トノサマンジュウ




「ここが有名な検事が捕まったっていうひょうたん湖公園かぁ」

ニュースで見た検事が捕まったっていう湖に来た。
もちろん犯人を捕まえるためだ。ん?違うな。犯人は捕まってるから…ショーコか!
決定的な証拠ってやつを突きつけて、親父の検事局に泥を塗ったやつを確実に有罪にしてやるんだ。

「うーん、でもニュースで見ただけだから全然事件のこと分かんねぇな…」

電車で3時間かけて来たのに、なんも成果も出せずに帰るわけにはいかない。証拠を見つけられれば、親父の審査会にもその情報が渡ってオレの実力を知らしめられる。
親父の期待に応えられる、認めてもらえる、そう思えば寒い中でも全然へっちゃらだ。

「……ぶえっくしょん!!」
「さ、寒い…腹も減ったし…もう遅いし…か、帰りた…いやいや証拠を見つけないと!」

とは言ったものの、外はとんでもないほど寒かった。もう数日もすれば年が明ける冬真っ只中、寒くて当然だろ。
うう、帰りたい…来る途中で携帯の充電もなくなっちゃったし、無駄に遠いし、家に帰って暖炉の前でぬくぬくしてぇなぁ。
あの暖炉の前にいれば親父やお袋とみんなで仲良く一緒にいるような気がした。実際、そんな記憶ないのに、あの暖炉はそのくらい気持ちを暖かくしてくれる。
うう、冬休みに入って1週間。相棒は実家に帰ってるし、親父はいっつも仕事だから家を空けてるし、べ、別に寂しいから外に出てきたわけじゃないんだからな!!

「ぐす、ぅ、ひぐ、さみぃ……帰りてぇよぉ…」

「……弓彦くん?」

「ぇぐ、ふぅ゙、しょーこを、探しに来たのにひぐ、全然見づからなくでぇ!」
「お、親父に…、認めてもらいたいだけなのにぃ……!」

「証拠?なんの?」

「け、検事が捕まった、ひぐ、じ、事件の…」

「ああ、昨日、解決したニュースのあれ?」

「………ぐす、え?あいぼう…?」

そこに居たのは相棒だった。
隣に座ってきた相棒は自分の携帯を取り出して、検事局に電話をかけて「一柳弓彦くんがひょうたん湖でお父様の迎えを待ってます」と言って電話を切った。
……なんでオレの携帯、電源切れてるって分かったんだろ。
オレがぐすぐすと鼻をすすっていると、はい、とティッシュとミルクティーの缶を差し出してくれた。温かい。

「もう解決したとはいえ偉いね。お父さんのために証拠を探しに来るなんて」
「……私なんて殺人事件のあった湖だって、おもしろ半分で来ただけなのに」

「……ずび、お、おう」
「ぐす、つーかおまえ、実家に帰ってたんじゃないのか?」

「んー、あー、課題について調べたいことがあって帰ってきたっていうか…実家に帰ってもほら、掃除させられるだけで何も楽しくないし」
「家のお偉い様が帰られたから、来年もよろしくお願いしますで入れ替わって来ちゃった」

「そうだったのか」

「ふふ、まぁおもしろ半分で来たとはいえ、冬休みでも弓彦くんに会えたから良かったとしようかな」

「良くないだろ!もう遅いんだぞ!どうするんだ、まだ凶悪犯が潜んでたら!」

「ねー、そのときはヒョッシーかトノサマンにでも盾になって貰わないとね」
「あ、あとこれも買ったからあげるね。お腹減ってるんでしょ?」

持ってた紙袋からまんじゅうを2個取り出して、オレの手に乗っける。お前、何でも持ってるな。
変な絵が描いてあって、袋を剥して一口食べると餡子の甘い味が口いっぱいに広がってなんだかめちゃくちゃ美味しく感じた。
相棒を見ると、目が合ってニコッと可愛く首を傾げてどう?という表情。

「なんか…まんじゅうなんて久々に食ったな」

「弓彦くん、どっちかっていうとお高い缶のクッキーとか食べてそうだもんね」
「自販機の近くの屋台で買ったんだよ。トノサマンジュウ!」

「トノサ…なんだそれ」

「え゙、弓彦くんトノサマン知らないの?!」
「仕方ないなあー弓彦くんは。迎えが来るまでに私がトノサマンを伝授してあげよう」

「そんなに人気なのかそれ」

「当然!知らないなんて人生損してるよ!大損だよ!」

相棒は親父が車で迎えに来るまでずっと、トノサマンについて話してくれた。こんなに喋っている相棒が珍しかったのか、それとも寂しさを紛らわしたかったのか、オレは夢中になってその話を聞いた。
親父が迎えに来る頃には、貰ったミルクティーもすっかり冷えきってた。
ずっと寒くて寂しかったはずなのに、相棒が隣にいると全然そんなの感じなかったな。
そのことを親父に話したら呆れられてしまった。
いいんだ。いつかその呆れられた分を取り戻すくらいの働きを見せてやるぜ!と意気込んでオレはふてぶてしく笑ってみせた。



思い出のマーニーみたいに湖の周りで二人で朝が来るまで永遠と踊らせてやろうかとも思ったんですが、流石にやり過ぎだろと思ったのでやめました。残り4本ですね!