わがままに気ままに


「何よ、くノ一なんだから仕方ないじゃない」

そう発言したのは猿飛あやめ、通称さっちゃん。先程天井から現れた女性である。
彼女は正座をさせられ、しかし納得がいかないのかしかめっ面をしている。

「何が仕方ないんですか猿飛さん。くノ一だからって人の家に侵入なんかして、警察呼びますよ」

さっちゃんを正座させている張本人であるお妙はにこにこと微笑んでいるのに全く目が笑っていない。

自分が叱られているわけではないのに震える両手は、怒った時のお妙の恐ろしさを知っているからこそだな、とましろと新八は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「フン、警察でもなんでも呼べばいいじゃないの!いいことお妙さん、貴女が頼りにしているその警察組織の局長はさっきまで天井でお隣同士だったわよ」
「大丈夫です、そのゴリラは局長と言う名のゴリラであってただのゴリラなので。あのゴリラは警察、いいえ、人にあらずです」
「姉上、ゴリラがゲシュタルト崩壊しそうです。…それにしてもさっちゃんさん、どうしてあんな所に?」

話が進まないと判断した新八は進行役を買って出ることにした。

「どうしても何も…」
「え?」
「どうしても何も!銀さんがましろに告白したって噂を聞いたからましろを尾行していたのよ!!何かの間違いだと思ってた…それなのにあんな会話しちゃって…告白は嬉しかったけど付き合いはしない?何よそれ」

グスッと鼻をすするさっちゃんに、ましろはなんとも言えない罪悪感を覚えた。
お妙ほど親しいわけではないが、ましろはさっちゃんとも交友関係がある。時折スナックお登勢に訪れる彼女が話す話題はほとんどが銀時のことで辟易したものだ。

しかし、それ程までに銀時を想っているということは十分すぎるほどに伝わってきていた。


「さっちゃん、私は」
「……何よ、惨めな私をあざ笑おうっていうの?」
「そんなつもりは…」
「こんな…こんなのって…」

ましろはもちろんのこと、お妙や新八、神楽や九兵衛まで言葉を発せない。
すると下を向いたまま肩を震わせていたさっちゃんが突然立ち上がって叫んだ。


「興奮するじゃないのおおおおおおおおおおお!!!!!」
「……………は?」

訳がわからない一同が固まっていると、さっちゃんはマシンガンのように話し出した。

「何なの!?好きな男が自分の友人に告白!?でも付き合ったりはしない!?私は相変わらず放置!?誰の想いも実らない三角関係…きゃああああああああ!!ましろ!これは貴女と銀さんが協力して行っている一種のプレイなのね!?寝取り!?寝取りなの!?私の相談を聞いていた貴女が知らない間に銀さんを……なんてレベルの高いS共なのおおおおおお!!!」

一気に言い終わり満足したのかゴロゴロと畳の上で悶えているさっちゃんの口に、怒りの形相の新八と神楽がお妙のダークマター(卵焼き)をねじ込んだ。

自分の重箱から卵焼き(ダークマター)を奪われたことに気付いた九兵衛は九兵衛でショックを受けている。


「(何だこのカオス…)」


置いてけぼりを食らっているましろはお妙に肩を叩かれハッと我に帰った。

「お妙…これ私どう対応したらいいの…」
「流石の私も分からないわ。でも勘違いしているならこのまま放っておけばいいんじゃないかしら」
「大丈夫かなぁ…」

ダークマターを口にしビクビクと痙攣するさっちゃんに、ましろは恐る恐る話しかけた。

「ねえさっちゃん、興奮するのはいいんだけど、さっき鼻をすすって泣いていたじゃない?あの涙が本心なら、私は…」

さっちゃんは強がってああ言っているのではないかと心配したましろ。余計なお世話かもしれないが聞かずにはいられなかった。

しかし答えは腹が立つほどに単純なもので、


「ああ、風邪気味なのよ」
「紛らわしすぎるな!!!」


杞憂だったと知りホッとするやら気が抜けるやら、ましろはなんとも言えない感情に乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


* * *


随分と騒ぎ疲れてしまったのか、ましろとお妙を残し皆が眠ってしまった。
警戒心の強い九兵衛、そしてくノ一であるはずのさっちゃんまでもが横になっている。

お妙は呆れながらも優しく微笑み、彼女達にそっと毛布をかけた。

「皆寝ちゃったねぇ」
「そうね。本当は叩き出してもいいんだけど、今回は見逃してあげるわ」

お妙がこちらに背を向けて眠っているさっちゃんの方を見てそう呟く。
ましろはフフッと笑い、お妙が注いでくれていたお茶を飲み始めた。

「…お妙」
「どうしたの?」
「私がどんな答えを出したとしても、色んな人を傷付けちゃいそうで怖いんだ」
「あら、らしくないこと言うじゃない」
「へへ、私だって悩みはしますよーっと!」


茶菓子の煎餅に右手を伸ばし、パリパリと音を立てながら食べるましろ。
お妙はましろの左手に自分の手を重ね、ギュッと握りしめた。

「ましろ、そうやって周りの人のことばかり気にして自分をないがしろにしていたらダメよ。それこそ私や新ちゃん、神楽ちゃん、そして銀さん…貴女を大切に想っている人達を傷付けてしまうわ」
「お妙……」
「一度きりの人生なんだもの。悩んで悩んで、そして最後にはワガママに、自分のために答えを見つけ出せばいいじゃない」

ましろはお妙らしい真っ直ぐな励まし方だな、と思わず笑ってしまった。
しかし、その言葉はやはり真っ直ぐにましろの心に突き刺さった。


「ありがとうお妙!お妙はやっぱ親友だ〜!お妙が男だったら絶対惚れてる」
「フフ、私は男だろうが女だろうが別にましろには惚れないわ」
「そういうとこ〜!そういうとこも好き〜!」
「うるさい」

笑みを浮かべたまま辛辣な言葉を発するお妙には慣れたもので、ましろは負けじと彼女に抱き着いた。
お妙は何だかんだ言いながらも抱きしめ返してくれることを、ましろは知っているのだ。

「……お妙が言ってくれたようにワガママに答え出すけどさ、どんな答えでもお妙は変わらないでいてくれる?」
「……当たり前じゃない」
「…皆がそうだといいな。銀さんは勿論、新八や神楽、九兵衛、お登勢さん達、真選組の人たち、そしてさっちゃんも、私にとっては大切な大切な人なんだよ。私は既にワガママだね、誰も失いたくないなんて」
「ましろ…」

やはり抱きしめ返してくれたお妙に、ましろはいつものように笑ってみせた。

「あはは!私ってば、らしくないこと言い過ぎた!さてはこのお茶に自白剤でも入れたな!?はは、なんちゃってー!私も寝るね、おやすみー!」

バタバタと布団に入ったましろ。
お妙はニコリと微笑みその背中を見つめた。

「いくら誤魔化すためとはいえ、全然面白くないこと言ったわね」
「……うるさい」
「フフ、私も寝ようかしら。おやすみなさいましろ」
「…おやすみ、お妙」


電気を消して2人も眠りについた。
スースーと皆の寝息が聞こえる。


少し哀しげな表情でこっそり話を聞いていたさっちゃんに、誰も気付くことはなかった。



(私の恋の邪魔をするのなら、せめて嫌な奴でいなさいよ)


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