04

白い日差しに、目蓋を撫でられた。
目を瞑っててもわかる日光の光に、少し唸って重たい目蓋を持ち上げる。
そうして、まだぼやける視界で瞬きを繰り返して──ここは、どこだ。

………………、」

え。
──と、呟こうとして、自分の喉が酷く枯れていることに気が付く。
寝起きだからというレベルではないその擦れ具合は、どちらかと言うとこう、カラオケなんかで、喉を酷使し過ぎた時に似ている。

なんでか、酷く身体が怠い。
基本、軽い遊びならともかく運動からは逃げてる質の人間だから、身に覚えのない倦怠感にうんざりと息を吐く。
心なしか、全身がじんじんと痛い気すらするのだ。なんだっていうのか。
そうしてそのまま瞬きを繰り返しながら、やっぱり同じことを思う。
つまりは、ここはどこだと。

取り合えずむくりと身体を起こそうとして。
──しかし、瞬間走る腰と関節への激痛に。
結局起き上がることも叶わず、呻くだけで終わってしまう。

「──ぃい゛っ……ッたあっ!」

ズキッと響く痛みと言うよりは、ビキッと筋を痛めたような感覚。
それは主に腰と股関節から発生しているようで、今まであまりそこを痛めることがなかった為、より一層痛覚が刺激されているようでじんわりと目尻に涙すら滲んでくる。
いやもう、何なんだ一体。

取り合えず自分の下半身がどうなっているのか確認しようとして。
ひとまず触ろうと、布団の中に腕を潜り込ませて──ふと、気付く。

……………

肌を直接撫でる様な、、、、、、、シーツの感触。
足を擦り合わせてもそれはなにも変わらなくて、むしろいつもより、いや大分──ダイレクトな、感触、で。

……、」

息を呑んで、そろりと布団に埋もりながら、潜り込ませた指先をぴとりとお腹に触れた。
皮膚の感触。なにも纏っていない、私の肌。

──いや、いやいやいや。
半ば呆然としたまま、そのまま指先を下へと降ろしていく。
するとぴとりと触れる、ソコ、、
なんにも纏っていない、私の身体。

──いや、なんで?

どくどくと五月蠅い鼓動に、くらりと眩暈を覚えつつ。
それでもすっぽりと顔の半分までかかっている布団をずり下げながら、働きの悪い頭を必死に動かしていく。

そうして、ふいに視界に広がる景色に。
──ぶわりと、記憶、、は、蘇るのだ。

「ぁ、あ、っ……!」

色め気だった、猿。
助けてくれた、綺麗な子。
教えられた斑類、、
そうして──そうして?

ゆっくりと、身体を起こしていく。
腰は、股関節は、ズキズキジンジン痛みを訴えていて。
それをどうにか回避するように身体を起こしてみれば、いっそ笑いたいほどファンシーな部屋の内装に、乾いた笑いがこぼれ出た。

私は──初対面の子に、襲われたのだ。

拒否をしようとしても、なぜか身体が動かなくて、、、、、、、、、、、
碌な抵抗も出来ずに、好き放題弄繰り回されて、遊ばれた。
しかも、二回も三回も、回数を重ねて。
最後なんて、引き摺り込まれたお風呂場でもヤった気がする。

「──うっそでしょ……!」

だけど痛みを訴える下半身と気怠い身体がそれは嘘じゃないと証明してしまっている。
いやでも、そんな、そんな馬鹿なことがあっていいのか。
なんで、そんな、助けてくれた筈の男の子に、私は襲われてるの?

……そもそも、助けられたわけじゃないかったんじゃ、」

いや、そうだ。
思い出せば、タイミングなんて、あまりにも完璧すぎただろ。
追い掛け回されてる中で、あんな少女漫画みたいな救出。
安全な場所といって、迷いなく自分の家に連れ込むとか、今考えるとおかしくないか。

だって、普通に警察署に連れて行ってくれたらよかったのに。
半泣きでべそかいてる女をわざわざ自分の家に連れ込むなんて、そんなの。
端から、手を出すこと目的だったと思うのが、自然じゃないのか。

「つまり、それにほいほい着いていった私が馬鹿だったんだ……

もうやだ、泣きそう。

というか既に半泣きで。
ずびっと情けなく鼻を啜りながら、怠い身体を引き摺ってベッドから足を出す。
すると、カサつく内太ももの上──つまり股の間から、ほんの少し、なにかが"垂れた"感触が、して。

──いっそ死にたい。
なんかもう、憂鬱感で頭がどうにかしてしまいそうだ。
だけどそのままにしといたら、それこそ飛び降り自殺でも決めてしまいそうで。
それは流石に嫌だと、それをもうほぼ無心で、ベッドサイドの棚に置いてあったティッシュで乱暴に拭う。

割とヒリヒリと痛い気がするが、もう知ったこっちゃない。
今はそれよりも、早く服を着て、ここから出ていかなきゃいけないのだ。
だって、どう考えても、相手の顔がどんなに綺麗だったとしても、自分を襲った犯人と裸でご対面なんて嫌すぎる。

──というか、あの男の子は、この家の中にいるんだろうか。

………………

なんとなく、じっと息を凝らして耳を澄ませる。
──が、それらしい、他人の物音は聴こえない。

居ないのだろうか。
まだ確信は持てないけれど、でも、それなら大分気持ちは軽くなる。
感情自体はぐちゃぐちゃのごちゃごちゃでも、対面しないで済むかもしれないという可能性だけで、精神はちょっと落ち着いた気すらして。
だからそのまま周りを警戒しつつ、恐らく服を脱いだ場所である筈のリビングの方へと足を向けていく。

正直色んなことをやられ過ぎて、なにがどうなってこうなったのかが、いまいち記憶の中に残っていないのだ。
何かをヤられたのは勿論、ナニかをさせられた気もするし、言わされた気もする。
だけどそれがなんなのかはしっかりと覚えていなくて。
どうか、写真とか撮っていませんように、と願うばかり。
不安なんだか恐怖なんだか、もしくはそのどっちもな感情に心臓から冷え切っていく気がして、仕方ない。

ゆっくりと扉を開けて、辺りを伺う。
しかしそこからは物音も、誰かの気配もない。

………

──居ない。
それに少しほっとしながら、そろりそろりと記憶に新しい場所であるリビングへと忍び込んでいく。

人気のないリビングは、閑散としていて、とても空虚だ。
女の子の好きそうなモチーフや装飾で飾られた内装が素敵な分、明かりすらついていない部屋の中はがらりと伽藍堂にも感じてしまう。
や、実際は家具とか小物とか色々あるんだけど。
なんというか、人の居ない、遊園地みたいだ。

……どこだろ」

ぺたぺたと床を裸足で歩いて、昨日脱がされた筈のソファーの周りを捜索する。
だけど、ソファーの周りにも、ソファーの下を覗き込んでも私の服は一向に見当たらないのだ。

段々と焦ってきて。
ならばとお風呂場の方も探してみるけれど──やっぱり、服はおろか、下着すらない。
もしかしたらと願うように開いた洗濯機にもないし、ベランダらしき場所を遠目で見て見ても、何かを干している形跡すらない。

──いや、え、まって欲しい。
服がないと、この家から逃げられない。
流石に、裸で外に出るなんてことは勿論無理だし。
いやというか、え、なんで服ないの?
私をここから出さない為?
なんで?え、ほんと、どうして。

一応、持ってきた荷物は見つけられた。
リビングにある、恐らく食卓らしき机の上にちょこんと置いてあったのだ。
中身もしっかり全部入っていて、携帯も、充電が危ないけどしっかり残っていて。
その着信履歴にびっしりとある親の名前に、また泣きそうになりながらも──だけど、連絡は取れない。

──だって、なんて言えばいいんだろう。
知らない人たちに追い掛け回されて、助けてくれた男の子に結局襲われました、なんて。
言おうものなら、お母さん、絶句してしまうだろう。
というか怒られる未来しか見えないのだ。
隙を見せるお前が悪いんだろうとか、そういう。

ついで、迎えに来てもらうとか、そういうのも、無理だ。
なんたって、服を探し回っている最中に見てしまったのだ。
いや、見てしまったというよりも、気付いてしまったという方が正しいのかもしれないけれど。

──びっしりと、身体に刻み込まれた赤い痕。
首に、胸に、二の腕に、背中、お腹、太もも。
それら全てに、所謂"キスマーク"と呼ばれる鬱血痕が、しっかりと残されていて。
しかも、首のなんて髪ぎりぎりの所にまでついていてるから、ハイネックでも着こまない限り確実に誰かに見られてしまう。

こんな身体を、親に見せられる?
親の前に、出ることが出来る?
──いやムリ、絶対に無理だ。

私の親は、共働きで、所謂公務員で。
頭が固くって、そういうことにかなり厳しい。

今のコンビニのバイトだって、お願いしてお願いしてやっと許して貰えたのだ。
なのに、連絡なしの朝帰りでしかも知らない男と寝たとあっては、もうバイトを続けさせて貰えるかすら危うい。
そんなバイトをやっているからそんな目に遭うんだとか、そういう思考回路をする人たちなのだから。
──ああもう、どうしよう。

「友達……いや、そんなの無理。け、警察…………なんて言えばいいんだよ……

携帯を指でぎゅうと握りしめて。
画面を点けては消してを繰り返す。
だって、どこにも掛けられない。
どうしよう、どうしたら。

ぐるぐると焦りで頭の中がこんがらがっていく。
なんかもう、何も身に着けていない惨めさと、どうしたらいいのかわからない不安感で、身体から力が抜けてぺたりと床に座り込んでしまう。

カーペットがあるから、冷たくはないけど。
だけど今、とても心細いのだ。

だってほら、避妊とか。
何回も出されて、起きた時も出てきて、多分まだお腹の中にあって。
どうすればいいんだっけ。病院は、産婦人科?
何時間以内なら大丈夫なんだっけ。
妊娠してるかしてないかって、どうやったらわかるんだっけ。

頭の中が、ぐるぐる散らかる。
段々と呼吸が細く狭くなっていって、自分のせいなのに、息がとてもし辛くて苦しい。
目の奥がじん、と熱くなってきて。
なのに、身体は、むしろ氷みたいに冷え切っている。

──さむい。
なにか、服を着たい。
だけど、何を着たらいいのか、どこに服があるのか、わかんない。

……ぅ、っ、う、ッう゛、うぅ……ッ」

ひく、ひく、と喉が引き攣る。
別に泣きたいわけじゃないし、泣いて何かが変わるなんて思ってない。
だけど勝手に喉は引き絞っていってしまって、目の奥からは、じわじわと熱い滴が溢れてしまうのだ。

わかってる、泣いたってどうにもなんない。
だけど、それでも、どうすればいいのかわかんない。

「うぅ〜〜ッ、」

──どうしたら、いいんだろ。
あの男の子が帰ってくるのを、大人しく待ってなきゃいけないんだろうか。
でもそうしたら、またあんな風にされるかもしれなくて。
そんなのヤダって思うのに、でも、他に解決策なんて思いつかなくて。

ぼたぼたと、へたり込んだ膝に、目から溢れた水滴が零れ落ちて弾けてく。
もうやだ、なんで、私こんな目に。
そう思った──そんな、時。

ヴーーーー、と。
手の中の携帯が、振動、して。

「ッ、…………!」

ひっと息を、思わず呑み込んで。
そうして、緊張で血の気が引いた強張る指を、そっと開いていく。
どっと大きく動く心臓の音が、嫌に耳に響いて。
なんだか自分の物ではないようだなんて、頭の端っこで思ったり、して。

………、ぁ」

そうして目にした、その"名前"に。
──緊張が解けたように、私はずるずると身体を小さくして啜り泣くのだ。

だって、そこにあったのは。
この世で一番、頼りになる人、だから。

まるで油の足りないブリキ人形みたいに、動きにくい指を、それでも必死に動かして。
ひっひっ、と震える喉のまま、私は通話ボタンを押して、身体を低く低く縮こま背たまま携帯を耳に押し当てた。

ピ、という機械音と共に、ブツ、と回線の繋がる音がして。
そうして──そうして。


『──日和さん?』


聴こえた、声に。
私はもう、なす術もなく嗚咽を漏らして、縋り泣くのだ。

………ッ、せ、せんせぇ、、、、゛っ!」

身体は、ぐちゃぐちゃで。
中身は、べちゃべちゃ。

こんな姿、誰にも見せられないって、思うけど。
こんな姿、誰にも見せたくないって、思うけど。

だけどこの人は、いつだってどんな時だって、私のことを守ってくれるって、わかってるから。
だから、お父さんにもお母さんにも言えないことを、すんなりと、私の口はこぼしてしまうのだ。

「助けてぇ……ッ!」

薄っぺらい機械の向こう側から聴こえる、息を呑む声。
その声を聴きながら、私はひとりで喉を鳴らす。

今はもう、ただ、はやく。
お願いだから、たすけてほしい。







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