梅雨はつい考え込んじゃう


近藤勲は驚愕していた。

「(まさか……万事屋のやつ、ましろにそんなことを……?)」

近藤がいつものようにお妙の家でストーキングをしているとき、たまたま話を聞いてしまったのだ。

銀時がましろを襲いかけた、と。

居間からはお妙とましろの会話が途絶えることなく聞こえてくる。

「それで、銀さんは反省したの?反省していないようならお命頂戴しにいくけど」
「お妙が言うとシャレになんないって…大丈夫!しっかり反省してた。私も言いたいこと言ったしね」
「…そう。ましろは強いのね」

お妙のストーカーをしにきて、まさかそんな事実を知ってしまうとは。
近藤は天井裏で1人焦っていた。

「(とんでもないことを聞いてしまった…それにしてもましろは万事屋の野郎を許したのか)」

男として、今すぐにでも銀時を殴りに行きたいと思った。
しかしはたから見ると天井裏に潜んでいる近藤もよっぽどである。

「(とにかくこのことは俺の胸にしまっておこう。万が一でも総悟に知られたらとんでもないことになりかねん。今日のところは退散するか。これ以上ましろの話を聞くのは忍びない)」

近藤は物音を立てないようこっそりとお妙の家を後にした。


* * *


「いやー、今日もいい天気だな!」
「朝から雨降ってますぜィ」
「ん?そうか?はは!いやー暑くなったもんだな!」
「雨のせいで気温も低いです」
「あ、あれれぇ?」

沖田はさっきからこんな様子である近藤を怪しく思っていた。
パトロールすると出て行き、帰ってきたらこうなっていたのだ。何かあったに違いない。

「…近藤さん、何かあったんですかィ」
「いや!なにもないぞ!そんな!ましろとか全く関係ないし!」
「ましろさん…?」

昨日あんな事件があって、沖田がましろを気にしていないわけがなかった。
ずっとモヤモヤしたものが胸で渦巻き、自分がましろにどんな感情を抱いているのかもわからない。

「近藤さん、ましろさんがどうかしたんですか」
「…いや、本当になんでもないんだ。忘れてくれ」
「いくらアンタの願いでもそりゃ叶えられませんねェ」

ましろのプライバシーにも関わる、しかもうっかり知ってしまった事情を人に話すわけにはいかない。
そうわかっていたのにあからさまに変な態度をとってしまっていた。近藤はそんな自分にひどく苛立つ。

沖田も気にはなるだろうが、絶対言うわけにはいかない。なんとかこの場を切り抜けなければ。

「そ、そういえばトシはどうした?」
「…土方さんならパトロールでさァ。なんでもない顔してたけど、昨日ましろさんに愛してるって言われたのがよっぽど効いたんでしょうねェ。タバコもマヨネーズもなんもかんも持たずに行っちまいやしたよ」
「そうか…」

話を逸らしたかったのに、結局ましろのことに戻ってしまう。
近藤は次はどうすべきか考えを巡らせた。

「そ、総悟!そういえばな!」
「近藤さん、話せないってんならもういいです。ただ、ましろさんが傷付いたり悲しんだりしてるわけではないんですね?」
「……おそらくな」
「おそらく?」
「俺も詳しくは知らない。だが元気そうに話してはいたよ」
「……よかった」

沖田は安心したようにほんの少しだけ微笑んだ。

「…ずっと前から気になってはいたんだ。総悟、お前なんでそこまでましろのことを想ってるんだ?」

沖田がましろに懐いている、その事実は知っているがなにも最初からそうだったわけではない。

何かきっかけがあったはずだ。近藤は純粋に疑問に思い尋ねてみた。

「…俺はましろさんに救われたんでさァ」
「どういうことだ?」

沖田は少し考え、ハァっとため息をつく。

「これは俺とましろさんだけのいい思い出にしたかったんですけどねェ」

沖田は静かに語り出した。

「近藤さん、俺がましろさんを大切に想うようになったのは、姉上の死がきっかけなんです」
「ミツバ殿の…?」

沖田にはミツバという姉がいた。
優しく、美しく、沖田はそんな姉を心から慕っていた。

しかし、ミツバは亡くなってしまった。

それは幼い頃からの仲だった近藤にとっても大変ショックな出来事だった。

「俺は姉上が死んだと受け止めきれなかった。悲しくて悲しくて仕方なかったんだ。昔からつるんでた近藤さんや土方さんにもそんなこと話せやしねェ。俺はあん時土方さんにムカついてやしたしね。…でも、そんな気持ちを見抜いてましろさんが言ってくれたんだ」

『辛くないわけないじゃん。あの人は、あなたにとって大切な人だったなんてみんなわかってるよ。もし、メンツがとか今後の関係がとか考えて弱味見せられないってんなら、私がぜーーんぶの苦しみを引き受けるよ。だからさ、悲しい時は泣いていいんだよ』

沖田は噛みしめるようにましろが言ってくれたという言葉を声に出した。

「当時そんな親しくもなかった俺にそんなこと言うんですぜ?なに知ったようなこと言ってんだって思いやしたよ。…でも、何故か俺はましろさんに縋って泣いてたんだ」

近藤は黙って沖田を見ている。
2人の間にそんな出来事があったなんて…。

「ま、そっから俺はましろさんを慕いだしたんでさァ。大した理由でもないでしょ?でも、たしかに俺はましろさんに救われたんだ」

沖田はフッと笑ってみせた。

「…総悟、お前はましろを慕っているだけなのか?」
「…なにが言いてェんでさァ」
「最近のお前はましろに対しなにか特別な感情を抱いているようにも見える。もしそうなら、お前も幸せになりたいと願っていいと思うぞ」
「……」

自分でもよくわからない気持ちを人に指摘され、沖田は少し苛立った。
この気持ちはなんなのか、ましろをどう想っているのか、そんなの自分が1番知りたいのだ。

「総悟、お前は前にトシとましろをくっつけたがっていたな。今でも心からそうだと言えるか?逃げてないでしっかり考えたらどうだ」
「俺は土方さんとましろさんを……どうなんですかね」
「おい、総悟!」
「…俺もパトロール行ってきやす」

沖田は降りしきる雨の中傘も持たずに出て行った。

「…余計なこと言い過ぎたかな」

近藤は顔をしかめながらゴロンと畳に寝転がる。

「皆が幸せになれりゃあいいんだけどな…」

そんな近藤のつぶやきは雨音に全てかき消された。


(男ってなぁトコトン不器用な生き物だ)

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