※大学生 




 女の子には誰にだって夢がある。
いつ、どんな瞬間にでもさまざまな夢をもっていて・・・そして、いつかふとした瞬間に叶う。わたしはそう信じていた。
 そして、夢を叶えてくれた人に恋をした。



「・・・・・ハイハイその話もういいからァ、なまえチャンの夢はすごいねかわいいねェ」
「今度は大人なの!!」
「これがァ?大人ァ・・・・?」



 ・・・・はずだったのに。荒北くんはどうにもわたしの夢をバカにする傾向がある。今回だって、十分わたしの理想がかなったのに、荒北くんはちっとも一緒に喜んでくれないのだ。というかそればかりかいまの現状を嘆くもんだから聞こえないふりをしておいた。


 長年の夢だった大きなパフェをたべる、というのは友人の協力を得て先月無事に終わった。次にわたしがねだったのは・・・・・荒北くんの運転する車にのる、といういたってシンプルなこと。

 とはいえ、まだ学生の身であるわたしたちには荒北くんのおうちの車を貸していただくのが精一杯で。ついでにいうと先々月免許をとったばかりなためしっかりと真新しい初心者マークが存在を示している。
 たまたまわたしが荒北くんと実家に訪れた日にたまたま車があって、許可を頂けたという本当に素晴らしい偶然に感謝するべきなのに・・・
荒北くんは不服らしい。



「免許はとりたて。親の車。若葉マーク。ついでに連休の混雑。・・・最高のドライブだな」
「でも二人なら?」
「・・・サイッコー」
「もっと楽しそうに!!」



 そんなあまりよろしくないポイントてんこもりのわたしたちが目指すのはずばり海だ。

 運転席に乗り込む荒北くんに続き、わたしもうきうきしながらドアをあける。車内には荒北くんらしくない仄かに甘い香りが広がっていて・・・緊張のせいか、険しい顔で椅子の位置を調整する彼の横顔とのギャップに思わず頬が緩む。・・・おそらく、彼のお母様か妹ちゃん、どちらかのチョイスだろう。



「ちゃんとベルトしとけ」
「っはい!」
「なァに改まってんだよ」
「えっと、荒北くんのベンツ乗り心地いいね!」
「・・・・・」
「冗談だから!!反省するからお願いだから降りないで!」



 冗談も交えながら、改めて社内を見回すけれど・・やはり荒北くんらしくない装飾に注目してしまう。とくに、どこかにきちんと飾ってあったと思われる女の子向けのぬいぐるみが無造作に後ろの席に寝かされているのをみたときは声を圧し殺して笑ってしまった。


 一方、わたしの奇行に気付いていない荒北くんはエンジンをいれて、ギアに手を伸ばしている。

 免許を取得して、ろくに運転なんてしていないその手つきはどこか辿々しい。でも、わたしの前ではそんなそぶりをみせないあたりが荒北くんらしいけど・・・・昨晩荒北くんの妹ちゃんから届いたメールを思い出して、窓の外をみながらこっそり肩を震わせた。

 わたしより一足さきに里帰りしていた彼は昨夜今日のドライブの予行練習をしたらしい。
兄、車でベプシをかいにいく
という文面とともに送られてきた神妙な面持ちでハンドルを握る荒北くんの隠し撮り写真はいまやわたしのホーム画面を飾っている。



「・・・絶対写真とんなヨ撮ったら即帰るからな!!」
「・・・・・うん」



 と、まあそんな風にはじまったドライブは初っぱなからナビの操作にてこずり、たっぷり時間をかけてようやく出発した。窓の外ではごく当たり前の住宅地の風景が流れていく。隣に荒北くんがいて・・・・そんな"特別"がなんだか心地いい。

 気になる荒北くんの運転はというと・・・・思ったよりも安定していて、
ちょっとした動作の一つ一つがかっこよくみえる。・・・・写真、撮りたいんだけどな。万が一事故になったり、宣言通りドライブが強制終了になるのは嫌だから取り出しかけた携帯を泣く泣く鞄の奥にしまいこむ。


 それから、渋滞にももちろん巻き込まれたけれど思ったよりも進みははやく・・・海が近付く頃には抜け出すことができた。
しかし、ナビの指す右左折のタイミングがつかめず悪戦苦闘し、当初の予定よりは遅れたものの・・・無事に海に到着し、ドライブは一時終了。



「お疲れさま、荒北くん!ありがとう!」
「オウ。・・・・なぁににやけてんだ」
「べつに!それよりほら、海だよ!」
「転ぶなヨ」



 わかってるって、そう言いながらも走り出さずにいられなかった。目の前には光が反射してキラキラする海と、白い砂浜が広がってるんだもの!
 うしろを歩く荒北くんへ振り返って手をふる、なんてドラマみたいなことをしたり。砂浜を二人で歩いたり、ベタに二人の名前を書いたりなんかしたり!



「・・・あんまり綺麗に書けないね」
「コツがあんだよホラ」
「荒北くんのは力任せに書いてるだけでしょ」



 わたしから奪った木の枝でサラサラとわたしの名前を書いて、その隣に自分の名前を並べる。それから、なんとそのうえに綺麗に相合い傘をかいて・・・上にはご丁寧にハートまで鎮座している。笑いながらその様子を写真におさめると勿論怒号がとんできたけれど、なんだか嬉しくてわたしの頬は始終緩みっぱなしだった。


 ・・・・けれど、今日の目的はそれだけじゃない。
寧ろわたしにとってはこれからが本番だ。時計はまだ6時をさしているけれど、辺りは暗く肌寒い空気に包まれている。薄着できてしまったわたしたちは逃げ込むように車に乗り込んだ。

 車内でキスをしたい
わたしのそんなわがままのためだけに荒北くんは車を発進させる。というのも、人気のないところでなら、と渋々了承を得た為だった。ちなみに・・・車で、というのも助手席と運転席から、というその感じに憧れているから、という至ってシンプルな理由が発端だ。ここまでの経緯もなかなかに苦労があったわけだけど・・・今はそれはおいておくことにする。

 あてもなく走り出した車内の空気は重く、なんとか振った話題も一言二言で虚空に消えた。・・・わたしたちがお互いに緊張しているのは一目瞭然だった。

 そして、そんな都合のいい場所がすぐに見つかる筈もなく。海をでて半時間程あれこれさ迷ったものの、どこも先客がいたり若者がいたりと不発ばかりだ。



「・・・ねェな」
「そういうスポット知らないの?」
「知るわけねェだろ!」



 そんなやりとりの数分後だった。なにかを閃いたらしい荒北くんが車を走らせてさらに半時間。人気のない、寂れた公園の脇に車を停めたのだった。
 街灯は点滅して使い物にならないなか、月の光だけが辺りを照らしている。ちがう意味で雰囲気がある場所だけど、最早贅沢なんていってられない。見つからずにお流れにはならずに一息ついたものの・・・虫の音すらない、静寂のなかわたしはごくりと息をのんだ。



「・・・・腹減ったし、さっさとすませて帰るからなァ」
「う、うん」



 エンジンの音が消えただけでこんなにも変わるものなんだろうか。思わずあいた両手でスカートの裾を握りしめる。・・・・シートベルトをはずし、わたしをのぞきこむ荒北くんの向こうには夜空が広がっている。
星ひとつない、暗闇がなんだかこわくて目をそらそうにも気恥ずかしさから目のやり場に困るばかりだ。


 そうして、迫る荒北くんの右手がわたしを締め付けていたシートベルトをはずし・・・思わず肩を揺らす。荒北くんの目は、まっすぐわたしを捉えていた。



「・・・・ちょっと狭いね?」
「・・・体ァ、痛くなんだろが」
「でも、なんかすごいドキドキする」
「今さらヤメロとか言っても聞いてやんねーからァ」



 そんな空気に耐えきれるはずもなく。返事が返ってきたことに安心しながらも、その返事に耳を疑うこととなった。
 あれ、荒北くんもしかして乗り気になって、る?
 腰をひこうとしたところで逃げられるスペースもなく、そうこうしているうちにもすこし席を倒され、わたしの目の前は荒北くんだけになった。

 ・・・が、角度が微妙に違ったらしく、戻したり・・また倒したり、窮屈ななかそんなやり取りを挟み、改めて向き合う。胸が苦しくてどうにかなりそうで・・・・見つめあったたった数秒すらとても長い時間に感じた。

やがて、すこし掠れた声でささやくようにいくぞ、と、言ったのを合図に唇が重なる。リップを塗ればよかったな、なんて余計な思考はすっかり奪われた。



 荒北くんのキスはやさしい
比べる対象がいないからわからないけれど・・・するたびにふわふわした感覚の中漠然とそう思う。

 感触をたしかめるように押し付けたあと、恐る恐る啄まれ・・・・そのたびにスカートを強く握りしめた。これは"こういう"ときのわたしの癖だった。
それに気付いたのか、荒北くんはそろりと自分のシャツへを握るようにと促す。いつだったか、お気に入りのスカートが皺になったと嘆いてから荒北くんはこんな風に気遣ってくれるようになった。
うれしくて、応えるように少しだけ唇を寄せるとより深く口付けられ・・・
 体重がかけられると同時に車がすこしだけ揺れて驚いたけれど・・・そんな暇もなく早急に舌を差し込まれ、くぐもった声が漏れた。



「・・・っん、・・・」



 遠慮がちにわたしの舌の先に触れたと思えばまたすぐに滑り込ませる。驚いて胸を押し返すけれど、行為は深まるばかりで・・・翻弄されるなかなんとか荒北くんの舌をつかまえておずおずと絡ませる。するとその瞬間舌を吸い上げられ、体の中心に甘い痺れが走ると共に涙が滲んだ。

 狭い空間はまるで世界から切り取られたようで。荒北くんの息がわたしの鼓膜を、・・・手が、唇が・・・すべてを支配する。触れている部分があつくて溶けてしまいそうで、いっそ解け合って一緒になっちゃえばいいのに。そんなことをぼんやり考えながら、意識を委ねた。




#mtr3#



 どれぐらいの時間を過ごしたんだろうか。
それすら解らなくなった頃、わたしたちはようやく帰路についていた。



「・・・・えっと、誰にもみつからなくてよかったね・・・?」
「・・・そうだネ」



 ながい一日だった。そう思っているのはきっとわたしだけではないと思う。


 特に荒北くんの場合はずっと慣れない運転をしてくれているんだもん、無理はない。・・・でも、わたしだって不安にならないわけはなくて。



「・・・もしかして荒北くん機嫌わるい?」
「ッセ!・・・・・恥ずかしいだろが」
「・・・・・・・わ、わたしだって恥ずかしいのに」
「誘っといてェ?」
「さ、さそっ・・・・!?た、たしかに誘ったけど!そんな言い方やらしいよ!」



 勇気を振り絞って確かめてみればこれなんだもの。からかうように口角をあげる荒北くんを横目に、わたしは小さく項垂れる。・・・たしかに誘ったのはわたしだ。でも、それにのったのは荒北くんで・・・それも結構乗り気だったと思う。
 だからって、やっぱりわたしが主体だったと言われれば恥ずかしくないわけもなく。なんだか複雑な思いを抱いたまま、景色をぼんやりみつめる。



「まァ、またいつでも付き合いますよ、お姫様」
「・・・・・・お気遣いなく!」
「機嫌、治してやろうか」
「今は運転に集中して!」
「ヘイヘイ」



 荒北くんはわたしの気持ちにえらく敏感である。
彼曰く、匂いがあるとかないんだとか・・・よくわからないけれど、迂闊に拗ねることもできないし・・・それを嬉しく思ってることだってきっとお見通しなんだろう。


機嫌とりのために伸ばされた手はわたしの前髪を無遠慮にかき乱し、信号が赤から青に変わる頃に再びハンドルへと戻っていった。



「犬みたいだよなァ、なまえは」
「従順、ってこと?」
「そんなトコ」
「・・・・それって誉めてる?」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「ちゃんと前みて!」
「だァから匂いでわかんだって」
「・・・・荒北くんの方が犬じゃん」
「じゃあ飼ってくれるゥ?」
「わたしも犬なんでしょ」
「そっちの方が都合いいな」



 荒北くんが笑って、わたしもおんなじように笑った。
 きっとわたしは荒北くんの隣でいる限り、ずっと夢をみる。そしてその夢を叶えたり、叶わなかったり・・・・。それを繰り返して大人になっていくんだと思う。



「・・・ね、荒北くんの夢は?」
「バァカ、言ったら叶わねーだろが」
「わたしでも叶えられる?」
「さァな」



 そういった荒北くんの横顔は穏やかで、いつもは見られない表情にすこしどきりとしながらも流れる景色に再び視線をもどす。

空には星が一つだけ、小さな光を放っている。荒北くんの夢がいつか叶いますように。それから、その時はわたしがその隣にいられますように。そんなことを考えながらずっとずっとその輝きを、景色を目に焼き付けておいた。




20141029
ALICE+