航海の唄


「ここがオレの部屋だから、適当に座ってゆっくりしてていいぜ。ジュースとかお菓子持ってくるから!」

そう言って笑顔に駆け足で階段を降りていく弓彦くんの部屋に恐る恐る足を踏み入れると、それは少し意外なお部屋だった。

一流たちの一流による一流のための勉強会しようぜ!とキラキラとした笑顔で初めてお呼ばれして、どんな部屋なのかなと想像はしたものの、なんとなーく質の良い家具に家事代行さんがしっかり手入れをしている、そんな部屋なのだと思っていた。
実際のところ、家事代行さんがある程度綺麗にした様子はあれど、教材や謎の一流の自己啓発本が机の上に少し広がっているくらい。
そして、一人で寝るにはかなり大きいベッド。
これがたくさんのぬいぐるみが飾られている男の子らしかぬ、なんともファンシーなベッドだった。

「これ、私がゲーセンで取ってあげたやつだ」

でっかくて顔もフォルムもだらーっとしたうさぎのぬいぐるみ。
これ、相棒に似てるよなぁーっ!と元気に言われたので取る他なかった。何が似てるのか目の前で問いただしても喜ばれるだけだったので、まあいっかとそのままあげた。
こっちは、なんとなく100均でミルクティーと一緒に買ってあげたユニコーンのちっちゃいぬいぐるみ。なんとなく、弓彦くんに似てる。
こっちはキーチェーンがついたかいじゅうのぬいぐるみ、帽子と洋服を纏ったロバ、ペンギンの親子、つぎはぎのくま、ボロボロで汚いイヌのぬいぐるみ。
枕の周りがあまりにもファンシーで、全面濃いブルーを基調としたベッドに合ってない。ぬいぐるみが、絶賛大海原に飲まれている。

「まるでピノキオだね。君たちは」

「コーラとポテチ持ってきたぞー!」
「…ん、勉強するのにベッドに座ってるやつがあるかよ!それでも一流か?」

「いや、意外とファンシーなベッドについ」

「そうかー?全部、貰い物だからな!半分くらいは相棒がくれたやつだぞ」

「んあー…そんなにあげたっけ」

「え」
「お、お前が約束の日に寝坊して遅刻した詫び品とか!授業のサボりの口止め料とかに渡してくれたんだろ!」

「………あー!だから、鍵に付けたぬいぐるみがよく無くなってたのか」

「覚えてなかったのかよ!!」

そういえば、これあげるから先生にサボるって言っておいてとか、この子が電車を運転してたから遅刻しちゃったーとかなんとか適当にあげたな。
ちなみに電車を運転してたのは、寝ぼけてカバンに突っ込まれた真っ黒な猫だ。カバンから飛び出していたらしく、なんか出てるぞと言われてふと思いついた言い訳をついて渡した子だ。

「にしたって律儀にちゃんと飾ってるの偉いね」
「このワンちゃんなんてもうボロボロじゃん」

「それは親父に小さいときに買ってもらったやつなんだぜ!センスあるだろ!」

「……」
「へー…なんか、意外かも」

「オレが犬飼いたいーって駄々こねたら、そいつを買ってくれたんだぜ」

それなら合点がいく。あんな怖い人にも他を思う倫理があったのかとも思ったが、まあ単純に世話が面倒くさかったというだけだろうとキラキラとした目を横目に勝手に推測を立てる。

「だからってさあー、もうちょっと綺麗にしてあげたらー?なんかボロっちいよ。脚、解れて綿出てるし」

「う…だ、だってオレ、裁縫とかあんま得意じゃないし……洗ってもちゃんと元の色には戻らないし、すぐ同じ色に汚くなるし……」

玉止めを理解すること自体に時間かかってたもんなあ。無理もない。
昔から彼は変わらないのだろう。願えば何でも叶う、それでもなお夜空の一番星を見つめて願いを乞う純粋な瞳。
私はこのファンシーな部屋と見合ったそんな、なんとも言えないものに焦がれるけれど、きっとあの人はそうじゃないのだろう。
面倒くさい。ただ、その一言なのだろう。

「中にまで汚れが染み込んでるものは、少し洗っても取れないし雑に洗うと逆にぬいぐるみが傷んじゃうよ。しょうがないなあ」

あの人からしたら、こんなのはただの物だ。それでも、弓彦くんからしたら、これは世界で一番の宝物なのだろう。
だったら、私がやってあげられることは一つだ。

「え、どうすんだよそれ」

「内臓を全部取り出して皮を洗浄した後、縫合し直す」

「い、いい、言い方ァ!!」
「別にオレが洗うからいいよ!お前、またそうやって勉強サボるのかよ!」

「ふふーん、意外と私は器用なのだよ弓彦くん。1枚の布から雑巾に、着物にだってできる。この子をピカピカの思い出のあの頃にする魔法くらい、私なら掛けてあげられるのになー」
「さてさて、一流の相棒くん。一流の勉強会なんて、今はしている場合かな?」

「む、むむ、むぐ……じ、時間があったら、ちゃんと課題やるからな!絶対だぞ!」

「えーゆっくり洗うから無理だよ。どうせ、すぐ終わるでしょそんなの。弓彦くんもこの子たちのために手伝ってよ」

「たち?!」

だってほら、この大海原を渡るには、みんなピカピカのキラキラで一流の身なりをしている方が君の夢見心地もさぞ良いものになるだろう?
航海の中で見上げる一番星は、より一層、綺麗に見えた方がいいに決まってる。



選んだ未来は誰も知らない夜を縫い
彷徨う君だけの海 /航海の唄.さユり