・・・・なまえチャン聞いてるゥ?あ、きいてんのネ・・・・だからその、俺はァ・・・・なまえチャンしかみてないからァ・・・」
「・・・・うん」
「・・・・さっきの泣きそうななまえチャンみたらもう俺頭真っ白になって、でも今みたいな、嫉妬してるなまえチャンはすげー可愛くて・・・」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・・・だからァ」
「だから?」
「・・・・・・・だか、ら」
「・・・だから?」
「・・・・・・・今のナシ」



 肩をゆるく押され、顔をあげれば真っ赤になった荒北くんの顔が真っ先に視界にはいった。

 たぶん、わたしは相当にやにやしてたんだとおもう。笑うな、とか、忘れろ、とか。そんなやり取りの最中も荒北くんは耳まで真っ赤にしていたし、口調だってなんだかいつもより早口でおもしろい。

 いつまでも面白がって笑っていたわたしだけど、それがおさまってからは・・・
そっと荒北くんの隣に並んだ。触れた肩は妙に熱くて、誰もいない教室に二人きりっていう漫画みたいな状況すらわたしの胸をときめかせた



「・・・・仲直り、する?」
「・・・・・・・するゥ」
「うん、仲直り」
「・・・・・・ん」
「仲直りのちゅー」
「ばっ・・・・!ここどこだと思って、」



 いいかけて、つづきを飲み込んだ荒北くんとばっちり目があった。身長差があるせいで、みつめあっていると自然と上目使いになってしまう。
 さらに、体勢に無理があるせいで首やらなんやらがいたくなるけれど・・・わたしは構わずに続けた。

すこしの間みつめあった結果、さきに目をそらしたのは荒北くんの方だ。その後、痺れを切らしたのか・・・覚悟をきめたのか、どちらかはわからない。けれど・・・・荒北くんはわたしの方へゆっくりと向き直る。後頭部を支えるようにして回された片腕の感触を感じたわたしはそっと目を閉じた。


 そうして、唇が触れるまでの間は荒北くんの緊張やら戸惑いが全身から伝わって、なんだかわたしまで体に力がはいってしまう。・・・キスをするのは初めてじゃないのに、いつまで経っても慣れないでいるわけだ。それも、最近になってようやくきちんと唇同士が触れるようになったばかり。



「・・・・・っ・・・・」



 荒北くんのキスは、やはりやさしい。わたしの唇の感触を楽しむかのようにゆるく密着させた唇をおしつけて、わたしはそのたびに真っ赤になって肩を震わせるはめになる。
 それから、あいた手でやんわりとひいた腰を引き戻されるのだ。

 いつもなら、しばらく触れ合うだけのキスをつづけて、それからすこしすると・・・上唇をぺろりと舐められる。びっくりして思わず口をあけた隙に舌が差し込まれるんだけど・・・・
 今日はなぜだかぎゅうぎゅうと下半身を押し付けられて、その熱をもったそれに驚いている間に舌をねじ込まれてしまった。

 それからは、荒北くんの思いのままだ。



「んっ・・・・・ふ、・・・・やっ・・・」



 いつもならば恐る恐るわたしの反応を伺いながら、へたくそなりに舌を絡ませるのに・・・今日に限っては荒北くんがすきに暴れまわって、わたしは小さく声を漏らしているばかり。

 こんな風にキスをされるのははじめてで、ちょうどお腹の辺りに押し付けられる熱だって気になってしまう。
 ・・・・さらに、そうこうしているうちにもいつのまにか壁へ追いやられていることに気がついた。
すぐ後ろには壁、前にはわたしに覆い被さるような形でひたすら口内を貪る荒北くん。

 だれもいない教室には荒北くんの荒い息と、小さな水音。・・・そして、それに混ざるようにわたしの声が響いて・・・
なんだかどうにかなってしまいそうだった



「っ・・・も、やあ・・・くるし、・・・・は、」
「えっろい声・・・」
「・・・・こ、れは・・・荒北くんのせ・・・・んぅ、」



 必死の訴えがどどいたのか、
荒北くんは最後にわたしの舌に吸い付くと・・・・ゆらりと体を離してくれた。ぐしょぐしょになってしまった口許を拭う姿にうっかりときめいてしまい・・・
なんだか悔しい気持ちになったけれど、必死に息を整えるのに精一杯で文句の一つもいえなかった。



「・・・・・・怖かったァ?」
「、・・・・」
「気持ち良さそうによがってたくせに」
「ば、ばか!!!え、えろ北!!」



 こくりと精一杯うなずくわたしに、いやらしい笑みを浮かべながらそんなことをいうもんだから思わず脇腹を鷲掴んだ。・・・・おにくが少ない、というよりもないせいで思いのほか痛かったらしく、イッテェ!なんて騒いで恨みがましい視線を投げ掛けられたけれどしらんぷり。
 デリカシーのない荒北くんがわるいのである。


 だけど、おかげでさっきまでの変な空気はなくなったような気がして、こっそり安堵のため息をつく。
 荒北くんのことはすきだし、キスをするのも・・・きもちいいような、ふわふわした感覚になるけど・・・・・・
まだいまいちそういう感じが苦手で、言葉を借りるならば"心の準備ができていない"と、いうやつ。

 そのせいか、荒北くんの性分なのか・・・・たぶん後者だろう。荒北くんは今まで決して行為を口にしたことはなかったし、なんだか切羽詰まった表情をするときだってなにも起こらなかったりで、
実はわたしはこっそり彼に感謝している。

 だからこそ、今日股間を押し付けられたのは本当にびっくりしたけれど・・・
さっき怖かったか聞いてくれたのはきっと荒北くんなりの気遣いだったんだとおもう。

 つまり、わたしはそんなところをひっくるめて荒北くんがだいすきなのだ



「・・・・にしてもォ」
「うん?」
「・・・・止められた俺、えらかったよなァ。」
「な、」
「さすがに教室はマズイし、・・・・・・・もっと大事にしたいからァ」
「ちょ、ちょっと」
「・・・・んだよ」
「い、威張るな!そ、そういう報告はいいから!」
「あいだだだだだ!加減してソコォ!肉ないからァ!肉!」
「うううるさい!」



 だから、
わたしのことそんな風に思ってくれたんだ、って。ちょっとだけ嬉しかったのはわたしだけの秘密なのである。



20140828
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