※夢主がめちゃくちゃ鬱々しい



たとえ綾里の遠縁でも、いくら里で修行を積んでも、私には生まれ持ってあるはずの霊力というものが存在しなかった。

その代わりに生まれ持って恵まれたのは人よりもそこそこ優れた知能と体力。
だけど私が生まれる何年か前、すでに堕ちた倉院流霊媒道においてそんな普通の人だったら羨む優れた能力なんて正直、1ミリも必要とされるはずなかった。
だから、やる気もなくダラダラと里で今日も明日も日向ぼっこ。先日ついにキミ子おばさまに「ああたのような子、修行する必要もありませんでしょう?」と言われたので学校以外は今度こそ暇人まっしぐら。ごもっとも。生産性も将来性もないことをやっても仕方がない。意味がないのだ。

今日も明日も明後日も、昼の12時くらいに起きて適当にご飯を食べて寝る。偶然早起きできたら学校へ行く。それだけなのだ。それだけの人生。全く、酔生夢死が如くの人生だ。


「起きてください!!朝ですよ!」

「あまり寝すぎては体に毒です!おひさまが今日もポカポカですよ!」

「お勉強とはいえ、夜ふかしは身体によくありません!わたくしと一緒にお風呂に入ったあとにご本を読んで一緒に寝ましょう!!」


今日も明日も明後日も、1週間後も、1年後も大人になってもそんな毎日が続くのだと思っていた。

「ゔ、ゔぅ……春美さま……まだ朝の7時です……」

「もう7時ですよ!学校のチャイムまで1時間40分ほどしかありません!今から起きてお顔を洗って、お着替えをして朝ご飯を食べて歯をみがいて走れば間に合います!」
「わたくしも一緒に準備を手伝いますから。ちゃんと学校へ行きましょう!ささ、起きてください!」

「ゔ、朝日が……眩しい……痛いぃ……」

遠い親戚にあたる霊媒の天才児、春美さま。キミ子おばさまの宝物。
まだ小学生のおチビちゃんだけど、そんなことを口に出した日には確実にキミ子おばさまに亡きものにされるだろう。
そんな私からしたら遥か天の高みに顕在するこの子は、毎日のように私の家にやってきて障子を勢いよく開けては、それはもう嵐の如く私の布団を引き剥がし奪い取る。


「はい、制服です。あ!そっちはスカートですよ!上はこっちです」

「ふふふ、今日の朝ご飯はふっかふかの卵焼きがとっても美味しかったんですよ。少しでもいいから食べてください」


いつからこうだったっけか。

なんとなーく毎日を過ごしているからかもう思い出せない。そういえばいつの間にか里に居ない真宵さまは今何やってんだろ。
学校のお昼の時間に流れていた曲を縁側で口にしながら今日も日向ぼっこ。
温かい。穏やかで、静かで、優しい。
倉院が堕ちて、絶対的力を持ってた家元が出てって、そこそこの霊力を持ってたお母さんも憔悴してどこかへ行っちゃって、それからこんな毎日。

「あの……」

「春美さま?」

「算数の宿題でわからないとこがあって…教えて頂けませんか?」

「構いませんよ。どこらへんでしょう」

私にはこれがちょうどいいくらいだ。
まだ幼い春美さまの背負ってる業は深い。家元になれなかったキミ子おばさまにこの年にしながら全てを期待されている。私だったら耐えられない。
よくは知らないが、すでにキミ子おばさまは上に二人、女の子を産んでいるはずなのに、いつからか消息不明なんて、実にこの里あるあるな興味深い話だ。あまり首を突っ込むとキミ子おばさまに殺されそうだから、大人しく黙ってるけど。

「……春美さまはさ」
「キミ子おばさまに私に関わるなってよく言われてるのに、どうして私に構うの?」

「えっ……」
「えっ、と、その、それは………」

「……………」
「ごめんね、春美さまは優しいだけなのに嫌なこと言っちゃったね。今の無かったことにしよう」

歩いて1時間くらいある中学校。その近くには年老いたおばあさんが小さな駄菓子屋をやっている。
学校帰り、修験者たちと違って無駄に時間のある私はよくそこでお菓子を買って時間を潰す。
そんな買い溜めてた駄菓子をお詫びの品と言わんばかりに引き出しから取り出して差し出すも、それをなかなか受け取ろうとしない春美さま。
お人形みたいに可愛らしくて大きな目をウロウロさせて今にも涙が溢れそうだ。
やってしまった。完全に勢いだ。こうなるのが分かっているのにどうして口に出してしまったのか。これがキミ子おばさまに知られたら私の明日は確実にない。

「わ、わたくしは、別に優しく、ないです……」
「た、確かにお母さまにはたくさん、その、色々言われてます!」
「でも、でも、わたくしが優しいんじゃないです!わたくしがお尻を叩かれそうになったときにわざと悪さをしたり、宿題を学校に忘れたときは遅刻してまでノートを届けてくださったり、叱られて落ち込んでたらこっそりおやつをくれたり、誰も遊んでくれないときに鞠やお歌を教えてくれたり……わたくし、お母さまから何を言われても、お礼しなきゃいけないことや教えてもらいたいことがいっぱい、いっぱいあるんです!」
「真宵さまも仰ってました!貴方さまは自信がないだけで良いところがたくさんあるって!すごくすごくお優しい方だって!」

だ、だからその、と言葉に詰まり、唇がわなわなと震える様をおっかなびっくりしながら眺める私。あまりの褒めの猛攻に驚いてしまった。なんとも変な光景だ。

「………」
「あははは、そっか」
「やっぱり春美さまは優しいね」

「ぇ、あ、うぅ……」

「人からそんなに褒めてもらったの初めてかも。ちょっと嬉しい」
「そっかお礼かあ」
「……私ね、朝すっごく苦手なんだ」

「……はい、知ってます」

今日も明日もこれからも、私は毎日やる気なく一生、ダラダラと同じように過ごすだろう。
だから、新しくて眩しい朝日を見るのが嫌だった。何をやっても意味がなく上手くいかなくて、生産性も将来性もない。朝の始まりなんてやらなきゃいけないことが多くて一番苦手だ。

「お歌や勉強なんていくらでも教えてあげるし、おやつだってたくさんあげますよ」
「だからこれからも私のこと起こしに来てください」

「………!はい、もちろんですとも!!」
「わたくし、毎日早起きしてがんばります!だからこれからもいっぱいいっぱい遊んでください!」

この小さな体はそんな眩しい朝日を隠してくれる。だから、少しぐらいは苦手でも頑張ってみようかなって。縁側から見える射し込んだ日向はなんとなくだけど、今までで一番優しかった気がしたんだ。






久々に見たカレーにインドを叩きつけるはみちゃんが可愛くて……



A_HARUMI ortop