どうしてこうなったのか。ぐるぐると思考を巡らせた所で一向に答えは出ず。ただひとつ、わたしが絶体絶命であることだけはたしかだ。
 他のみんなはとっくに帰ってしまい、静まり返る部室で黙々とペンを走らせては・・・時折ため息をついたりなんかして。このまま無事に一日を終える・・・・筈だった。


 ドアが開く音に思わずびくりと肩を揺らしたのは今から数分前だ。一癖も二癖もあるこの箱学チャリ部のマネージャーをはじめてはや一年。おかげさまで音で誰が入ってきたのか聞き分けられるようになりました。・・・そんなよくわからない特技のおかげで顔をあげずともわかる、っていうかみんな帰ったんだから入ってくるのは一人しかいないわけで・・・・
 わたしはすっかり身をかたくし、顔をあげずに部誌の日付のあたりにゆらゆらと視線をさ迷わせた。
 そうしているうちにも気配はゆっくりと動き、わたしの正面にどさりと腰をおろす。



「こんな時間までなにしてんのォ?」



 先に口を開いたのは荒北先輩だった。なぜ座った!
机ひとつ隔てた距離。密室。二人きり。・・・・憧れの先輩。
これでもかってぐらい恋愛要素を詰め合わせた展開に、思考は鈍るばかりだ。部誌を書いてる、って。そんな簡単な言葉ですら声が震えて、頭が真っ白になる。

 荒北先輩はそれに対して一言簡単に相槌をうっただけで、黙り込んでしまった。
 小さな空間は酷く静かになり、呼吸をするのも億劫だ。
 なにか話さないと。意気込んだものの、浮かんだ単語は会話文にはあてはまらずに消えていく。新開先輩や東堂先輩とならもっと気軽にとりとめのない事を話せるのに、二人にした会話をまるごと荒北先輩にする気にはなれなかった。それほどまでに先輩はわたしの中で特別なのだ。



「・・・部誌がまとまらなくて。荒北先輩は?」
「なんだと思う?」
「・・・自主練、ですか?」
「あたり」



 ドキドキして舌がうまく回らないのは気のせいなんかじゃない。必要以上に注意しながら話すとより一層緊張するばかりだ。

 それにしても・・・こんな時間まで練習だなんて、やっぱり先輩はすごい。思えば・・・わたしが知らないもっと昔から荒北先輩はとっても頑張っていて、だから今の先輩がいるんだ。
部誌なんかにてこずっている自分との差に小さなショックを覚えつつも、わたしは先輩としばらく他愛のない話をした。

 内容は部活のこととかテストのことだったりとか・・・本当に他愛のないはなし。



「みょうじなまえチャン、ねェ」
「え、」
「かーわいい名前」
「・・・・そうですか?」



 なまえちゃん、だって!内心とっても嬉しくて、いてもたってもいられないけど・・・・頬が緩みそうになるのをなんとか堪える。荒北先輩はどうやら部誌の名前の部分を読み上げたらしい。行を追う視線を追いかけながらこっそり息をつく。



「なまえちゃんてさ、新開の事好きなのォ?」
「え!!?し、新開先輩!?」
「それとも東堂?」
「う、え、な、なんですか急に」
「どっち?」
「・・・・・い、言わなきゃだめ、ですか?」



 東堂先輩も新開先輩もいいひとだ。女の子に人気だし、優しいし・・・・イケメン、だと思う。それでもわたしが憧れているの荒北先輩だ。・・・お付き合い、したいって思うのも荒北先輩だけ。



「ど、どっちも違います」
「いるんだ、好きなヤツ」
「!」
「嘘だよ、ごめんネからかって」
「あ、荒北先輩はいるんですか?」



 すきなひと。

 昔から、よく我慢が足らないって怒られたものだった。やらなきゃよかった、言わなきゃよかったって何回も後悔してきたし・・・それでも直らなかったのはやらずに後悔するよりましだって考えてたからだ。

 荒北先輩に好きなひとがいたとして、ショックを受けるのは自分なのに。なんで聞いちゃったんだろう。視線は自然と手元に落ちていく。答えをきいて、自然に振る舞う自信なんかないからだ。

 荒北先輩は好きな人、とぽつりと復唱して、それから。



「興味あんの?」
「・・・っ先輩が先に聞いたからですよ!」
「フーン・・・じゃあいたらどうする?」
「え?」
「俺に好きな奴がいたら、どうする?」
「・・・・応援します。な、なにも出来ないけど・・・見守るぐらいならできますし!・・・得意、ですし」



 っていうか、先輩に好きな人がいたところでなんなんだ。わたしは憧れてるだけで、・・・・お近づきになれたら、ってほんのちょっと思ってるだけで。それ以上を望んだりしない。そんな勇気はないんだ。

 探るような視線に耐えかねて、再び部誌をにらみながら・・・自分にそう言い聞かせた。
荒北先輩なら可愛らしい彼女を連れていそうだ。今でこそ噂も聞かないけど・・・卒業したら彼女をつれて遊びにきてくれたり・・・とか、ないか。そんなタイプじゃないにせよ、きっと先輩の彼女は幸せだ。・・・憶測でしかないけれど、強くそう思う。



「すげードジなんだよ、あとがんばり屋。でも自分のキャパをわかってねーからパンクするタイプ」
「・・・・先輩もそんな感じですもんね」
「バァカ、・・・・・あとそいつは、・・・・部誌なんかに手間取って遅くまで残るようなヤツなんだヨ」
「え」
「心配でしょーがねーから、一人で残ったりすんな」



 弾けるように顔をあげると、先輩もわたしのことをみていて。なんか話がおかしいから、聞かなきゃいけないのに。好きな人の話きいてたのに、最後はわたしの事、だし・・・・でも、そんなのおかしい。"そう"だとすると荒北先輩の好きな人は、わたし・・・・ってことに、なる、し
 予想外の事態に言葉がみつかるはずもなく。先輩が部室にはいってきたときと同じだ。頭は真っ白だし、くらくらする。違うのは、わたしも先輩も頬を赤くしてみつめあってることぐらい。



「・・・・今のナシ」
「・・・わ、わた・・・・え!?」
「1週間以内にはやり直すから忘れろ!・・・・や、やり直すとかじゃなくてェ・・アー・・・・とりあえず部誌終わらせて帰るぞ!」
「は、はい!・・・・あの、でも、忘れません」
「ア!?」
「忘れないけど・・・・1週間、楽しみにしてます」



 聞きたいことはたくさんある。次にこれからのことを考えよう、二人で。



20151012
ALICE+