想い想われ振り振られ
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桂がこゆきを見る目はいつも優しく、そんな目をする桂が癪に触って仕方がなかった。それは今でも変わらない。
自分の気持ちを隠さずにいる桂に腹が立っていた。
わかっていた、腹を立てる資格もないということは。好きな女1人幸せにする自信がねぇヘタレにそんな資格はない。
こゆきが俺から離れたことでどこかホッとしている自分がいた。情けない。アイツを幸せにするのは俺だけだと言える強さが欲しかった。走り去るこゆきの後ろ姿をみて胸が痛い自分も確かにいたんだ。
俺はアイツに好きだとたった一回も伝えたことがない。逃げて逃げて、忘れようとしていた。それでも、忘れられなかった。
ならばせめて俺の気持ちを正直に伝えなければならない。それでもう遅いとこゆきがいうのならそれまでだ。俺はこれまで通りアイツの幸せを願いながら生きよう。
しかしまだ、まだ終わっちゃいない。
こゆきに、会いたい。
「銀さん、桂さんが真選組に乗り込んだりしたら…!」
「…打ち首かもしれねぇなあのバカ。エリザベス、謝礼金は払えんだろうな?依頼とありゃ受けねぇ訳にはいかねぇ。お前ら、アイツの後を追うぞ」
「!! はい!!!」
大切な仲間を、迎えに行こう。
* * *
真選組での暮らしも慣れて来た。皆さん親切にしてくださるし、何より作ったもの用意したものに一切文句を言わないからありがたい。万事屋だったらやれ糖分が足りないとかやれ酢昆布のトッピングがほしいだとか注文が多かったから。
なのに何故かちょっぴり寂しいとも思ってしまって。
「こゆき、今日は休みと言ったはずだ。しっかり休め」
「土方さん…でも動いてる方が楽しいんです!置いてもらってる以上何か貴方達の役に立ちたいので」
「こんなむさ苦しい男ばかりの場所だ。お前がいるだけでアイツらもいくらか癒されてんじゃねぇの」
「あら、随分珍しいこと言ってくれますね!雨降るかもしれないから洗濯物入れとこうかな?」
フフっと声に出して笑うこゆきを、土方がチラリとみる。
「…お前、ここに来て笑わなくなったな」
タバコの煙が目にしみた。
今しがた笑ったばかりなのにこの人は何を言っているんだろう。
いや違う、きっとそうなんだ。私は笑えていない。心から、笑ってはいなかった。
おかしいな。私の長所はよく笑うこと。私は、私は万事屋だったから…。
「…お前はすげぇよ。近藤さんはともかく、総悟まで懐いちまってる。言いたかねぇが俺だって一目置いている。…お前はいい女だこゆき。だからもっと自分を大切にしろ。もっと、自分を見てくれる奴に気付け」
土方さんはそう言うといつの間にか流れていた私の涙を指で拭い、控えめに抱き寄せて来た。少し悲しそうな顔が一瞬見えたけど、溢れ続ける涙で全ての世界が滲んで見えなくなった。
私はずるい。銀時のことが好きなのに、こんなにも好きなのに。それなのに今はただ土方さんに縋ってこの胸の苦しさから逃げようとしている。
「副長!!敵襲です!!恐らく桂かと思われます!至急応援を!!」
バタバタと大きな足音を立てて隊員さんがやってきた。その声に反応した土方さんは私を優しく引き離すと「状況は!」と素早く問いかけた。
「はい、単独で乗り込んできて爆弾のような物を使い屯所内で暴れまわっています!沖田隊長が応戦していますがこのままでは屯所が崩壊してしまいます…!」
ようやく状況が掴めた私は全身から血の気が引くのがわかった。
どうして小太郎が?彼は訳もなくそんなことする人ではない。いくら真選組を敵対視しているとはいえ、単独で乗り込んでくるなんて正気の沙汰ではない。彼は指名手配の身、捕まればただでは済まないことはわかっているだろうに。
『こゆき。お前が銀時を想う気持ちは尊重したい。俺は銀時にならお前を託そう。しかし俺はお前をいつまでも想う。お前が銀時から離れた時、俺はどこにいても必ず迎えに行く』
攘夷戦争後、それぞれの道を歩むことになったとき小太郎にこう語りかけられたことを覚えている。
でもまさか、本当に私のために一人で…?
「土方さん!小太郎は恐らく私を…!私が出ていきます!」
「…おいお前!こゆきを安全な場所に連れて行け」
「土方さん!!私が行けばいいだけなんです!これ以上ご迷惑をおかけできません!」
「桂が乗り込んできた以上ただで帰すわけにはいかねぇ。こゆきが行けば終わるとか、そんな次元じゃなくなってんだよ。早く連れてけ!」
お願い土方さん!そう投げかける私を見ることもなく彼は小太郎の元へ向かった。隊員さんを振りほどこうにも力が強くて、私の抵抗も虚しく地下のシェルターのようなところへ連れていかれた。
私が万事屋を出たせいで。自分の気持ちから逃げていたせいで。
大切なものが全て失われてしまう。
私、何をやっているんだろう。
* * *
「かーつーらー!!!」
屯所内で桂と対峙する沖田は巨大なバズーカを肩に構え敵の名を叫んだ。
「フハハハ!そんな攻撃が当たるか!お前達が匿っている女を迎えにきた!早くこゆきを出せ!」
「狙いはこゆきさんか…どういうわけか知らねぇがあの人は渡しやせんぜ。大人しくお縄に付け桂!!!」
ズゴーンドゴーンと激しい音が鳴り響く中、エリザベスと万事屋も真選組屯所へ辿り着いていた。
「静かに潜入でもするのかと思ったらあの人あんなに派手にドンパチやっちゃってますよ!?」
「アイツはバカだからな。こゆきの名前まで出しやがって。あれじゃ桂を助けようものならこゆきや俺らまでただじゃすまねぇぞ」
「じゃあどうするネ?ヅラもこゆきもこのままじゃ危ないヨ」
草陰に隠れて状況をみる一行はコソコソと作戦会議をしていた。
『俺が囮になる。その隙に桂さんを…!』
出されたプラカードを見た新八がエリザベスせんぱいイイィイと叫ぶが、でけぇ声出すんじゃねぇと銀時に殴られた。
「あんた達どっちもうるさいヨ!作戦もまだなのにバレるのも時間の問題ネ!!」
「「「『あ』」」」
勢いよく立ち上がった神楽を、真選組の隊員の視線が捉えた。
「新たな侵入者だ!!!アイツらも追え!!!」
「あああああヤバイヤバイ銀さん!!!」
「ったくしょーがねぇなこうなりゃヤケだ!お前ら桂を援護しろ!
俺は、こゆきを探し出す!」
「銀ちゃああああん!!それでこそ銀ちゃんネ!久々にカッコいいと思ったヨ!!!よーーーしこゆきは任せたああああ!ヅラは任せろおおおお!」
戦闘態勢に入った神楽を隊員たちが囲んだ隙に、銀時はこゆきを探しに走った。
闇雲に走り回っていると、立ちはだかる人物が1人。
「…なんでてめぇが居んだよ」
「おーおー、鬼の副長土方さんじゃねえか。ちょっとウチの社員を返してもらいに来たぜ」
「もうアイツは真選組の仲間だ。今更なに言ってやがる」
「話してアイツが万事屋にもどらねぇと言うならそれまでだ。だがあいにくまだ退職届もらってねぇんだよ。こゆきは、今も万事屋の仲間だ!!」
銀時が木刀を向けると、土方は吸っていたタバコを投げ捨て刀を構えた。
* * *
「ぐぬぬぬ…地上への扉あかない…早く行かなきゃ…小太郎、なんで私のためになんか…それに良くしてもらってる真選組の人たちに怪我なんてして欲しくない。お願い、はやく開いて!!」
その言葉に応えるかのように、重たい地下室の扉が音を立てて開いた。誰かが外から鍵を開けたのだ。
「…あ、あなたは!」
そこには、見知った優しい顔があった。
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