四角関係はさすがに笑える


「ひ、土方さんこんなところでなにングググ…!」
「でけー声だすなって」

突然現れた土方に驚いたましろが質問しようとするも、手で口を塞がれてしまった。
その手のたくましさに少しドキッとするが、それよりも苦しさの方が勝る。

「うぐぅ…」
「あ、わりい」

周りの様子をうかがっていた土方はようやくましろを解放し、ケホケホと咳き込む彼女の背を申し訳なさそうにさすった。

ましろは
『え、背中さするなんてそんなさりげないボディタッチできるの〜!?モテるはずだ〜!!』
と思いはしたが、また叱られてしまいそうなので口に出すのはやめておいた。

「ふ〜だいぶ楽になりました。私も大声出してすみません。で、いったいどういうことなんです?」

普段隊服の彼を見慣れているからか、スーツ姿は妙に違和感がある。
土方は気まずそうにタバコを取り出すが、いけねぇ、とまた胸ポケットにしまいなおした。

「? 別にタバコ吸っても大丈夫ですけど」
「いや、お前を接客中ってことになってんだから俺が吸っちゃまずいだろ」
「私を接客中!?え、なにここで働いてるってこと!?真選組クビになったんでンググググ」
「だから!お前は迂闊に口開くなって!」

再び口を塞がれてしまったましろ。
なんとなく真選組についての話題はしちゃいけないんだなと察したましろはグッと親指を立て、コクコクと頷く。

少しほかの客からの注目を集めてしまったが、またすぐにその視線は散っていった。

土方はましろの隣にドサっと座り、まるでホストかのようにましろの肩に腕をかけた。

「ん、んな!なにするんですか!」
「あ?あー、ここは一応そういう店だからな。それっぽく振舞わなきゃまずいだろ。疑われちゃ面倒だし」

それっぽく、ということはやはり土方はこの店のスタッフというわけじゃなさそうだ。
ではなぜこんなことをしているのだろうか。

「土方さん、」
「今はトッシーって名前で呼んでくれ。源氏名」
「なにその源氏名ダサ!あ、口に出しちゃった。えっと、そのト、トッシーはここでなにしてるんですか?」

土方は辺りを見回し、ましろの耳元に口を近付けた。
誰にも聞かれないように小声で話したいからとはわかっていても、ましろは顔の近さにドキドキしてしまう。

「潜入捜査」

ポツリと呟かれた言葉に、ましろはハッとした。
これは、真選組としての仕事なのだ。
明らかにこの店のせいで町のほかの飲み屋は困っている。突然でき驚異的な売り上げを上げるこの店に真選組も目をつけていたのだろうか。何か違法性があるのかもしれない。


「ひじか…トッシー。この店なにか……!!!??」


思わず振り向いたましろは、固まってしまった。
勢いよく振り向いたせいで、顔を近付けていた土方と真正面から向き合ってしまったのだ。その距離、5センチほど。
あと少しでも動いたら唇が触れてしまいそう、そう思った時、ましろの身体がグイッと後ろに引かれた。同時に土方も後ろに引かれたようだ。

「おい、トッシー。客相手にそりゃマズイでしょうよ」
「ましろ、飲みすぎたのか?な?そうだと言ってくれよおおおおお!」

ましろは一瞬なにが起こったのか理解できないでいたが、聞き覚えのある声で我にかえった。

ましろを後ろに引っ張ったのは銀時、そして土方を引っ張ったのは土方と同じようにスーツを着た沖田だった。


* * *


「まさかこんなところでましろさんに会えるとは思ってやせんでしたよ」
「いやぁ、うちの店の客足が遠のいてたもんで。ちょっと偵察にと思ってね。私こそ総悟たちに会えるとは」
「あ、俺のことはおっきーって呼んでください。源氏名です」
「なにその源氏名ダサ可愛い〜!おっきーよしよし!」
「俺の時と随分態度ちげーじゃねーか」

憤る土方をなだめ、ましろは話を聞いた。

土方と沖田はスタッフとして紛れ込み、この店を見張っているらしかった。売り上げが伸びているのはいいことだが、どうも怪しい噂が流れているらしい。
その真相を掴むべく働いている時、ましろと銀時がやってきたのだ。

「ったく、油断も隙もありゃしねーな。スタッフていう立場利用してましろをどうする気だったんだこのヤロー!」
「いや、銀さんあれは私が急に振り向いたからって何回言えば…」
「うるせー!俺でさえお前にあれほど近付いたことねーってのに!コイツだけいい思いするのは癪だからましろ!ここで俺と0センチまで近づ…ぐぇ!」
「俺の目の前でそんなことさせやせんぜ。ましろさん、こっち座んなせェ」

ましろは沖田に手を引かれ、1番端っこに座らされた。
6人がけのソファにましろ、沖田、銀時、土方の順で座る形になる。

「ましろさん、万事屋の旦那もそうですが、トッシーも何考えてるかわかりゃしねぇ。男はみんな狼なんだ。気を付けるに越したことはねェ」
「みんな狼ねぇ…ってことはおっきーも?」

おちゃらけながら尋ねるましろ。
沖田に限って肯定するわけはないと思っているからこその発言だ。
しかしその答えは予想に反していた。

「さあ…どうでしょうね?俺までましろさんを狙う狼だったら貴女は幻滅しますかィ?」
「おっきー……?」

沖田は真っ直ぐにましろの瞳を見つめてそう答えたのだ。今まで弟のように可愛がっていた沖田の真剣な表情にましろは疑問を覚えた。

「おいおい何言ってるんですか?沖田くん?君はましろの親衛隊長なんだろ?それ以上でもそれ以下でもないんだよなぁ?」

イライラした様子の銀時が割って入った。
沖田はどうでしょうね?と茶化すように笑い、ましろの手をとった。

「なーんて、冗談でさァ。ましろさん、俺はこれからもましろさんのこと大切にしていくんで」
「え?あ、うん…ん?私もおっきーのこと大切だよ」
「ありがとうございやす」
「…?」

いまいち釈然としないましろだったが、銀時があまりにイラついているのでそれ以上突っ込まないでおいた。

「酒だ酒!おら、おっきー酒用意しろ!」
「チッ…まあ、店側から怪しまれるわけにはいかねェ。はいはい、ちょっと待っててくだせェ」

銀時に促された沖田は少し席を外す。
銀時はましろの隣にドカっと座りなおし、満足そうに足を組んだ。

「ったく、お前もモテますなー。別にそれが悪りぃとは言わねーけど。ま、最後には俺を選べよ」
「…はぁ?何言ってんの?」
「お前のこと1番好きなのは俺って言ってんの」
「……めっちゃ開き直ってグイグイくるじゃん」
「こういうのは言ったもん勝ちなんだよ」
「なにが言ったもん勝ちか!人の気も知らないで!バーカ!天パ!」
「あ!?テメーあいかわらず可愛くねーな!!」
「あいかわらずてなんだ!!」


さっきまでの雰囲気は何処へやら、またいつもの2人に戻る。

そしてこれまで話に入ってこなかった土方だが、彼は彼なりに葛藤していた。
土方はチラリとましろを見やり、さっきのことを思い出す。
キスなんてする気はなかったにせよ、あの距離はやばかった。未だにドキドキとうるさい心臓に苛立ちながら以前沖田に言われたことがグルグルと頭を巡る。

『あんたがましろさんのこと好きって認めて行動しなかったからこんなことになっちまったんだ』


俺は、ましろのことが好きなのか…?


土方はタバコを吸いたい衝動に駆られたが、潜入捜査中だったことを思い出しフーッとため息をついた。


(タバコが吸いたい。だからイラついてんだ。ましろが万事屋と楽しそうにしてるから、なワケねーよな)

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