あるわけもないのに


「ましろ」
「や、ぎ、銀さん…!」

どんなに抵抗しても、銀時の力のほうが強くピクリともしない。
銀時はまだましろの首元に顔をうずめており、そして、チクリとその白い肌に痕をつけた。

いやだ、いやだ…!

ましろの目からポロッと涙が溢れる。

「ね、はな、して…銀さん、お願い…」
「…ましろ、泣いてんのか?」
「泣いて、ない…でも、はなして…」

グスグスと鼻をすすり首元をおさえるましろ。
銀時は我にかえったのか慌ててましろから離れ、泣きじゃくる彼女を遠巻きに見つめた。

「なんで、こんなこと…」
「わりいましろ、俺は」
「…帰るね、ホントにごめん」

ましろは銀時を押しのけ、玄関から出て行った。

「……アホか俺は」

脱衣所に座り込んだ銀時は誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。


* * *


「おや、ましろおかえり。もう酔いはさめたかい?」
「お登勢さん…」

ましろがスナックお登勢の扉を開けると、店の主であるお登勢がカウンターで料理の仕込みをしていた。

とっさに首元を隠したましろに、お登勢はピクリと眉を動かす。

「あんた、ちょっとこっちおいで」
「え、なん「いいから」

手招きするお登勢に逆らえず、ましろは大人しくカウンターに向かった。

若干薄暗い店内に、お登勢のタバコの煙が立ち上っていく。

お登勢は首元をおさえているましろの手をどけさせ、はっきりと残っている赤い痕をみつけた。

「…どういうことだい」

少し驚いたような声。
お登勢は少し震えているましろに気付き、その背をさすった。

「お登勢、さん」
「まさか、あのバカ…!」
「ちが…私が悪くて、でも、びっくりして」

銀時は悪くない、そう言おうとして何故か涙が溢れた。

自分の曖昧な態度が銀時をああさせたのだとわかっているのだ。

彼は、本当に辛そうな顔をしていた。まるですがるように首元に顔を寄せてきた。

しかしあんな銀時を見るのは初めてで、動揺と戸惑いでただ逃げることしかできなかった。

銀時とは顔を合わせれば喧嘩をするような仲で、家賃取り立てに行ってうざがられて、でも本当に大切な仲間だと思ってて…

ましろは後悔していた。
銀時に好きと言われ、嬉しくはあるが付き合うとかはよくわからないと答えたことを。

銀時もそれでいいとは言っていた。

どうせなら、はっきり断ってしまえばよかったのか?

それなら銀時も苦しむことはなかった?

いや、そう考えることこそがエゴだ。
銀時は好きだとまっすぐ伝え、ましろの気持ちを自分に向けさせると宣言した。

そんな人に、よくわからないから断るなんて言えるわけがないのだ。


…でもちょっと待ってくれ。

確かに曖昧な態度を取っていたのは悪かった。
しかし、土方さんとのことは薬のせいなんだから仕方がなくないか?
総悟だってとりあえず私を落ち着けようとしてとった行動だったんだろう。

こんなこと言いたくはないが、自分だってスタッフの女の子にデレデレしてたくせに。

ましろは流れていた涙をグイッとぬぐった。

「…反省と腹立ちが一気にきた」
「ましろ?」
「お登勢さん、驚かせちゃってごめん。もう大丈夫!ちょっと銀さんに文句言ってきます」
「それならアタシも…」
「ううん、一人で大丈夫。ありがとう」

扉をあけて出て行ったましろの背中を見ながら、お登勢はハァとため息をつく。

「面白い女だねぇ、あんたって子は」


* * *


「ごめんください!!」

大声で叫んだましろの声が部屋中に響き渡る。
すると、顔を真っ青にした新八が出てきた。

「ましろさん!大丈夫ですか!?…事情はあのケダモノ天パに聞きました。ボクがもう少し早くきていれば防げたかもしれません。本当にすみませんでした…!」
「え…なんで新八が謝るの…」
「だって、あなたに怖い思いを…」
「させたのは銀さんだよ。ちょっとケジメつけにきたの!銀さん出して」

新八は「えっ」と声をあげて驚く。

「あの人の顔なんて、見たくもないんじゃないですか…?」
「特別見たいわけではないけど、用があるから」
「でも、銀さん寝込んじゃってて…」
「はあ!?なんで銀さんが寝込むの!腹立つ!そんなチキンハートなら最初からあんなことしないでほしい!」
「あ、ちょっとましろさん!」

新八を押しのけ、ましろは万事屋に足を踏み入れた。
寝込んでいるということは、寝室だろう。

餌を食べている定春を尻目に、ましろは勢いよく寝室の襖を開けた。

「……え?」
「コイツ、いっぺん死ぬがヨロシ!」

ましろの目には、ふくらんだ布団を思い切り蹴り続ける神楽の姿が映った。

恐らく銀時が布団の中にいるのだろうが、うんともすんとも言わない。
もしかして、本当に死んでしまっているのでは…!?

「ちょちょ、神楽!落ち着いて!」
「ましろ!?大丈夫アルか!?なんでまたここに来たネ!」
「ましろ…?」

銀時の声がポツリときこえた。
なんとか生きてはいたようだ。

「ちょっと物申しにきた!」

ましろがそう言うと銀時は非常に暗い顔で布団から出てきた。

「…覚悟はできてる」

覚悟?いったいなんのだ?

ましろはそう思いながらも銀時を正座させる。

「銀さん」
「はい」
「今回のことで、私は非常に傷付き怖い思いをしました」
「…ああ」
「でも、その分銀さんのことも傷付けてたんだとおもう」

少し震えている手に気付いたのか、神楽がそっとましろの手を握った。

「好きって言ってくれた気持ちを蔑ろにしすぎてた。本当にごめんなさい。真剣に考えてたつもりだったけど、どこかで逃げていたのかも」
「ましろ…」
「だからって今日のは卑怯だ!私のこと射抜くって言ったくせに!バーカ!」
「言い訳もできねぇ。最低なことをした」
「……まあ、新八にも神楽にもこっぴどくやられたみたいだし、許すよ。だが2度目はないぞ」

その瞬間、銀時はガバッと立ち上がりましろを抱きしめようとした。

が、怒りの形相を浮かべた神楽によりなんなく阻止。おまけに腹部を思いっきり殴られた。

「ぐぁっ…!」
「アホか!ましろに触れる権利はお前にないネ!」

ましろはその様子を呆れながらみていた。

しかし言いたいことは言えた。一安心だ。
気まずいまま日にちが過ぎれば前みたいには戻れなかっただろう。

「ましろさん」
「ん?なに、新八」
「銀さんはダメダメ人間ですが、僕と神楽ちゃんは応援しているんです。ましろさんみたいな素敵な人が銀さんと一緒になってくれたらって。でも、1番大事なのはましろさんの気持ちだから。自分を、大切にしてください」
「……新八はいい子ねえ!さすがお妙の弟だ!」

お妙にも会って色々話すか。

ましろは親友に会うため、万事屋を出ようとした。しかし。

「ましろ」
「おうおう、皆話しかけてくるわね。なんだい銀さん」
「…本当に悪かった。もうあんなこと二度としねぇ。正面からお前にぶつかってやる」
「え?それは物理的に?」
「精神的に」
「…ふふん、望むところだ」

いつものような明るい笑顔を見せ、ましろは去っていった。


「…銀ちゃん」
「なんだよ神楽」
「ましろはいい女ネ。まるで私のマミーみたいヨ。次ましろ泣かせたら海に沈める」
「ああ、そん時は沈めてくれ」



(お前の明るさや優しさにいつも救われてんだ。俺は、本当にお前が…)


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