新人刑事、恋のから騒ぎ




「そんなに一柳さんを見つめてると穴空くッスよ、集中しないとまた怒鳴られるッス」

今日も素敵だと、一点を見つめてると先輩に肩を叩かれる。
視線の先には、新人の刑事の俺にも優しくしてくれて、落ち込んでる俺を勇気付けてくれた女性捜査官。
黒い革手袋をした細長い指を当てて考え込む勇ましい横顔、助言を呈する頼もしい声やその思考を好きになるのには、そうたいして時間は掛からなかった。

「い、糸鋸さん、お疲れ様です。一柳捜査官には、この前の事件でも色々助けていただいて…。みんな冷たい方ばかりなのに、あの人はちょっと違うなって」

「まぁ彼女、真実が解き明かせればそれでいいっていう感じッスからね!」

そんな真面目で真っ直ぐなところがとてもイイなと思った。新しい発見に耽る姿もなんだかキラキラしていて、謎を解き明かそうと知識を披露する不敵な表情も純粋で素敵だ。
俺はきっと、一柳捜査官のそんな一生懸命なとこを好きになったんだなと何度とて自覚してしまう。

「ま、今回の事件はスピード解決ッスね。なんせ、イチリュウコンビの担当ッスから」

「い、いちりゅうコンビ………?」

「あ、これは一柳さんが言ってるやつッスよ。面白がって」

「そんなにすごいコンビなんですか…?」

「もうすごいッス!担当になればあっちゅう間に事件は解決!その若さにしながら身内の不正、捏造すらも暴く、真実を追い求めるコンビとしてもう少しで局の歴史を塗り替える伝説にもなるッス!」

一柳さんはとても優れた人だ。
そんな一柳さんと肩を並べるくらい凄い方がいるなんて、早く俺もその方と捜査をしてみたいな。
気合を入れ直すと一台の車が到着する。

「検事、ご苦労様です」

「おう、状況は?」

一人の若い男の人が降りてくると、真っ先に一柳さんのとこへ向かい概要を聞き出している。
どうやら担当の検事らしく、彼女にかなり信頼を置いてるようだ。
確かに俺も事件のことを真っ先に誰かに聞くとして、この中だったら一柳さんに聞くと思う。頼りになるし、優しいし、一柳さんは賢い人間だから簡潔に事件の概要を説明してくれる。逆に彼女の頼みごとなら俺は何だって頑張れる自信がある。別に下心があるわけじゃあない。

「おっ、来たッスねイチヤナギ検事!」

「……………………イチヤナギ???」

「おう、デカ刑事久しぶりだな!お、隣のは見ない顔だな」

「新人ッス!検事に会うのは初めてッスね!」

「お、お初にお目にかかります!新人の」

「オレは一柳弓彦。この事件の担当検事だぜ」

「あ、えっと、じ、自分は捜査一課の」

「みんなオレをこう呼ぶのさ、イチリュウ検事、と」
「親愛を込めて…ね、ぶっ、ふふふ……」

「あ そ ぶ な!」

「はーい、指紋採取結果見てきまーす」

挨拶をして名乗ろうと開けた口が戻らなくなる。まだ名乗ってすらいないのに。
あまりにも驚いた。
イチリュウ検事が勝手に名乗り始め、後ろにいた一柳さんが見たこともない悪い顔で楽しそうに検事をからかっていた。
な、なんなんだこの光景……。

「あ、あの、イチリュウけん」

「それはやめろ。ぜっっっっっっっっっったいにその名で呼ぶな」

「は、はい一柳検事!」
「あの………一柳捜査官とはもしかして」

「ん?ああ、嫁」

「あれ、自分言ってなかったッスか?結婚されてるって」

自分の中の一柳捜査官がガラスの破片となってバラバラと崩れていく。き、聞いてない…。
先に聞いていたら……いや、先に聞いてても多分俺はあの人を好きになってしまっていたと思う。
はぁああ……なんて大きく溜息を吐くと、何かに気づいたように一柳検事がぽんと肩を叩く。
なんで頭の先もさっきまではてなマークだったのに、ビックリマークになるんだよ…連動してるのか…?

「…………ま、そうだよな。分かる分かるよ」

「……へ?」

「相棒は確かにいい女だ!惚れる理由も分かる、オレも誇らしく思うぞ。お前いい目してるな!将来いい刑事になるぞ、オレが保証してやる!わはははははは!」

………。

な、なんだこのバカそうな検事……ひ、人の失恋をなんだと思ってるんだ。
余裕を持った笑いを高らかに現場に戻っていく検事。
失恋をした挙句、年下に揶揄われ、もう踏んだり蹴ったりでひどく落ち込む俺に糸鋸さんが自動販売機でコーヒーを買ってくれた。ちょっと泣いた。



イトノコ刑事、たくさん昇給して美味しいものいっぱい食べてほしいし、マコちゃんと幸せになって欲しいんだが、終身名誉刑事でいてもらいたい気持ちが強くて暴れちゃいますね