人間は知りたい生き物


「はい、酒」

戻ってきた沖田の手にはおそらく相当高いであろう酒の瓶が数本。

「それってそんな持ち方していいようなお酒なの…?」
「大丈夫でしょ、たくさんあったし」
「そういう問題かね総悟…いや、おっきーくん」

思わずつっこんでしまったましろだったが、銀時は嬉しそうに酒を開けている。
ポンっと勢いよくあいた瓶からは嗅いだこともないような芳醇な香り。

「銀さん!まずは私に飲ませて!」

ズズイと身を乗り出したましろ。実はお酒に目がないのだ。さっきも少し飲みはしたが、酒のグレードが桁違いなのは見てわかる。
銀時はあまりのましろの必死さに若干引きながらも一口目を譲ることにした。

「注ぐのは俺が」

スタッフらしくましろのグラスにお酒を注ぐ土方。
注いだ直後は乳白色だった酒が、だんだんと透明になっていく。

「なにこのお酒おもしろい!」

沖田と土方はその酒を見た瞬間おかしいと気付き、ましろを止めようとした。
が、しかし、それよりもましろが飲むほうが早かった。

「あ、ましろさん!」

グイッと一気に飲んでしまったましろはプハッ〜と可愛げもなく口をぬぐう。
ましろは満足そうに笑ったあと、やがて目がトロンとし始めた。

「これは…」
「ああ、もしかしたら…うお!?」
「えへへへへへトッシーー!愛してるよー!この身捧げる思い!!」

沖田と土方が話していると、突然ましろが土方に抱きついた。

「えええわあわえわあわえわえましろおわあうああ!!??なにやってんの!?なにニコチン野郎にサービスしてんの!?そういうのは俺に、俺にーーー!!」

誰よりも慌てている銀時を黙らせようと沖田がガンッとその顔面を殴った。

「落ち着きなせェ旦那。…やっぱりこの酒に問題がありやしたか」
「は?どういうことだよ!」

硬直して使い物にならない土方をよそに、沖田は酒の中身を確認する。
そして瓶の中になにかを入れたかと思うと、さっきまで液体だったはずの中身がドロドロになった。
それを見た沖田は「あたりだ」とつぶやく。

その間銀時はましろを引き剥がそうと必死に頑張るがなかなか土方から離れようとしない。

「お願い!ましろちゃん!銀さんあとでなんでもいうこときいてやるから!お願いだからこいつから離れてー!」
「やだー!私はトッシーと一緒になるんだ!死が2人をわかつまで離れなーい!」
「わかった!じゃあ俺がニコチン野郎をぶっころ…ぐえ!」

グイッと沖田に襟を引かれた銀時。そしてましろが油断した隙に沖田は彼女の頬にキスをした。

「んな!!おっきー、なに、を…」

パタリと静かに寝込んだましろを見て、銀時が慌ててその身体を抱き寄せる。

「……分かるように説明してもらおうか」

沖田はやれやれとため息をついた。


* * *


「は!?惚れ薬!?」
「まあそういうことでさァ」

野次馬で騒がしい店の前に停めたパトカーの運転席に座る沖田。
彼は助手席に座っている銀時にこの店が行なっていた犯罪について説明した。

さっきましろが飲んだ酒の中には天人が持ち込んだ地球では違法である超強力な惚れ薬が入っていたという。
飲んだ者が飲ませた者にとことん惚れ込んでしまう危険な薬。
この店はその惚れ薬を使って客を従業員の虜にし、売り上げを伸ばしていたのだ。

好きになった人に会いたいという恋心を利用した悪質な経営。

沖田の情報により突入した真選組によって、この事実を知っていた店の上層部、及びスタッフは全員逮捕されることになった。

真選組が掴んでいた怪しげな薬が出回っているという噂は本当だったのだ。

地球外の薬物に反応する薬品を持ってきておいてよかったと沖田は心の中で思っていた。

てっきりふつうに薬物の売買が行われているものだと思っていたが、まさか酒に含ませていたなんて。

「そんな危険な薬、こいつ飲んじまったぞ!」
「大丈夫ですよ、さっき医療班にワクチン打たせましたんで。目覚ました時にはとっくに土方さんを好きだって気持ちは消えてます。他の客のリストも見つかったし、これから全員にワクチン接種させるのが大変だ」

後部座席で眠るましろを見て、銀時はホッと胸をなでおろした。
と、同時に現場検証のため真選組の指揮をとっている土方に対しチッと舌打ちをする。

「随分苛立ってやすね」
「たりめーだろ。好きな女が目の前で他の男に愛してるなんて言いやがったんだぞ。しかもよりにもよってあいつって…」
「まああれは確かに苛ついても仕方ないでさァ。あとでバズーカ打っとくんで安心してくだせェ」

なんでもないことのように上司抹殺計画を話す沖田に引きながらも、銀時は胸に突っかかっていたことを質問してみた。

「…なあ、ずっと気にはなってたんだが」
「俺がキスしたことですか?あれはああするしかなかったんでさァ。あの惚れ薬、強力だが弱点があって」
「弱点?」
「ええ。飲ませた奴とは別の奴がターゲットをときめかせると、脳が混乱して一時的に睡眠状態になっちまうっていう弱点でさァ。あん時はましろさん眠らせちまったほうがいいと判断したんで、仕方なく」
「仕方なく、ねえ…」

ケロっとしている沖田を横目で見ながら、銀時は相変わらず苛立つ気持ちをなんとか落ち付けようとした。
それでもやはり、どうしてもおさまらない。

「もう一つ質問」
「旦那、珍しくよく喋りますねェ」
「茶化すなよ。…ワクチンあんなら、別にキスしてまで眠らせなくても良かったんじゃねーの?仮に俺がその弱点知ってたら役得だし同じようにしただろうけどよ」
「…なにが言いたいんですかィ?」
「お前も俺と同じで、他の男に惚れ込んだましろのあんな姿見たくなかったんだろ?ましろ親衛隊長としてではなく、男として」

銀時は薄々感じていた。
沖田が最近ましろを見る視線は、今までとは違ってきている、と。

「…もしそうだとしたらどうするんだィ?」

ニヤリと妖しく笑い挑発的な目で銀時を見る沖田。
しかし銀時はさっきのイライラはどこへやら、いつものようにボーッとした顔にもどっている。

「まあ、さして大きな問題じゃねーよ」
「ずいぶん余裕ですね」
「俺が負けるわけねーだろ?大人舐めんなクソガキ」

ヘラっと笑いパトカーを降りた銀時は後部座席で眠るましろを抱き上げ、「帰るわー」とかぶき町に消えていった。

「……そんなに歳離れてねェよ」

1人になったパトカーの車内で沖田は悪態をつく。

手錠がかけられ次々と逮捕されていく店のスタッフを見て噂話をする野次馬たち。

ザワザワとうるさい喧騒のなかで、土方だけがやけに目立って見えた。

「旦那の言うように、俺はさっき土方さんに嫉妬しちまってたんですかねィ?」

沖田は嘲笑気味にそう呟いた。

土方とましろをくっつけたいと思っていた自分があんな行動に出るのは確かにおかしい。

でも、それでもやはり、彼女を女性として見ているのかと言われればどこか違和感がある。


(ましろさん、俺はあなたのこと…なんて、考えてもまるでわからねーや)

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