頑固な閑古鳥、なんつって


眠らないまち、かぶき町。なんて少し古臭い謳い文句のこの町。
飲み屋が溢れかえっている激戦区ではあるが、ましろが働くスナックお登勢はかぶき町四天王が1人、お登勢の営む店故に閑古鳥とも縁がない。…はずだった。しかしここ最近どうも客足が遠のいているように感じる。

その証拠に、今日飲みに来ているのは銀時と長谷川だけ。いくらなんでも3日連続でこれはおかしい。
4日前も沖田と銀時だけだった。

「こんなんじゃいかーーん!!」
「うるさ」

突然叫んだましろの声を遮るように銀時が耳を塞ぐ。
人もおらずのんびりと飲めるこの雰囲気が嫌いではないのに、ましろは何を不満に思っているのか。
いや、まあ経営側としてはこの客の入り方がまずいことくらい理解できる。しかし客が満足しているのだからそれでいいじゃないか。

なんて言うとましろにもお登勢にも叱られてしまいそうなので銀時は静かに酒を啜った。

「いやはや、俺としてはましろちゃんとのんびり酒が飲めるから万々歳なんだけどね。それにしても客が少ないねえ」
「そう思うならキャッチでもして客連れて来てくださいよ!なーにが万々歳だ!銀さんと長谷川さんが普段の売り上げ分払うってなら文句はないよ!?万々歳!」
「ご、ごめん!ましろちゃん落ち着いて…」

ホラ見たことか。ましろのイライラの捌け口に成り果ててしまったツレを見ながら、銀時はやれやれと首を振る。

「しかし確かにおかしいな。こんなこと今まであったか?」
「ハァ…あいにく今まで赤字なんかとは無縁の商売やらせてもらってたんだ。銀時、ちょいとこの原因を突き止めてきちゃくれないかい?景気の良い新しい店でもできたのかねぇ…」
「は?なんで俺がンなめんどーなこと…」
「アンタ、ここ数ヶ月家賃滞納してるよね。今すぐほっぽり出してやってもいいんだよ」
「急に探偵ごっこしたくなっちゃったなー!あ、ちょうどいいしここら辺の飲み屋のことでも調べてくるかー!ハハハハハ!」

流石に宿無しはまずい。
下手すぎる芝居を打ちそそくさとスナックお登勢から出て行った銀時。そしてその後ろ姿をボーッと眺めていたましろの背をお登勢がチョイと肘でつついた。

「何突っ立ってんだい。アンタも行くんだよ」
「え!?なんで私が…」
「この様子じゃ接客はアタシとキャサリン、たまの3人で十分だ。給料泥棒になりたくなけりゃアンタもこの原因探って来な。それに銀時だけじゃ心許ないしねぇ」
「う…何1つ言い返せない…よし、わかりました!行ってきます!」

嫌そうに振舞いながらも、少し目が輝いているましろは銀時に追いつこうとダッシュで出て行った。
銀時はただの言い訳に過ぎなかったが、ましろは本当に探偵ごっこをしたくなったに違いない。お登勢も長谷川もそれに気付いたようで、まるで子どもを見送るような気持ちだった。

「お登勢さん、粋な計らいするねぇ。銀さんをましろちゃんと2人きりにさせてあげたかったんでしょ?」
「さあねぇ…。ま、これで原因も突き止めてきたらそれこそ万々歳だ」
「…さっき俺がましろちゃんに言ったこと、お登勢さんもイラッときてました?」
「さあねぇ」

お登勢はフッと笑いながら長谷川の空いたグラスに酒を注いだ。


* * *


「で、ましろも来たってわけか」
「そう!心強いね!」

ハンチング帽に虫眼鏡というステレオタイプの探偵コスプレをしたましろに銀時は深いため息をつく。

「遊びじゃねーんだぞ。真面目にやんなきゃお前らが困るんだろ」
「真面目なんですけど?」
「そういうのいいんで」
「ああ!」

不満気なましろから探偵セットを取り上げスタスタとかぶき町内を歩いて回る。
ましろは「む…?」とか「これは…!」とかそれっぽい事を言いはするが、大抵野良猫や酔っ払いに対してなので銀時はなにも反応せず放っておいた。


「ねえ、銀さん」
「相変わらず人で溢れてるな。特にこの辺りは酔っ払いが多い気がする…。ババアの店の客入りが悪い意味がますますわかんねえ」
「ねえって!」
「…ンだよ」

銀時が振り向くとましろは酔っ払いのオヤジと肩を組んでいた。

「は!?ましろ!ンなもんポイってしなさい!メッ!」
「ポイって…そうじゃないの。この人が教えてくれたんだよ!」
「…何を?」

ましろは銀時の背後を指差し、苦笑いした。

「あのお店が、閑古鳥を呼び寄せた原因みたい」

ましろの視線の先には城かと見紛うほどの豪華絢爛な建物がそびえていた。


* * *


「……何これ」

ましろは絶句していた。
潜入捜査だ!と張り切った彼女が建物に入るや否や、大勢のイケメンに出迎えられたのだ。

「いらっしゃいませ、姫様!」
「え!あ、いや、私なんてほら姫様というよりほら、あの……ね?」

上手い例えも言えなかったましろはただ焦るばかり。どうしよう、そう思った時グイッと腕を引かれた。

「おい、勝手に行くなよ」
「銀さん!」

彼が来てくれれば安心だ。男連れとわかればお姫様なんて接客はされないはず。
本当に銀時と一緒でよかった。冷静な彼とならうまく捜査できるだろう。
さあ、この店が客を独占している秘訣を探り出してやる!


「いらっしゃいませ〜お殿様ぁ!」
「はいそうです僕がお殿様です」


ましろの期待は一瞬にして砕け散った。
大勢の美女が現れ、銀時を骨抜きにしてしまったのだ。

なーにが僕がお殿様です、だ!アホか!

人間、自分より正気でない者を見ると冷静になれるものだ。デレデレになっている天パを放置し、ましろは案内されたボックス席に座った。


「(なるほど…これは確かにやっかいだわ)」


怪しくない程度に店内を見回すと、この店がなぜ客を独占しているのかが窺えた。
きらびやかで、それなのにいやらしさを感じない掃除の行き届いたフロア。全員がどこのホストやキャバクラに行ってもNo.1を取れるんじゃないかと思うほど美男美女揃いのキャスト。
しかも相当な人数が働いているのか、これほどに大勢の客がいるにも関わらず全てのテーブルにキャストがついている。
女性グループには男性キャスト、男性グループには女性キャスト。ご要望とあらば性別問わずキャストを呼べるようだ。


「(むむ…)」


弱点を見つけようと口にした酒も料理も文句なしの味。値段も適正価格。さて、どうしたものか。このままではスナックお登勢が危ない。

ウーンと頭を抱えていると、正面から「いらっしゃいませ」とやけに素っ気なく声をかけられた。

「あ、わ、私1人で飲みたいので接客は…」


顔を上げると微かに煙草の香りがする。


「…え!?」
「な、なんでお前が…」


そこにはましろと同じように驚きの表情を浮かべる真選組鬼の副長、土方十四郎がスーツ姿で立っていた。


(いや、その格好めっちゃ似合ってるけどそれどころではありません)

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