怪物

検事『2』 4話



「なぁ弓彦」
「知らないと思うから教えてあげるよ」
「お前と違って優秀なあの子はね、もうやってるよ。もう堕ちるとこまで堕ちて、染まりきってる。だからあんな疲れて、死んだ目をしてるのさ。怪物も同然だよ」

なんか疲れてるのか?って無神経に聞いたんだ。
そしたらお前は、そうかもって答えるんだ。
ちゃんと寝てるのか?食べてるのか?って余計なお世話でも聞くんだ。
そしたらお前は、あんまりって答えるんだ。

でもたまに弓彦くんは変わらないねって、キラキラしてて良いと思うよって、あの頃みたいに心の底から笑ってくれる顔が嬉しかったんだ。

「ユミヒコさん、耳を貸してはなりません。被告人は私語を慎んでください!」

「ぅ、う……まだ若くて可愛いのに、可哀想にねぇ……誰のせいだと思う?」
「お前のせいだよ、弓彦。……お前がずっと幸せでいられる世界とかいう、とんでもないバカな子ども同然の理想を抱いて、叶わない夢を見る怪物になって生かされてるんだよ。お前に呪われて!!」

バカなオレは知らなかった。
何にも知らない世界で勝手に幸せを感じて、一緒に居て楽しいって、どんどん変わってくお前が苦しんでたことも、傷ついてたことも何にも知らなくて。
ただただ、いつか、ちょっとずつでも、また前みたいに一緒に笑い合えるようにって、きっとなんかあったんだって、オレ、何にも知らずに。

「ゔ、ぅ、ううう、オレの、オレのせい……?オレのせいでアイツが……」

「一柳万才、キサマは……!」

「おっと御剣くん、言っておくけど僕はやるべきことを全うしとるだけだよ。仕掛けたのはあの子の方ね。もう解決した事件の証拠品を勝手に保管庫から持ち出してきてねー。ぼ、僕は止めたんだよ……うっ、うっ……まだ引き返せるってね……だから、取引を持ち掛けたんだ」

「取引、だと……」

「正式に僕の部下になれば全部許してあげるって言ったのさ。バカと違って、近い未来にでも彼女は優秀な僕の右腕になってくれると思ったからね。そうすれば、法の神も許してくれるし、弓彦も喜ぶよって言ってあげたんだ」
「そしたらね……断られてしまったよ。僕につくなら死んだ方がましだって、証拠品と一緒に逃げちゃった」
「ホント、頭も良くて行動力もあるのに、目先のことしか考えられない。若い…若いよ…若さ特有のバカでオロかしい罪だよ!!この僕なら、こんなバカ息子よりも上手に使ってあげるっていうのに!」
「だから今、彼女は僕の部下と追いかけっこしてるよ……結果はまぁ……見えてるけどねぇ」

「……!なんでそんなことするんだよ、やめろ……やめてくれよぉオヤジ!アイツは、相棒は、オレの為に……」

バカなオレのせいで、アイツが死ぬ?
オヤジに、消される……?
ちがう、だってオヤジはすげぇ人で、オレ、だって、オヤジに認められたくて、頑張ってきて、オヤジの為に一流の検事になりたくて、だから、だから、優しいアイツは、オレと一緒に、オレに、オレの相棒になってくれて、ずっと、ずっとアイツはそれを

「これは罰だよ弓彦。法を犯したのはあの子なんだよ、そのくらいはバカなお前でも分かるよね?証拠品の窃盗なんて、罰当たりもいいとこだよ」
「ちゃーんと見とくんだよ弓彦。バカなお前のために僕に逆らって、ずーっと地獄を見てきたあの子の結末がどうなるのか……今まで知らなかったんだから、ね」


「う、ぅううぅ、うわぁああぁぁッッ!!!!」





誰の声も聞こえなかった。
真っ暗で、冷たい、地べたに這いつくばって、一人。どれだけ考えても分からなかった。

なんで全部分かってたくせに、言ってくれなかったのかって。
なんでオレのために、やっちゃいけないことまでやったのかって。
なんで殺されそうになってまで、オレの幸せを願ってくれるのかって。

なんでそんな辛い目にあってるのに、相棒って呼ぶと嬉しそうな顔をしてくれてたのかって。
まあオレみたいなバカが考えても、分かるわけないか。
目が合うとやんわり笑ってくれるアイツの顔が、ボロボロと流れて崩れ落ちていくような気がした。



あぁ、願う未来で何度でもずっと/怪物.YOASOBI