策士策になんとやら


その日、土方は様子がおかしかった。
朝の巡回から帰ってきてからというもの、ずっとボーッとしている。

「土方さん、俺らが見ていない間に拾い食いでもしたんですかィ?」
「そうだな…」

そうだな、なんて訳があるか
沖田は面白がりながらも少し不気味に感じていた。それは近藤や山崎、他の隊士達も同じらしく、皆が眉をひそめながら土方を見ている。
そもそも土方がしっかりしていないと朝の会議が進まない。

「ト、トシ。具合でも悪いのか?もしそうなら休んだほうが…」
「いや大丈夫だ。すまねぇ、会議進めよう近藤さん。あー、それじゃまず一番隊、お前らはましろの…」
「は?ましろさん?」

一番隊隊長である沖田がイラっとした声で聞き返した。
真選組の業務に何の関係もないましろの名を出すなんて、やはり明らかにおかしい。

「近藤さん、今日はあんたが会議進めてくだせェ。俺はちっと土方さんと話してくるんで」

誰が止める暇もなく、沖田は土方を引きずって出て行った。
皆があんなにもおかしい様子の土方を見たのは、彼がオタクに取り憑かれた時以来だ。


* * *


「で、一体全体何があったんですかィ?」
「……別になんでもねーよ」

ようやく冷静さを取り戻したのか煙草を吸い始めた土方。
吐き出された煙を払いながら、沖田はズイッと土方を見上げた。

「さすがにそれはねーでしょうよ。ましろさんと何かあったんですかィ」
「な、何でお前ましろって…」
「自分で言ってたでしょ。こりゃよっぽどな事があったらしいや」

ましろに関する事だと分かった沖田が黙っている訳がない。
土方もそんな様子の沖田に気付いたのか、諦めたように話し始めた。

「…あいつら、もう付き合ってんじゃねーのか」
「は?」
「ましろと、万事屋の奴だよ」

そう呟いた瞬間、沖田は激しく土方を揺さぶった。

「ど、どういうことだ!」
「……俺は見ちまったんだよ」
「何を!」
「巡回中、手ェ繋いで歩いてるアイツらを」

そう、土方は今朝銀時とましろが手を繋いで歩いているのをたまたま見てしまっていたのだ。
もちろん2人は付き合ってなどいない。しかしあの光景を見ただけではそう思ってしまっても仕方がない。

「……土方さんがボヤボヤしてっから」
「あ?なんだと総悟」
「あんたがましろさんのこと好きって認めて行動しなかったからこんなことになっちまったんだ」
「別にアイツが誰と付き合おうが俺達にゃ関係ねーだろ!」
「……そう思うんならそれでいいでさァ。ただ、だったらなんで土方さんはそんなに動揺してるんですかねェ」

沖田は力なくそう言うと会議に戻っていった。

「……ンだよあいつ」

何故かイライラが収まらない土方はもう一本吸おうと胸ポケットのタバコに手を伸ばした。


* * *


「お、いらっしゃい総悟!珍しいね、今日は1人?」

勤務後、沖田はスナックお登勢を訪れていた。珍しく店はガラガラだ。しかしいつも座るカウンター席を見ると、そこには銀時が座っている。どうやら彼も1人で飲みに来ていたらしい。


「旦那…」
「おー、出たなましろ親衛隊」
「……」

沖田は何も言わず、銀時の隣の席に座った。
いつもと様子の違う沖田に、ましろと銀時は顔を見合わせる。

「総悟…?具合でも悪いの?」
「そんなんじゃないでさァ」

ましろはハテナを浮かべながらも、彼の前にお通しを一品置いた。

「総悟、今日は暇だし沢山話せるよ!最近仕事どう?テロがどうとかよく聞くけど、真選組も大変みたいだねぇ」
「…まぁ、大したことはないです。俺にとっちゃ厄介なのはそれよりも…」
「ん?」

続きを言わない沖田の顔をましろが覗き込んだ。


「ましろさん、とうとう旦那と付き合ったんですかィ?」


隣で飲んでいた銀時が口の中の酒を思い切り噴き出した。

「え!?なに!?俺ましろと付き合えてんの!?」
「総悟!?なんの話!?」
「……2人が手繋いで歩いてるとこ見たって凹んでた人が」

ましろは大げさに頭を抱えるポーズをした。
銀時は銀時で顔を引きつらせてるいる。

「なあ沖田くん。それ見て凹んでた奴って誰だ?」
「土方さんでさァ」
「ほーう。なるほど、アイツがねぇ…」
「え、なるほどって何が?」
「お前は知らなくていいよ」
「?」

ましろは銀時のそんな発言を疑問に思いながらも、土方と沖田の勘違いであること、手は繋いだは繋いだが深い意味はなかったことを説明した。

「…だからね?私たち付き合ってはいないの」
「俺としちゃ嬉しい勘違いなんだがな」
「ぎ、銀さん!」

銀時は開き直ったのか、ましろを見てニヤニヤしている。

「なんだ、土方さんの早とちりだったんですねェ」
「まあ、そう言う事」
「……ましろさん」
「はい?」

沖田は両手でましろの手を包み込んだ。
銀時はあからさまに不愉快を顔に出している。

「俺ァ何もましろさんに彼氏が出来るのが嫌なわけじゃねェ。今まで通り貴女と関われなくなるのが怖いだけなんでさァ」

うつむいた沖田がそう呟く。

「ワガママですよね。俺はましろさんにとって何でもねーのに…」

悲しそうな笑みを浮かべながらそんならしくもないセリフを言う沖田の手を、ましろがガシィッと掴み返した。

「総悟、そこまで私のことを…なんて可愛い奴…!今後私が誰と付き合うとしても総悟は大切な大切な存在だよ〜!よーしよしよしよし!」

沖田の頭を撫でるましろ。
沖田は銀時の方をチラリと見やり、ニヤッと笑ってみせた。


「(こ、こいつまさか最初から…!)」


そう、銀時の予想は当たっていた。
沖田は2人が付き合ったとは微塵も思っていなかった。ただ釘を刺しに来たのだ。
仮に銀時と付き合ったとしても、自分はましろとこれまで通り接していくのだと。

そしてわざと土方にも冷たい態度をとる事で、尚更彼にましろのことを意識させたのだ。
また、さりげなくましろにも土方が凹んでいたことを伝えられた。
後で思い返した時、土方を意識することに繋がるかもしれない。
しかも、想定外ではあったが銀時にライバルの存在を知らせることができた。これで焦った銀時が迂闊な行動を取ってましろに嫌われることがあれば万々歳だ。

以前近藤にも言った通り、ましろにはどっちかというと土方と一緒になってほしい。
そっちの方が自分のそばにいて貰える。もし結婚なんてことになったら、真選組屯所に住んでもらえるかもしれない。

策士。
この男、沖田総悟はましろを慕うあまりこんな行動をとったのだ。

「ましろさん、俺にとっても貴女は大切な存在だ。幸せになることを祈ってやすぜ」

それは本音だった。幸せになってほしい。
だからこそ、自分がそばにいて見守っていたいのだ。

「愛されてる〜こんなイケメンに私愛されてるよ〜悪い気はしない!!」
「おいましろ。俺もどっちかっつーとイケメンだろ」
「ん!?銀さんはなんかもう身近すぎてよくわからん!」
「はぁ?じゃあ俺もお前のこと身近すぎて美少女かどうかなんてわかんねーってことでいいんだな」
「良いわけあるか!その開いてんだか閉じてんだか分からん目でよく見ろ!どう考えても美少女だろ!」

いつものようにギャーギャーと言い争い出した2人を見て、沖田は演技では無い、本当に寂しそうな笑みを一瞬だけ浮かべた。


沖田はましろのことは好きだが、女性として見ていたわけではなかった。だからここまで作戦立てて冷静に行動出来ていたのだ。
それなのに。


(なんですかねェ、この気持ちは)


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