君の笑顔を盗む奴から君を盗むのさ



「お、おおお、オレ、ぐす、づ、月に帰らなきゃ、いけなくなったからぁ!」
「わ………わ、わか………わかれ、ゔ、うぅぅ〜……!!わかれて………ほ、しいぃいい…!」

「じゃあ私も月行くよ」

ボロボロと大粒の涙を零しながら、そう返されるとは思わなかった!と顔で物申されても困る。
効果音を言葉にするなら、はわぁ…!と言ったところ。一体どうしたらそんな別れの切り出し方を思いつくのだろうとも考えたが、素直な人だからいい別れの文言が思いつかなかったのだろうと、わずか数秒にして答えが出てきてしまう。

「……だっ、だめだ!ずび、つ、月は危ないんだ、ぞ……!」

「……余計一人で行かせられないでしょ」

「ぁ、あう……」
「じゃ、じゃあ、ほ、ほかにす、すきな……ぇ゙っ、ひっぐ……ゔ、あぁ〜〜!!ち、ちが、違う、のにぃ……うぅうぅぅ………」

どうして普通に素直に嘘を吐けないのだろうか。
私は君に平気な顔をして、たくさんの嘘を吐いてきたというのに。足を組んでカステラをもそもそと食しながらコーヒーを啜る。
執務室にわざわざ呼び出して、お菓子を差し出しておいて、ジャバジャバ泣かないでほしい。これだと、私が君を追い詰めてるみたいになってるじゃないか。

「何かあった?昨日から変だよ?」

「ぅ、ひぐ、べ、別になんでもねえよ!うっ、うっ……ひっ…ひぐ、ぅゔ〜〜〜〜!!!」

「突然別れ切り出されて、そんなに泣かれても気になるだけだから……」
「弓彦くんなら、ホントに興味なくなったらパッとサヨナラしてくれそうだし」

「ぇ…あ………そ、そ……そん゙なごど!!じねぇもん゙!!!!」

向かい側に席を変え、丸まった背中の隣に腰を下ろし、撫でても泣き声は止まず、どんどん酷くなっていく。やってしまった、トドメを刺してしまったようだ。質の良い青の制服が水分を含んで、どんどん濃い色に染まっていく。いつか腕の部分だけ白くなっていきそうで少し不安だ。

「……うーん、言おうか迷ってたんだけど」
「そんなに泣くほど、嫌なこと言われたんだ」

ぴた、と一瞬、体が硬直するも嗚咽は止まない。
何かを喋ってくれようとはしているのだろう。ただ、一つの気持ちで心がいっぱいでそれが涙になって溢れて言葉が出てこない。
私にはない、とっても大きな気持ちの波。

「……あの人ね、万才さんの部下だった人だよ」
「本当は万才さんとか内部組織を捕まえようとしてた国際……なんだっけ」
「まあ、どうでもいいけど。色々乗り越えてる大人の人だから。子どもの私らがあんまり耳貸すことないよ、何言われたか知らないけど」

分かってる。弓彦くんの立場が気に食わない人がいることくらい。どれだけなりたいと思っても、努力しても、命を張っても、届かない人がいるから。
何もかもがお門違いと言われても否めない。
親が有名だと話が息をするように入ってくる。
気にしないようにはしているが、私も彼も法曹界では今や少し有名人だ。

「……でも、でもぉ……ゔ、うっ…ひぐ、オレがガキだからぁっ……ふっうぅ、お、お前を……」

「……弓彦くんは弓彦くんのままでいいのに」
「それともその人、弓彦くんの前に連れて来る?」
「弓彦くんはすごい人なんですよーって、何時間でも話しちゃうよ」

「……ゔぅう、い、いい……ぅ、オレが、頑張って、たくさん勉強してぇ……けいけん積んでっ、証明する、からあっ…ぇぐ、ぃ、いい……」

「………」
「やだなあ、好きな人が悪く言われたままなんて。ホントはけちょんけちょんにしてやりたい」

どれだけ私が頑張って論文に書き起こしても、全部は書き表せないぐらい、君は私よりもずっとずっとすごい人なのに。
当たり前のことを当たり前のようにやってのけることよりも、できないことをできるように努力することの方がずっと難しいのに。誰だってそうだったはずなのに。こんなに眩しくてキラキラしてて、純粋で優しい人、他にいないのに。
頑張るってすごくすごく大変なことなのに。どうしてだろう。なんでかなあ。

「ゔ、ゔぅぅう、うう、ぁ、あいぼぉおお………あぅ、ぅぐ、ぇっう、ほんとはぁっ!、づ、月に帰るとか、ひぐ、う、嘘なんだぁああぁ………!」

「うん、最初から知ってるよ」

「ほ、ほかに゙っ、ひ、ぐっ、好きなコなんていっしょう、できないからぁっ!!」

「……そっか」

「バカにされないくらいオレ、がんばるからぁ……ひぐ、ぇっ、ぅ゙ぅ、ん?!」

よしよしと背中を撫で、涙でぐちゃぐちゃの顔を覗き込む。
にこりと微笑んで見ても、泣き止んでくれずしゃくり上げて息をする唇に自分の唇をくっつけるともうそれはそれは驚いた顔。それでも涙は溢れんばかりで。

「けほっ、んむ、ぐす、あ、ぅ、ゔぅ」

最初は鼻を啜ったり、咳こんだりしていたのに、角度を変えて何度も何度も唇をくっつけるだけの時間が過ぎると、少しずつ嗚咽が収まってきて、しれっと手を絡められてる。
人よりもだいぶ落ち込みが激しいけれど、その分ずっと前向きだから、きっともう大丈夫だ。

「ぐす、ぅ……あ……」

「ん、泣き止んだね。いいこ。続きはお家帰ってからね」

「ぁう…う、うん……」

「弓彦くんが頑張ってること、私は知ってるから」

一生懸命やることの尊さを、彼は当たり前のように持ち合わせてる。
君自身や誰かがどう否定したって、君は私の中でずっと素敵で、ずっと輝いてる。

君は今日も明日も君のままでいていいんだよ。

だからどうか、今日も、明日も明後日も、私が想像できないくらいの眩しさで私の世界を照らしていて。




君がいれば僕に不可能なんかない
/怪盗.back number