※タイトル通り不穏



「真宵さま。どこ行くの?」

「んー、適当に。夜の散歩」

そう言って、私の手を引いて歩き出す年の近いの女の子。繋いだ手はギュッと強く握られていて、離してもらえる気配は全く無い。
灯りなんて道中には何もなく、片手に掲げた提灯だけを頼りに真っ暗でデコボコとしてて結構、危ない道をただひたすらに二人で歩く。
彼女は全く、歩みを止めようとしない。私はそれにただ、ついていくだけ。

「真宵さま」

「里、出るってほんとう?」

後ろすら振り向かずにそう聞いてくる貴方は一体どんな心境なのか、私には多分、永遠に分からない。
でも、いつか里を出たい、と水田の手伝いをしているときにどこの親戚かもわからないお婆様にお話したのは確かだ。

「…いつか、出たいなとは思ってます」
「私ももう高校生になるので、ちょうどいいかな、って」

「なんで?」

そう聞かれると言葉が詰まる。
彼女はこの里で絶対的な権力を持ってる人。
私にはない、才能を持ってる人。
そして、その才能で自身らの血筋を持った人たちが争うのを何よりも嫌っている。

要は、私には生まれ持って才能がなかったから外へ出て働きたい。ただそれだけなのだ。
こんなとこで周りから嫌味や皮肉を聞かされるよりも、ずっと、ずっといい場所がある。
そんな気がしてならないだけだ。

「……」
「私には、霊力がないので…せめて、その、真宵さまたちにいい暮らしをしてもらいたいと思って、外で働きたいと…思いました」

「そんなの必要ないよ。ずっとここにいればいいじゃん。ほんとうは外の世界、こわいんでしょ?」

またしても言葉が詰まる。
手は先程よりも強く握ったままだが、一切こちらを振り向こうとしない。

怖いというのは事実だ。

山を少し降りた学校には行っているが、学校の人とは上手くいかず敬遠されがちで、自分も臆病なせいか何人かいた友達もいつの間にか居なくなっていた。携帯を持っていない代わりにやっていた文通も今や一通も来やしない。
里の中でもそうだ。才能がないせいか外を歩けば指をさされて、あることないこと噂され、その度に目の前の次期家元に守られてきた。

外の世界は怖い。それでも、常に守られている自分を変えたかった。
怖い世界に飛び込めば、少しこことは違う世界に出れば、自分も今度は目の前の大事な人を守れるのではないかと。
少し、そう思っただけなのだ。

「誰かに嫌なこと言われたらまたあたしが守るし、友達なんていなくてもあたしがいるもん」
「約束したでしょ!ずっと側にいてあげるって。ドロ船に乗ったつもりで真宵ちゃんに任せなさいって!」

「…………」
「ふふ、それをいうなら大船ですよ」

「あれ、そうだっけ?」

静まり返った暗い山中に似合わない笑い声が響き渡る。

心配されるから帰ろうと握られたままの手を引かれる。

そうだ。
この人はいつも、私の手を離そうとはしなかった。周りが指を指してきても、私に友だちがいなくても、私の手をずっと引っ張ってくれてたんだ。
そう。
私はいつもと変わらず、それについていくだけ。
いつもと変わらず同じ部屋で起きて、ご飯を食べて、お掃除をして、いつもと変わらない景色を眺めて暇をつぶして、同じ大事な人のためにご飯を作って、いつもと変わらない部屋で寝る。

この底抜けに優しくて明るい笑顔がいてくれれば、別に外の世界なんて、きっと私には知らなくても良いことなんだろう。




♢♢♢♢


「真宵さまー!何を焼かれているのですか?」

「あ、はみちゃん!いらなくなったお手紙だよ」

「まぁ!真宵さまがされることではありません!言ってくださればわたくしが処分いたしましたのに」

「いいのいいの。これは誰にも見せられないお手紙だから!」

「誰にも……ハッ!もしや、それって真宵さまへ宛てられた恋文……?」

「違う違う!そんなんじゃないよ、本当に、必要のないお手紙なの。だから、誰にも見られないように処分するんだ」

「必要のないお手紙…?で、でも必要があるからお相手さまはお手紙を書いてくれたのでは…?」

「……」
「うん。必要あったけど、もうあたしがいるから必要ないの、こんなお手紙」





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