僕の子どもを産んで幸せになろうよ



暑い、暑い夏の日だった。
夏休み真っ只中、朝からこっ酷く親父に叱られて、そのまま家を飛び出して、昼間から公園のベンチで時間潰してたらあまりの暑さに苦しくなってきて。
そしたら、相棒がひえひえのコーラの缶をほっぺたにくっつけてきて…それで今に至る、はず。

「……」

「今日も暑いねー。あはは、コーラ美味しー」

なんでここにいるんだよ。
そう聞きたかったけど、口を開く元気もなくて黙ってプルタブを開けて空を仰ぐ。すげぇ快晴。太陽もギラギラしてて超暑い。オレ、こんな中でどのくらいここにいたんだろ。
コーラを口にしながら横を見ると、相棒は変な格好をしていた。
薄ピンクの着物に濃い紫の上着、横に大きいリボンを付けている。
そんな短いスカートで足パタパタしたら見えちゃうだろ。
太陽が病気みたいに真っ白な相棒の肌を焼いてて…なんだっけ、虫眼鏡で焼けちゃうあの……うん、もういいや。

「ふぅ…水浴びできた?そろそろ歩ける?」

「え?、あ、うん…」

「よーし、サボりが効くのもせいぜい午前中だけだから行こうか!」

サボり?お前、またなんかサボってんのかよ。
オレもお前もなんか似てるよな。
嫌なことがちょっとあるだけで、こんなとこまで逃げてきてさ。
ふと、朝の親父とのやり取りを思い出して、また涙が出てきたところで手をぐいぐい引かれる。

「もー!せっかく水浴びしたのに、また干からびちゃうよ。その前に、ほら、走る走る」

「う、うん…わ、わかってるよぉ!」

オレは別に悪くない。
でも親父はいつも正しいから。だって一流だし。
オレもそうならなきゃいけないから。
だから、だから、きっとオレが悪い。
走りながらそう頑張って思い込むことにした。


♢♢♢♢


電車に乗って1時間くらい。
名前も知らない小さいオンボロ駅で降りて、手を繋ぎながら真っ平らな何もない道を30分くらい歩いて。まるで海外のワンシーンみたいだった。

「なあー、そろそろ教えてくれよ。一体ここに何があるっていうんだよ」

「そろそろ見えてくるから」
「あ、見て見て!あれ!」

「…………うわ、すげえ…」

ギラギラの太陽の下にキラキラのひまわり畑。
最初は小さくキラキラ散りばめられた宝石みたいな景色だったのに、近づいていけば行くほど、一つ一つが大きい太陽みたいに変わっていってすげえ綺麗だ。

「嫌なことがあったんならやめちゃえば?」

「…え?」

「私と一緒にどっか行っちゃおうよ」

「え、あ、相棒……?」

「苦しいことなんてしなくていいよ。私がたくさん働いて、弓彦くんが私との子ども産んで、それで二人でどこか遠くで幸せになればいいよ」

優しくて今にも消えちゃいそうな、そんな笑顔でギューッと強く手を握る相棒。
太陽の光と重なって、まるで天使みたいなんだ。
なんでそんなふうに言うんだよ。なんでそんな泣いちゃいそうな顔で笑うんだよ。

苦しくなんかない。
だって、オレは親父の子どもなんだから。
別に嫌なことじゃない。
それが当然なんだ。
オレが悪くて、親父は悪くない。
オレは親父みたいな優秀なすげえ検事にならなきゃ。だから、やめることなんて出来ないよ。

つうかお前、そんなこと言ってちゃんと働けるのかよ。
いっつもいっつも面倒臭い授業はサボるくせに。
内申に響くんだぞ、そういうの。
遠くってどこに行くんだよ。
いつもみたいに遊びに行くみたいな感覚で言うなよな。
それに子どもって、まるでオレらが

「…………………っておいおいおい、逆だろ!!男は子ども産めないんだぞ!!知らないのかよ!」

「あれ、そうなの?本では男も子ども産む話とかあるよ?」

「本の中での話だろ!真面目な顔でそういうギャグやめろよな!」

「えへへ、バレた?」

いたずらっぽく笑う相棒はさっきとはもう違って、いつもの相棒だった。
なんだよ。びっくりした、驚かすなよな。
緊張してたのか、なんとも拍子抜けしてしまって笑いが少しずつだが込み上げてくる。

「全く…だいたい、なんでお前、オレがいる公園にいたんだよ」
「……は!お前、さてはオレのストーカーだな!」

「そうだよ。私はね、夏休みでも、働いてても、死んでてても弓彦くんの為にいつでも駆けつけちゃうんだよ」

「あっはは、なんだよそれ!おかしいなあー、相棒は!」

「ふふ、元気出て良かったー。結局、お昼過ぎちゃったけど修行もサボったかいがあるね」

「う……オ、オレのためとはいえ、オレの相棒が一流になる修行はサボったらダメだ。いいな!」

「はいはい。見尽くしたら暗くなる前には帰ろっかー」

まるで夢みたいな時間だった。
苦しいことも辛いことも全部忘れて、そこには昔読んだ絵本でしか見たことがないような優しくて温かい記憶だけがずっと残っていて。
よく分かんないけど、オレはきっと相棒といればなんだって大丈夫だって、そんな気がしたんだ。






暑い、暑い夏の日だった。
嫌なことがあって家を飛び出したら、まるで運命のように君を見つけたんだ。