甘すぎるからコーヒーを


番外編
6.5 甘すぎるからコーヒーを


銀時と付き合ってから2週間が経った。付き合う前の万事屋の日々は楽しかったが、今は桁が違う。なんたって私が好きだと言っても銀時はもうあしらわない。

「銀時、今日も大好き!」
「っ、お、おう…」

ほら、こうやって微妙に顔を赤くしながらも受け止めてくれる。告白されてから少し口数が少ないようにも感じるが、なんて幸せなことか!

神楽ちゃんや新八は私たちがそんなやりとりをするたびにニヤニヤと楽しそうに笑う。銀時はそれが鬱陶しいみたいで、たまに新八のメガネをベッタベタに触るという嫌がらせをしている。
本当に穏やかな日々だ。


そんな中、私は大家さんであるお登勢さんに家賃を払うため会いに行った。会いに、と言っても階段を降りるだけ。万事屋の下のスナックお登勢が彼女の店なのだ。

「お登勢さん、ハイこれ先月と今月分の家賃です。先月は滞納してしまってすみませんでした」

お登勢さんはフーっと煙草の煙を吐きながら、カウンター越しに渡した封筒の中身を確認した。
その横ではキャサリンとたまが夜の開店に向けて仕事をしていた。(キャサリンはほとんど何もしていないように見えるけれど)

「…確かに。全く、あんたが居ないとすぐ滞納するからたまったもんじゃないよ」
「マッタクネ!アノ天パ!」
「ハハハ…すみません。これからはもうそんなことがないように気をつけます!」

私はもう万事屋を出るつもりはない。ずっと、あそこで生きていくのだから。そう考えるだけで心が暖かくなって、思わず顔が緩む。

「ったく、何笑ってんだい。…そう言えばあんたとうとうアノ馬鹿と付き合ったらしいね。もっといい男もいただろうに。いつも言ってただろ」

そう、何かにつけてお登勢さんは私に男性を紹介しようとしていた。毎回断って悪いなという気持ちも少しはあった。

「…こゆき様、お気を悪くされたならすみません。お登勢さんはあなたを心配していらっしゃるんです」
「煩いよ、たま!」
「うふふ、わかってますよ。ありがとうお登勢さん。でも私とっても幸せなんです。私には銀時以外考えられません」

ハッキリそう言うとお登勢さんはやれやれと頭を振った。キャサリンもニヤニヤとこちらを見ている。

「ま、そんだけ言うなら仕方ないさ。でもまだ結婚はしないんだろ?せいぜい妊娠しないように気をつけな。子が出来れば本格的に逃げられなくなるよ」
「え、あ、妊娠って、え?あの、私その…」

お登勢さんは軽くからかうつもりで言ったんだろうが、その言葉に私は思わず戸惑ってしまった。顔が赤くなり、ダラダラと汗が出てくる。


「は!?あんたまさかもう妊娠を!?」
「いや!違います!その逆っていうか!いや、そうじゃなくて、えっと…!」

うまく言葉を紡げない私をお登勢さん達が不審な目で見る。

「逆って…もしかしてまだアイツとヤッてないのかい?」
「は、はっきり言わないでください〜!…それどころかキスもまだです…」
「ハ!?1ツ屋根ノ下二住ンデテ!?」
「やめてキャサリン〜!私もちょっと気にしてるの〜!」

涙声で叫ぶこゆきを、たまが不思議そうに見ていた。


* * *


「で、なんで俺今こんな状況なの?殺されるの?」

数十分後、銀時はスナックお登勢の椅子に縄でくくりつけられていた。
お登勢の命によりキャサリンとたまが万事屋から拉致してきたのだ。
キャサリンから事情を聞いたのか、少し呆れたような様子の新八と神楽まできている。こゆきは恥ずかしそうに下を向きお登勢の後ろに隠れている。

「銀時、あんた本当に男かい?」
「なんの話してんだババア。立派なのが付いてんだぞ確認するか?あ?」
「あんたこそなんの話してんだバカ!」

顔に青筋を立てながら言い合う2人を思わずこゆきが止めに入る。

「やめてくださいお登勢さん〜!ごめん銀時私が余計なことを…」
「な、こゆきお前いたのか、何言ったらこんなことになんだよ…」

涙目で赤くなっている顔をみた銀時は少し驚いたが、これほどいてくれと縄を顎でしゃくってみせた。それに応えるようにこゆきは固く結ばれた縄を一生懸命ほどく。そんな様子をみた全員が深くため息をついた。

「オイ天パ!オ前マサカ童貞ナノカ!」

縄から解放された銀時は相当痛かったのか肩を鳴らしている。こゆきは私のせいでごめんねと言い続けていた。そんな2人に痺れを切らしたキャサリンがいきなりそう叫んだ。

「は?さっきからなんなんだよ!第一俺は童貞じゃ…」
「あわわわわわ言わなくていい!そんな情報私が生きる上でなんの必要もない!」
「あ、こゆきあのな!俺はその素人相手じゃなくて、いや、なんつーか…!」
「しーりーまーせーんーそんな話ききたくないでーす!!」

ギャーギャーと言い合う2人にまた一同がため息をついた。

「…銀時、あんたこゆきが寂しい思いしているとか考えないのかい?」
「…は?」
「お登勢さん!」
「あんたは黙ってな。…この子は、こゆきはずっとアンタに好意寄せてたんだ。私がいい男紹介するって言っても聞きやしない。…そんな想いがようやく実ったんだ。本当は今すぐにでも抱きついて甘えたいだろうさ。その気持ち汲んでやるのが男ってもんだろ」

こゆきはもう恥ずかしくて銀時の顔を見れなかった。だがお登勢の言葉は嬉しくて、溢れだす感情を近くにいた神楽をぎゅっと抱き寄せることで押さえつけた。

「銀時様。こゆき様はあなたを欲しています。その証拠に今のお登勢様の言葉を訂正しないでしょう?」
「た、たま!そんなこと…」
「…悪かったな、こゆき」
「へ…?」
「俺はお前を大切にしようと思って何もできずにいたんだが、裏目にでちまったみてぇだ。…ババア、席外せ」
「ここはアタシの店だよ。…ったく、あんた達。ちょっと上に行ってようかね」

お登勢はそう言うと皆を引き連れてお店から出て行った。神楽と新八が心配そうな顔をしてこゆきをみていたが、心配はありませんよと言い切るたまを信じて万事屋へ戻る。

今、スナックお登勢にはこゆきと銀時の2人きりだ。

* * *

「銀時…皆まで巻き込んで本当にごめんなさい」
「いや、だから謝るのは俺の方だって。…こゆき、2週間前に俺がお前を好きだと言ったのは本当だ。俺にとってお前は何よりも大事で、今更その気持ちを告白したところでどう扱っていいのかわからなかった」

私をソファに座らせその隣に自分も座った銀時は真っ直ぐに私の目を見て話しだす。

「俺はお前に触れたらダメだと思ってた。十何年分の気持ちが溢れちまいそうなんだ。触っちまったら、もう自分が抑えらんねぇ」
「銀、時…」
「あんだけ嫌われようとしてたのに、今はもうお前に嫌われるのが怖ぇんだ。俺は、!」

銀時が言い終わる前に私の身体は動いていた。
銀時の頬を手で包み、不意に銀時と重なった唇は自分でも分かるくらいに震えている。目を開け驚いた様子の銀時は、慌てて私を引き離した。

「お、お前!今の話きいてたか!?」
「きいてたからこそ…銀時、私、あなたに触れてほしい…嫌ったりするわけないんだもん」
「こゆき…」

いつの間にか目からは涙が出ていた。銀時は告白してくれた時と同じように優しく拭ってくれる。
ああ、私のファーストキス、正直緊張しすぎて震えてしまったってことしか感想がない。
銀時に引かれてしまってはいないだろうか。必死な顔でこんな無様なキスしかできない自分の経験のなさを恨んだ。

「…たしかにこれじゃ男が廃るってもんだよな。こゆき、目瞑れよ」
「え…こう?」

言われた通りに目を瞑ると、銀時の大きな手が私の頬を撫でた。

「こゆき、」

私の名を愛おしそうに呼ぶ銀時の気配が顔に近付いてくる。心臓がドクン、と脈を打った。
思わず身構えると鼻のすぐ先でその気配が止まり、いきなりデコピンをされた。

「〜〜っ!なに!痛いじゃん!キスするかと思ったのに!」
「するよ。でもそんな必死な顔されたらやりにくいだろ。リラックスしろリラックス」
「だからってデコピンなん、て…」

また手が頬に触れたかと思うと、銀時は優しく唇を寄せてきた。さっきとは違い、私の唇も震えることなく銀時を受け入れる。
銀時はちゅっ、と軽く啄ばむようなキスを何度もした後、遠慮がちに私の唇を舌でひろげてきた。ぬるりと入ってくる舌の感触は初めてで、すぐに頭がボーッとしてしまう。そんなの御構い無しと言った様子で銀時は探し当てた私の舌を更に深く絡めとる。糖分禁止って言ったのに、私がいない間にイチゴ牛乳でも飲んだのだろうか。甘い、とっても甘い味。

いつの間にか、頬に置かれていたはずの彼の両手は私の腰を抱いている。相変わらず止むことのないキスに私は息をするのも忘れていた。しんと静まり返っているこの空間に小さなリップ音とその合間に行われる必死な呼吸音だけが響いていた。

「銀時、まっ、て…」
「…ムリ、言っただろ抑えらんねぇって」

彼はそう言うと座っていたソファに私を優しく押し倒し、着物の裾から手を入れ私の足をゆるゆると触る。

「や、銀時っ!」
「ずっとこうしたかった。こゆきに触れて、俺のことで頭いっぱいにさせたかった。もうやめろって言っても遅ぇよ。お前がこうさせたんだろ」

銀時は妖しく口角を上げるとキスをやめ、私の首元に顔をうずめた。チクリと優しい痛みが走る。初めて体に刻まれたその痣を銀時は愛おしそうに撫でた。

「これでもうお前は俺の。他の男に触らせたりしねぇからな」

そっか、銀時って意外と嫉妬深かったんだ。
そんな銀時の想いを受けられるのが自分であることが嬉しくて気付けば次に行われるであろう行為に期待している自分がいた。

「こゆき…」

銀時が甘い声で私の名を呼び着物の胸元をはだけさせた時、お店の扉がガラガラと音を立てて開いた。

扉を見るとお登勢ら一行が呆然と石像のように立ちすくんでいた。
話し合いも済んだ頃だろうと戻ってきた彼女らの目に映ったのは、紅潮し涙を浮かべた顔で着物の乱れているこゆきとその上に覆い被さり今まさにこゆきを襲わんとする銀時の姿だった。

「あ、いやこれは、違、ぎゃああああ!」

ツーっと冷や汗を流す銀時に、問答無用!とばかりに神楽、新八、キャサリンの3人が殴りかかった。
一方で優しくこゆきを抱き起こしたたまと、その様子を見ていたお登勢は呆れたようにこゆきの頭を軽く小突いた。

「あはは…お登勢さんごめんなさい」
「ったく。展開早すぎるんじゃないのかい?というか自分家でしな、自分家で。…でもまあ、よかったじゃないか」
「…!はい!」

こゆきの笑顔を見たお登勢は、今度は怒りの表情を銀時に向けた。

「銀時ぃ!こゆきを幸せにしなかったら承知しないよ!そん時こそ家追い出すからね!」
「うるせぇババア!んなこと言われなくても分かってらぁ!」

ギャーギャーと言い合う2人をみて、改めてこゆきは幸せを噛み締めた。

2人が身も心も重なり合うのは、あと少し先の未来。

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