■ 思いがけないキューピッド

一度助けられてから私は虜になった。


「俺の後ろにさがってな」


仕事の帰り道、人気のない路地裏でタコみたいな天人に絡まれて、ああ私はこれからどうなるんだろうなんて悲観していたとき、目の前に大きな背中が現れたんだ。


一瞬のできごとだった。


数人いたはずのタコはあっという間に倒れていった。

「大丈夫か?」

タバコをふかしながら、たいしたことでもなかったかのように言う。タバコの香りなんてだいっきらいなはずなのに、その時は高級な香水をかいだときのようにクラクラした。


「だ、だいじょぶっ!です!」


思わず噛んでしまったっけ。
私が土方さんに出会ったのはこれが最初。


そこからはもう、私の猛アピールがはじまった。


何度もお礼にという言葉でデートにも誘った(全て断られる)し、私が働いている甘味処でサービス(マヨネーズ大盛り、これには来た)もした。
なのに収穫はなし。私になんて興味もないみたいで正直諦めかけている今日この頃。



「いやよいやよも好きのうちっていいますぜい」

「そんなこと言っても、本当に嫌ならどうしようもないじゃないですか」


この人はパトロールという名のサボリをしに私の職場へやってきた沖田さん。土方さんの部下だ。一度土方さんにくっついてここに来たその日から、私の気持ちを知っている。一目見たときからそうだと思っていたそうだ。まあ隠しているつもりもないし当然といえば当然なのかもしれない。
時々こうやって訪ねてきては、私の相談をきいてくれる。
かわりに甘味をサービスしているんだけれどね。


少し仕事が落ち着き休憩をもらった私は、沖田さんがいるいつもの座席に相席させてもらい土方さんの話をする。


「沖田さんは一瞬で気付いたというのに、どうして肝心な土方さんは気付かないんでしょうか」

「土方さんはああ見えて鈍感なんでさあ」

「誘ったりする度ドキドキして大変なんですよ。なのに軽くあしらわれちゃうんだもん」

「あの人にはまどろっこしいことはききやせんよ。正攻法が一番ですぜ」

「正攻法?」

「気持ちをストレートに言う、とか。そうしないとたぶん気付きもしやせんよ」

「…無理です」


考えるだけで顔が熱くなる。
いくら私が言ったところで、きっと土方さんは私なんて。


「名前は本当はそこまで土方さんのこと好きじゃないんじゃないですかい?」

「そ、そんなことあるわけないですよ!こんなに大好きなのに!そうじゃなきゃ沖田さんが来てくださる度に相談なんてしません!…本当に、大好きなんです」



そう言った私の背後をみて、沖田さんがニヤニヤと笑っている。


私は遅いながらもこの人の作戦に気付いた。


「土方さん、遅かったですねぃ」



後ろから、タバコの香りがする。


私はゆっくり振り向いた。




思いがけないキューピッド
真っ赤なあなたが、そこにいた。