夏休みにひきこもって何が悪いんだ。カーテン越しですらわかる、じりじりと照りつける日差しを睨みながら、ちいさく息を吐く。もうすぐ彼がやって来る時間だ。部屋着によそ行きもクソもないかもしれないけど、買ったばかりの服に着替えたわたしはいそいそと彼を出迎える用意をしていた。

どういう風のふきまわしなのか、靖友くんから突如DVDをみようと提案された時はすぐさま自転車関連かと聞き返したものだった。

 ベプシとお菓子をテーブルに並べて、テレビ前のほどよい距離に設置したソファを見回したわたしはさっき受信したメッセージをもう一度見返す。


 ちなみに、なんのDVDをみるのかはわたし自身知らされていない。靖友くんが選んで、事前にレンタルしてくれたものだ。彼のことだからわたしの好みも尊重したがるだろうし、きっと随分悩んだに違いない。
 多少ずれたチョイスでも、わたしにとっては大好きな靖友くんが選んだものだし。・・・それに、わたしの部屋でDvDをみるっていうシチュエーション自体が胸を踊らせるのだ。

 このときのわたしは、まさか直後に自室のベッドからタオルケットを剥ぐことになるなんて思いもしなかった。




#mtr3#


「だァから、今いいトコだっての!」
「でも、」
「いいこだから、な?」



 宥められ、すっぽり頭からかぶったタオルケットの隙間からちらりと外の様子をみると、そこにはまさに今襲われそうになっているヒロインを妙なアングルでカメラが捉えたところで。わたしは無意識にひっと息を呑む。
 靖友くんが借りてきたのは純愛ものでもなく、アクションでもなくコメディでもなく・・・・・ホラー映画だったのだ。
 彼がみるからに、といったパッケージを取り出した時から嫌な予感はしていたし、やんわり嫌がってはみたものの、最後に流されたのはわたしだ。でも、ホラーは得意じゃない。・・・・今はよくたって、あとで思い出したりして怖い思いをするし。



「・・・靖友くん」
「・・・」
「靖友くんってば」
「ここからだからァ」
「・・そればっかり!」



 わたしにしてみれば"これきり"にしてほしいんだけど。そんな願いは届かずに、恐ろしい形相の女をみた主人公とシンクロして小さな悲鳴をあげるわたしと、
 そんなわたしの様子をみて楽しむ靖友くん、という図が出来上がっている。

 あんまりにもベタだったり無茶なホラーなら怖くはないのに、この作品は妙にじわじわくる感じがとてもよくできてると思う。半ばホラー評論家のような事を思いながら身体を縮ませていると、不意に右手にすこしひやりとした手のひらがそっと添えられた。



「・・・びくびくしちゃって、カワイー」
「・・・・・・び、びっくりしただけだし」



 にやけ面をどうにかしてやろうと腕をのばしかけたところで前方から聞こえる叫び声にびくりと肩を揺らして動きをとめる。
 それから、そっとその手のひらを握りしめた。彼はもはや内容ではなくわたしの反応を楽しんでいるらしい。



「・・・・ひ、」
「・・・・・・」
「・・・あ、・・・靖く・・」
「・・・・・」



 はじめに繋いでいた手はやがて両手でがっしり包むようになり・・・直に、体もすっかり靖友くんによりかかる形になる。
それから、彼の手をすっかり胸に抱いたわたしはひたすら画面に釘付けになりながら悲鳴にならない声をあげていた。

 おまけに、最初は律儀に相槌をうってくれていた靖友くんも・・・今ではすっかり黙り込んでしまっている。あともう少し、あともう少しと心の中で唱えながら画面を控えめにみていると・・・



「なァ」



 不意に腕をひかれ、導かれるがままにわたしは靖友くんの膝の間に座った。いわばわたしは彼にすっぽりと収まる体制だ。

 おなかには靖友くんの腕がまわっていて・・・密着、と呼ぶにふさわしい状態だ。落ち着くんだけど、どきどきするし、・・・・もしかしなくても落ち着かないかもしれない。そんなことをぐるぐる考えているうちにも映画は佳境にはいっていく。
 たしかに怖い、けど。すぐ側に靖友くんがいるだけでこんなに違うんだ。思わず安堵のため息をついて、やんわり彼にもたれ掛かったときだった。



「あの、靖くん?」
「何、まだ怖い?」
「そうじゃなくて、」
「んだヨ、トイレェ?」
「だからそうじゃなくて!」



 なんか、あたるんだけど

 小声になりながらも精一杯そう伝えている今この瞬間ですらそれはわたしのお尻のあたりで存在感を示している。
 一度気づいてしまえば気にするなといわれても難しいし、第一そんな空気でもなかったはずなのに、



「・・・・靖友くん?」



 どうしたものかと考えていると、不意に画面がぴたりと止まった。誤作動なんかじゃなくて、きちんと靖友くんがリモコンで停止させたんだけど・・・ご丁寧に恐ろしい画面でとまったテレビを直視できないし、だからって靖友くんの方をみるのもなんだか恥ずかしいようなきがして視線を揺らす。



「・・休憩ってコトで」
「・・ま、まって!映画!!さっきいい所って!」
「言ったケドォ?」
「・・・・・・・・・わたし、続きみたい、な・・・・・・?」
「煽っといて逃げンな」
「・・・っ煽ってな・・・・んっ・・・・・!」



20151101

ALICE+