「・・・今週?」


 靖くんがかえってくる。
そう聞いたときには本当にうれしくて・・・・部屋に戻ってすぐにベッドを転げ回った。


 靖くんはわたしの幼馴染みで、三つも年上。それでも靖くんはよくわたしの面倒をみてくれていたし、わたしも靖くんによくなついていた・・・らしい。

なのに、中学も高校もずっと地元に残ったわたしとはちがい、靖くんは高校も大学も県外を選んだ。だから、会えるのなんて本当に年に数回で。それも、去年は受験でばたばたしてたし・・・ゆっくり会うのは本当に久しぶりになる。


 駅まで迎えにいく、って。半ば強引にそういうと、反論しつつも靖くんは電話の向こうでちょっとうれしそうにしていて・・・すこし心の奥がくすぐったくなった。





#mtr3#



 いよいよ当日!
はやくに家をでたわたしは駅に着くなり改札からすぐ真正面に配置されたベンチに腰掛けて、靖くんをみつけるなり大きく手を振ってみせた。靖くんは・・・改札の向こうでわたしの姿をみつけて、恥ずかしそうに目を泳がせる。



「靖くん!」
「・・・・おー」
「久しぶりー!!」
「・・・声でけえんだよバァカ」
「はやくはやく!」
「引っ張んな!危ないからァ!」



 いつもと同じ風景なのに、隣に靖くんがいるだけでこんなに変わるなんて思わなかった。

 ・・・と、いうのも・・・昔わたしは靖くんのことが好きだった。離れてからはただの憧れに留めてはいたけど・・・・こうして姿を前にすれば改めて気持ちが込み上げてくるんだからきっとわたしは今も靖くんが好きなんだろう。そう認めたのは今からほんの一年前だ。

 それに伴い・・・・会うたびに左手の薬指をチェックするのも恒例になっていて。
今回も殺風景な薬指をみてこっそり安堵した。



「今日は家、寄ってくでしょ!」
「今日も、だろ。オバサンはァ?」
「元気だよ!今晩わたしの家と靖友の家で集まってご飯食べるって張り切ってた」
「聞いた」
「え!誰から!?」
「タツと昨日メールしたァ」



 ・・・タツ、
まさかお兄ちゃんの名前がでるなんて思わなくって、わかりやすく驚いてしまった。お兄ちゃんとメールしてるなんて初耳だし・・第一わたしは靖くんのアドレスをしらない。・・・というか、あれは完全に自然消滅だった。


 元々わたしが遠慮していた事もあって、連絡を取り合う仲じゃなかったけど・・・たまたまアドレス変更のメールをおくってエラーがかえってきたときには声をあげてないたっけ。



「・・・・わたしアドレスしらないのに」
「アー、携帯壊れたんだヨ」



 思わず喉をついてでた声は思いのほか低く、靖くんはぎくりとした様子できまずそうにそんなことを言った

 ・・・・靖くんらしい理由だけど、
あのときのわたしはわたしなりに悩んだし、傷ついた。・・・・靖くんを諦めようと、迷惑をかけないようにしようと覚悟をきめたぐらいだった。それなのに・・・次に顔を合わせたときにそんなわたしの壁を易々と壊したのはほかでもない、彼自身だ。

 以降、蟠りは消えたものの、再度連絡先をきく勇気はなくて触れずにいたのだから
今本音を吐き出せたのはわたしなりの進歩なんだとおもう。



「ん、」
「・・・ん?」
「携帯。・・・すんだろ、交換」
「・・・・・・・いいの?」
「悪くはねーよ」



 慌てて手渡せば、呆れたように笑われたけど・・・そんなこと気にならないくらい嬉しくて、頬は勝手に緩む。


 極めつけにはラインの友達一覧にひょっこり現れた靖くん。
 ・・・こんなことでどうしようもなく嬉しくなるんだからやっぱり恋って厄介だ。改めてそう思った。



「そういえば靖くん彼女できた?」
「・・・・・・別れた」
「え」
「・・・・あ?まさかタツに聞いてたんじゃ・・・・なかっ・・・・たん・・・だな」
「・・・き、聞いてない!い、いたんだ・・・・・靖くんに・・・・彼女・・・・・・・」
「ッセ!じろじろみんな!」
「・・・・・・だって、」



 本日二度目の衝撃だった。それも、一度目なんて比べ物にならないくらいの。

 高校のときはいないって聞いていたし、そんなもんなんだと思ってた。靖くんをかっこいいって思うのはわたしぐらいなんだって、・・・・思い込んでた。

 ・・・なのに、彼女、だって。現在進行形だったならどうにかなったかもしれないけど・・・今でも十分ショックを受けた。
足取りはずしりと重くなり、靖くんのすこし斜め後ろを歩きながらいろんなことを考えてしまう
靖くんは大学生だ。彼女だってできるし、飲み会とかコンパとか、
・・・・そんな世界のなかに靖くんはいるんだ・・・!

 乾いた風がわたしたちの合間を縫うようにして吹き抜けていく。
不意に靖くんの手をみつめる。・・・この手も、誰かともう繋いだりして・・・・・もしかしたらその先も、
そう思うと胸の奥がずきりと痛む。



「そういうお前はどうなんだよ」
「・・・え、わ、わたし?・・・・わたし、も・・・別れたし」
「・・・・一年前にィ?」
「っな!なんで知って・・・・!」
「・・・さァな、俺に似てたんだってェ?」



 ナントカ原くん、だっけェ

靖くんがにやにやと気色の悪い笑みを浮かべながらそう言った


 たしかに半分合っている。わたしの元彼は見た目こそ靖くんによく似ていた。・・・・・名前はナントカ原でなくナントカ沢なんだけど。今はそんなことはどうでもいい

 中身は、好青年で、そして・・・照れたときにうるさい、っていう癖がわたしは堪らなく好きだった。知らず知らずのうちに靖くんに重ねてたみていたのかもしれない。・・・・忘れたい過去だったし、靖くんには絶対知られたくなかったのに、


 なんで靖くんがそれを知ってるの、そういいかけてやめたのは兄の存在が頭に浮かんだからだ。絶対に許さない



「俺に似てる男と、ねェ」
「・・・・・や、靖くんよりイケメンだったし!」
「そうかァ?」
「そうだよ!」
「俺プリクラみせてもらったよォ、ずっと一緒ってかいたやつ」







 それからのことは、よく覚えていない


 靖くんとまともな会話はしなかったし、食事がはじまってからもおとなしいわたしをからかう兄の足を思いきり踏んだのがはじまりで、テーブルのしたで静かに乱戦になったところをお母さんに叱られたり。靖くんの自転車の話で盛り上がって、なんか靖くんが遠いひとになったみたいで・・・・なんだか寂しくなって、
トイレにいくっていってそのまま逃げ出してしまう始末だ。


 ・・・・・・仲直り、しようと思ったのに。後悔したときにはもう遅く、一人ベッドに沈み込んでほんのすこしだけ泣いた。
 戻らないわたしを心配して追いかけてきてくれたら、なんて思う一方で
靖くんに八つ当たりしたくないから一人でいたくて。



「・・・・靖くんのバカ」



 ぽつりと呟いて、体を丸める。
靖くんはご飯を食べてるときもわたしを気にしてくれてた。それを無視し続けたのはわたしだ。・・・・わたしの、単なる意地だ。

 靖くんを巻き込んでしまったんだから、なんでもないように笑って話しかけてしまえば元通りになってたはずだったのに。



「なまえ」



 ・・・・・・・・なんで、来ちゃうかなあ。

ドアの前から聞こえる声に、わたしはぐったり項垂れた。意地でも返事しないまま数秒が経ち、ドアノブが回される音をきいたのもそれからすぐ。



「入るぞ」
「・・・・・・・・・・」
「オイコラ、狸寝入りしてんじゃねーよ」
「・・・・・・すう」
「下手くそか」



 遠慮がちに伸ばされた手は宙をさ迷い、最後にはわたしの額にでこぴんをきめた。
加減をしているといえど、地味に広がる痛みを耐えながらもねたふりを続行すると・・・・今度は鼻をつままれ渋々目をあけることに。



「・・・・・」
「・・・・・・・・戻るぞ」
「・・・・・・・やだ」
「もう秋はもどんねーからァ」
「え」
「忙しいんだヨ」
「・・・彼女いないのに?」
「う、うっせー!関係ねーだろーが!」



 そうして、どちらからともなく笑ったのがきっかけ。それからは一時休戦で・・・しばらく笑ってた。たぶん、お互いどうして笑ってるかはわからなかったけど・・・わたしの場合は部屋に二人きりでいるって現状を不意に実感したから。
 ・・・・"笑うしかなかった"というわけだ。



「で、なんで拗ねてたんだよ」



 しかし、そんな状況がいつまでも続くはずもなく。すっかり元に戻った靖くんが珍しく真面目なトーンでそういった。
 ベッドの向かいにあるクッションのうえにどかりと座って、テーブルに頬杖をつく様子から察するに、当分ここから出ていく気配はなさそうだ。


 意識すればすぐに頬に熱があつまる。
それが余計に恥ずかしくて、平静を装うのに必死になってしまう。・・・結果、ようやく絞り出した声をたったひとことに留めてしまった。



「・・・拗ねてないんですけど」
「じゃあなんだよ」
「なんでもないし」
「・・・めんどくせーなァ、お前」
「な、なんで笑うの!」



 ・・・普通、むっとしたり呆れたりするんじゃないの。それがどうしてそんな優しそうな顔をして笑うんだろう。

こんな表情をみるのははじめてで・・・むずむずして・・・どうにも直視できそうにないから、もそりと起き上がってベッドの縁に腰かけた。なのに、そうすることで余計に距離が縮んでしまい・・・・わたしはさらに息を呑む。

・・・・どうしよう。これ以上動く勇気なんてないし、なにより・・・・足は宙ぶらりんのまま、ぴくりとも動いてくれない。



「他に彼氏はァ?」
「・・・・靖くんこそ、」
「俺は一人」
「・・・・わたしも、一人」
「じゃあ、他は?」
「・・・他って?」
「こういうの」



 靖くんがあっという間にわたしの腕をつかんで、引き寄せた。バランスを崩したわたしの体は当然靖くんに向かって倒れていって、そうして。

靖くんの唇が、押し付けられていた。唇同士をくっつける理由を、しらないわけじゃない。
 なのに、わたしは動けなくって、身をかたくしたままそれをじっと受け入れてしまった



「俺は、今のがはじめてなんだけどォ」



 しばらくして、ようやく離れていった靖くんはなんだか濡れた瞳でわたしを見つめながらそう言った。


 わたしも初めてだよ

 そう言いかけて口をつぐんだ代わりに、靖くんがすっ飛ばしたことを全部、全部
いま触れていたあの唇にきくために、うんと背筋を伸ばす。



 はじめてだっていうくせに、肩の引き寄せかただとかキスをする角度とか。わたしのしらない靖くんがそこにいて、顔も名前もしらない女の子をすこしだけ憎んだ
その理由も、あとでわたしは彼に伝えなくちゃいけない

20140909

ALICE+