それじゃ気にせず行くか


「はー、またですか!?」
「そう、まただよ。あのバカ天パ」
「いい加減にしてくれませんかね!」

スナックお登勢開店前、お登勢とましろがとあるバカについて話し合っていた。今日も今日とて家賃滞納のことだろう。
箒で床を掃くましろは手を止めることはしないがブツブツと文句を言い続けている。

「それで、さ。ましろ。今からアイツのとこに行ってきてくれないかい?」
「えっ…やだ…」
「はぁ…まだ昨日のこと…。あんたは嫌いかいアイツのこと」
「嫌いでは…ない…?」
「疑問形やめな」

そう、嫌いではない、はず。しかし好きかと言われればそうでもない。
あからさまに嫌そうな顔をするましろにお登勢は煙草の煙を吹きかけた。

「うっ!臭い臭いお登勢さん!!何この嫌がらせ!」
「はぁ…今からあたしゃ仕込みがあるんだ。掃除しかしないあんたが適任なんだよ」
「なんで!キャサリンは!たまは!」
「買い出し。ほら、つべこべ言わず行くんだよ!」


ゲシッと店を蹴り出されたましろは深い、あまりにも深いため息をついて二階部分にある万事屋に足を向けた。

「こんにちは〜…私ですよ〜…っと」

ガラガラと許可も得ず玄関を開けると、奥からバタバタバタっと騒がしい音がする。
しばらくしてようやくこの家の住人、先ほどお登勢と話していた"バカ"が現れた。わざとらしく腕を組み平静を保とうとしている。しかし定春に頭を噛み付かれているためその顔は流血で赤に染まっている。

「(アホらし)」

ため息をついたましろは「ん、家賃」とだけ告げた。

「あ〜…明日報酬でけえ仕事すっから、終わり次第持ってくわ」
「えー絶対だからね。私がお登勢さんに怒られちゃうんだからね!」
「了解」
「……」
「……」


気まずい沈黙が続いた。いつもなら憎まれ口の1つや2つ、いや3つ4つ言われてもおかしくないはずなのに。今日に限ってこの男は目を合わせようともしない。

「そ、それじゃ!明日よろしく」
「ましろ」
「はいい!」

玄関に手をかけた途端銀時がましろの名を呼ぶ。
思わず良い返事をしたましろは改めて銀時の方を振り向いた。


「昨日のこと、なんだけどよ」



* * *


「んで、あんたは何て言ったんだい」
「はあ、そうなんですね…って。向こうもそうなんですよ…って」
「…どうしようもない阿呆共だよこりゃ」

スナックお登勢に帰ってきたましろは銀時に言われたことをお登勢に告げた。
家賃は明日持ってくるということと、昨日顔を赤くしたのは何故だったのかということ。

どうやら銀時は昨日お登勢にましろを好きなんじゃないかと言われたとき、ようやく自分の気持ちを自覚したらしい。「あ、その通りだ」と。

素直にそう言われたものだからましろは面食らってしまった。どうせ酔ってたから覚えてないとでも言われると思っていたのに。


「だから大した返事ができなかったのも仕方ないんですよ!そもそもはっきり告白されたわけじゃないし…」
「…まあ確かにねぇ」
「とりあえず今まで通り、になると思います」
「ふーん…」

お登勢はつまらなさそうに仕込みに戻った。ましろもそれ以上何も言わず、床掃きを再開する。

それにしても、まさか銀時が自分のことを好きだったとは。
今までの様々な暴言や失礼な態度はお登勢の言う通り"好き"の裏返しだったのか。そっか、"好き"の…。
そこまで考えた時、ましろの顔がボンッと赤く染まった。

「お登勢さんやばい助けて!!」
「なにを」
「わ、私!どうしたらいいの!?」
「はあ?なんだい急に」
「いやなんか冷静に考えたらやばい!今まで喧嘩相手としか見てなかったのにやばい!こんなことってやばいまじやばい!語彙力の低下!」

バタバタと騒ぐましろの頭にお登勢はチョップを食らわせ、「落ち着きな」と言い放った。
しゃがみ込んで頭をさするましろは上目遣いでお登勢を見上げた。

「しんどい…頭が追いつかない…」
「…まあ、銀時の出方次第じゃないかねぇ」


お登勢は手を伸ばしましろを立ち上がらせる。
いつもケラケラと笑っているましろの笑顔を今日は一回も見ていないことに気付いたお登勢は「あのねぇ」と話し始めた。


「あんたの長所はなんだい?」
「……美少女なとこ」
「裏表なく人に接し、周りを明るくするとこだよ」
「そして美少女なとこ」
「あんたはとりあえず普段通り過ごしゃいい。良い女はドーンと構えておくもんだ」


背中を叩かれたましろは「痛ぇ!」と叫び、自分の発言をあまりにも無視されたのが面白かったのか続けて「わはは!」と笑った。

「その通りだねお登勢さん。銀さんも別にどうこうしたいって訳じゃなかったみたいだし気にすることないか!あはは!忘れよ!」
「(……銀時、思ったよりましろは厄介だよ)」


鼻歌を歌い掃除をするましろを見ながら、お登勢は心底銀時を哀れんだ。



(忘れろって言ったわけじゃないのにねぇ)

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