彼氏ができたら幸せになれるんだって、そう思ってた。

勿論楽しいことばかりじゃなくて、辛いことや悲しいこともあるけど・・・全部乗り越えて、それさえも思い出になるような、
そんな漫画やドラマのような青春を夢見てたのに・・・・

 なにかあるごとに体育館の倉庫に忍び込んでいたら、いつのまにかそこはわたしの特等席になってしまった。ちなみに、最近のお気に入りは跳び箱のなかだ。

 というのも・・・先月一人になりたくてさ迷っていた最中にたまたま古くなった鍵が簡単に開いたのがきっかけ。



 今日も、慣れた手付きで金具をはずすと・・・重い鉄の扉の隙間に体を忍ばせる。

それから、跳び箱の上の段を三段程外した四角い空間のなかに座り込むと、お菓子を並べて持ち込んだジュースにストローをさした。前に試した漫画をもってくる作戦は薄暗いせいで捗らなかったんだけど・・・これなら十分だ。


 今日のは小さな喧嘩だけど・・・いまは一人になって頭を冷やしたい。いまだなりやまぬ携帯をそっと封印して、すこし温くなったいちごオレを一口、また二口と口にする。



 そもそも喧嘩の原因は彼の元カノである先輩とのことだった。・・わたしを選んだり、先輩を選んだり・・・ふらふらしてるからいけないんだ。・・・・まだあの人が好きならわたしなんてフってしまえばいいのに。

・・・・なんて、本人に言えないからわたしだってこうして逃げてばかりいるし。

 ぐちゃぐちゃになった気持ちをぶつけていくうちに、わたしがめんどくさい女になったみたいでどうしようも嫌になる。
 恋ってもっとふわふわして、楽しいものだとおもってたのに。・・・・ううん、最初の方はそうだったのに、
いつからこんな、



「みょうじ」



 こと、に、


 思考が停止し、そとでわたしを呼ぶだれかの気配に釘付けになった。・・・・足音にも気付かなかったなんて不覚だ。

 なんでわたしがこの中にいることを?っていうか誰?
 事態が飲み込めなくて、ただただ混乱しながら身をかたくする。ただ一つわかることは、わたしが密かに待っていた人物ではないということ。

 それなら一体だれなんだろう。不毛なことを考え始めた一方で、そとの誰かは南京錠をガチャガチャと触り始めていた。
 南京錠というわりに古くなったそれは案外すぐに解除できたことを思い出したときにはもう遅く、
小さく鍵があく音と、次に鈍い音が響いた。・・・・明らかに、ドアがあいた音だった


 隙間から入り込む光のおかげでなんとか確認できる。入ってきたのはなんと、



「・・・みっけ」
「・・・・・・・・・・・・・荒北くん」



 最も会いたくない人物だった。

 慌てて身を隠そうとした間抜けな格好のまま乾いた笑みを浮かべながらも、内心は穏やかじゃない。
 ・・・・荒北くんはわたしと彼の共通の友人で、わたしとは彼を通じて知り合ったぐらいだからきっと彼寄りの人間だ。



「・・・・跳び箱の使い方教えてあげよっかァ?」
「・・・・・・・間に合ってます」



 本当に、ついてない。



「なんでここが、って顔してるネ。前からちょくちょくみてたんだヨ」
「みてた!?」
「教室の窓から。俺の席、見渡せるんだわ」
「・・・悪趣味!」
「みょうじチャンこそ、誰にも相談せずに水臭いんじゃナァイ?」



 ・・・・・見透かされてる。

 わたしの絶望をよそに、荒北くんはずかずかと近付いてくる。・・・数日前まではわたしの城だったのに、あっという間に崩れ去ってしまった。

 相談しなかったんじゃなくてしたくなかっただけだし、正直荒北くんにだって話したくなんかない。
わたしの女々しさを露呈させたくなんかない。つまり、強がっているのだ。



「・・・・考え事、してただけ」
「漫画持ち込んでェ?」
「・・・・・・・・・あれは未遂に終わったし、っていうかなんで座ってるの!」
「考え事」



 いいながら、荒北くんはわたしのちょうど目の前に敷き詰められたマットの一角に腰かける。・・・・一人にしてほしい所だけど、こうなれば言っても聞かないだろうし・・・それならせめて正面じゃなくて違う場所に座ってほしかったのに。そんなこと、今さら言えないし・・・わたしが移動するのも癪なのできちんと座り直しておいた。

 それにしても・・・・



「荒北くんの考え事って?」
「あ?色々だよ、色々」
「自転車のこと?」
「ほんと俺のコト自転車のひととしか認識してないネ」
「それは、まあ・・・荒北くんのことあんまり知らないし」
「・・気になる子がいんだけどォ」



 ・・・あれ、急に相談パターン?それに、気になる子!?荒北くんに!?

 神妙な面持ちでそういった荒北くんと、思わず前のめりになるわたし。イン体育館倉庫。

 かなりおもしろい図なのに、笑えないのは荒北くんが真剣そのものだからだ。



「に、人間?・・・っていうか、女の子?」
「殴るぞ」
「女の子なんだ・・・・・」
「あのな」
「で、で、なんなの」



 荒北くんには申し訳ないけれど、一年で一番驚いた、といってもいいぐらいの衝撃だった。気になる子、なんていう奥ゆかしい表現すら可愛い。
・・・・という邪な気持ちをなんとか押さえ込んで、再び荒北くんと向き合う。こんな真剣な表情をみたのは勿論はじめてで、わたしまで息を呑む。


 気になる女の子が失恋しそうなんだって、荒北くんはそう言った。



「チャンスじゃん!」
「そういう隙に付け入るのは気が引けるっつーかァ」
「え、なんで!ありだよ!寧ろいまいくしかないよ」
「・・・・マジ?」
「まじまじ!」



 ・・・・荒北くんは真面目な人だ。ちょっと乱暴で口は悪いけど・・・・不器用なだけで、誤解されやすい人だとおもう。・・・実際わたしもそのうちの一人だった。

 だけど、接してみればその印象はがらりと変わったのだ。
事実、友達との間でも彼は満場一致で彼女を大事にしそうなタイプだった。


 ・・・・荒北くんに想われている子が羨ましいって、すこし思ってしまうほどにわたしは気を病んでいるらしい。


 一方、荒北くんはそれはもう執拗に大丈夫か、ずるくないか、ひかないかをわたしに聞き続けた。
だんだんめんどくさくなってきたわたしは大丈夫だと、一方的に話を終わらせたんだけど・・・・

 ・・・王道な少女漫画みたいなそんな展開が、こんな近くにあるというのに。わたしはこんなところでうじうじ塞ぎ込んで、彼氏の顔色うかがって、・・・内心で恨んだり、疑ったりして。
 急速に現実をみせられたような気がして・・・荒北くんと別れてすぐ、すっかり鳴りやんでしまったメッセージの返事をした。喧嘩はもはやお互いどうでもよくなっていて、わたしが失踪したことだけを謝って終息した。



 わたしがフラれたのは、それから2日後だった




#mtr3#



「・・・・・・荒北くん」



 わたしはやはり、体育館倉庫にいた。そして、なぜか荒北くんもわたしの正面に座っている。

 このまえと違うのは・・・はわざわざ上の段を外して中に座る気にもなれなくて、わたしが二段だけの小さな跳び箱に腰かけているのと、
 ・・・・いまにも泣きそうになっていること。



「あの二人、付き合うんだって」
「・・・・知ってる」
「・・・なんでわたしと付き合ったんだろ」



 荒北くんは出ていかない。三回ほどそんなやり取りをしたところで諦めたわたしはすっかり愚痴を溢していた。



「いつかはこうなるかなって、思ってたけど・・・もしかしたらって、信じたかった。信じなかったから、こうなったのかな」



 いつもならこんなの、絶対に嫌なのに・・・・今日は誰でもよかった。荒北くんの返事がすこしだけ心地よかったのだ

 でも、言葉を吐き出すだけで涙はでなくって・・・結局わたしも振り向いてほしかっただけなのかもしれないって思うと虚しくて、寂しくて・・・じわりと視界が滲む。

 ・・・・本当にわたし、なにしてるんだろう。



「・・・・荒北くん?」
「な、何ィ?」
「えっと、ごめんなさい。それからありがとう。もう大丈夫だから・・・」
「な、慰めにきたんだから帰らねーからな」
「・・・・・慰めに?」
「・・・・・・・そ、そう。何していいかわかんねーけどォ・・・」



 ・・・・・・この前からおかしいとは思ってたけど、やっぱり荒北くんはちょっと変だ。

 少なくともわたしの知ってる荒北くんならどちらかというと一人にしてくれて後々さりげない優しさをみせてくれるタイプだった。・・・恋はこんなにも人を変えてしまうんだろうか。
 そんな風に考えかけて、疑問符を浮かべる。そういえば、なんで荒北くんがわたしを慰めようとしてるんだろう



「・・・・・あの、荒北くん」
「な、なんだよ」
「・・・・・・やっぱりなんでもない」
「・・・・泣き止んだネ」
「それは、うーん・・・・荒北くんに気をとられたっていうか・・・・」
「俺に?・・・・アー・・・・じゃあ、なんかしてほしい事とかある?」
「特にないけど」



 "好きな子が失恋しそう"って、荒北くんは言ってたっけ。
喉のところまで出かけた言葉は引っ込んでしまい、代わりに小さく息を吐いた。
だって、そんなはず・・・・ない、し

 荒北くんはどこか落ち着きのない様子であたりを見回している。その頬はすこしだけ、赤い。



「・・・・な、慰めてくれる?」
「なんだよ急に・・・」
「荒北くんの方が先に急だった!」
「・・・・・で、どうして欲しいのォ?」
「え、あ・・・荒北くんの好きにしてよ」
「してるから聞いてんだヨ」
「・・・・・・ずるい」



 そんな事言われたってわたしはなにもいえないし、荒北くんだってなにもできない。

だって荒北くんとわたしは友達で、それ以上じゃないんだ。もしかしたら、なんて、淡い想いは言葉にできそうにない。
 二人とも、動けずにいる。

 例えば、抱き締めてっていったところで荒北くんはきっとやってくれないだろうし・・・・
わ、わたしだってそんなの恥ずかしいし。だからこんな状況になってる。
 ・・・でも、荒北くんの気持ちはうれしいのはたしかだ。



「・・・みょうじチャンはなんも悪くないからネ」
「・・・・誰も悪くないよ」
「折角慰めてやってんだから揚げ足とんな!」
「荒北くん」
「ん」
「・・・・ありがとう、わたしがんばる」
「・・・おう」



 すると、荒北くんはちょっとだけ笑った。だからわたしもおんなじように笑ってみせる。



 ・・・・・また明日もここにいたら、彼は来てくれるんだろうか。
そう思うとすこしだけ明日が楽しみになった。

 隙間から差し込む光は暖かい。・・・・きっともうすぐ、春がくる。




20140918
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