■ 世界が滲んで君が消えた

身体中を駆け巡るこの感情はなんと表現したらいいのだろう。
『心が焼けるように痛い』
この程度の比喩ではどこか物足りない。いや、この感情をそんな安っぽい言葉で表したくないんだ。


「日吉ー」

「……」

「日吉ってば!」

「…なんなんださっきから」

「ホントいつになったら私たちの壁は壊れるんだろ…」

部活終わりに部室で帰る支度をしていると、名前が絡んできた。

なにもコイツの事が嫌いな訳じゃない。あぁ、そんな筈はないんだ。誰よりもコイツの事を見てきたし、誰よりもコイツと親しくしていた…つもりだった。


「名前」

「あ、跡部さん!」

「帰るぞ。ん?日吉と居たのか。日吉、コイツが邪魔してすまなかったな」

「いえ、構いません」

「邪魔なんてしてませんよ!」

「ふん、そうか。じゃあ日吉、お前も早めに帰るんだぞ」

「わかりました」

「じゃあねー日吉ー!」


名前の頭、心を支配しているのは俺じゃない。あの笑顔もあの声も、全て跡部さんのもの。
俺にはなにも、手に入れることはできない。


日吉って笑うとかっこいいよー


名前が以前言っていた言葉が頭をよぎる。俺はなんて答えたのだろうか、過去の自分に問いかけてみる。だが何も思い出すことはできず、ただいたずらに時間が過ぎた。

名前と跡部さんが出て行った部室はやけに静かだ。冬の寒さのせいもあるだろうが、それとはまた別になにか寒いものを感じた。


「名前…」

「日吉…?」

「っ!…宍戸先輩」

「お前今名前って言ってただろ」

「…気のせいじゃないですか」

「まあ隠すな隠すな」


今まで1人で広々と使っていたベンチにもう1人分の重みが加わった。
俺の頭を乱暴に小突き、ニヤニヤと楽しそうに笑っていた。


「宍戸先輩、笑うってどうしたらいいんですか」

「はぁ?お前、ホントどうしたんだ」


また、また笑う。名前は俺にこれを求めていたのか?
俺がこの人のようにできていたら、身体で深く渦巻くこの感情は生まれなかったんだろうか。


「ま、要するにあれだろ、失恋」

「そんなんじゃありません」

「名前と跡部がなー。知ったときは驚いたよ」

「そんなんじゃありませんって」

「いい女だよな、名前は。気が利くし明るいし」

「宍戸先輩」

「うじうじしてたって意味はねーんだ。悩むくらいなら奪うつもりでアタックしろって」


ま、俺はできねーがな


そう言って部室のドアを開けた宍戸先輩にお疲れさまでしたと挨拶をし、また1人になった。


心に巣くう渦は余計に大きくなり、グルグルグルグルと弧を描く。名前の笑顔も宍戸先輩の笑顔も、名前をみつめる跡部さんの笑顔も、全部俺のことをあざ笑っていたように思えてきてしまった。

身体中を駆け巡るこの感情はなんと表現したらいいのだろう。
『心が焼けるように痛い』
この程度の比喩ではどこか物足りない。いや、この感情をそんな安っぽい言葉で表したくないんだ。


世界が滲んで君が消えた