■ 初恋。

ずっと昔、恋なんてなにもわからなかった昔。
ただ無邪気にアカデミーに通い、無邪気に忍とはなにかを学んでいた。

周りの友達はサスケがかっこいいとか、ネジがエリートで素敵、とか。そんな幼い恋心で盛り上がっていた。私はそういった話を聴くのは苦手ではなかった。むしろそんな話をしてくれるときの彼女たちの顔はとても可愛いもので。
恋がなにかは分からないまま、彼女たちに付き合っていた。

「そういえば名前は好きな人いないのー?」

ある時いつものように話をきいていると、いのが尋ねてきた。サスケくんだったらさすがのあんたでも譲れないわよ!なんて宣言されたっけ。


私はあのとき、好きな人なんていないよ。と答えた。


いのはつまらなさそうにしていたけれど、それ以上の答えなんてなかった。なかったんだ。



あれから数年。私たちはもう大人と呼ばれる年齢になった。
長年の恋を叶えた者、初恋とは別の人と幸せになった者、色んな形でみんなが幸せになっていた。

「あんた、まだ結婚しないのー?いい女なんだから幸せになりなさいっての」

母親になったいのと久しぶりにお茶をしていると、急に痛いところをつかれた。そう、私はまだ独身だ。結婚、そう言われたときあいつの顔が浮かんだ。

「なかなか機会が、ね。タイミングを逃しすぎたのかも」

ハハっと笑ってみたけど、いのは面白くなさそうな顔してる。

「あんたさーアカデミーのとき本当はシカマルのことが好きだったんでしょ?ウカウカしてるから取られちゃったのよ。全くバカね」
「え、私そんな風にみえてた?」
「とぼけても無駄よー。あんたの視線はいつもシカマル。めんどくさがりなシカマルも、名前には悪態つきつつも優しかったから両想いだったのかもね。まぁ、そんなあいつももう家庭持ちだものね」


シカマル。さっき頭に浮かんだ人。昔アカデミーの隣の席。だった人。
彼はめんどくさがり屋なところがあったけど本当はすごく頭のいい人だった。
雲の流れを見るのが好きだとか、鯖の味噌煮が好物だとか、そんなことをポツポツと話してくれたのを覚えている。

物覚えが良い方ではないのに、シカマルと話したことは忘れてはいない。



「なあ、名前。お前好きなやつとかいんの?」
「えっ、シカマルからそんなこと話すなんて珍しいね。…んーよくわかんないや」
「そっか、じゃあまあ俺もチャンスあるってことな」
「えーなにそれ!らしくないなあ」




そのときは笑って流したけれど、今思うとあれは告白ととらえてもよかったのではないだろうか。

胸がグッと、苦しくなる。

そっか、そうだったんだ。

「私ってシカマルのこと好きだったんだ」
「もー!何よ!本当にバカねー、テマリさん相手じゃ今更どうしようもないわよー!」
「テマリがなんだって?」
「げ!シカマル!」

いのがテマリさんの名前を出したタイミングで噂のシカマルが茶屋に入ってきた。


「テマリさんって美人だよねって話。シカマル、仕事は?」
「名前も居たのか。俺は今昼休憩中」

それ以上何も言わず、4人がけテーブルに座っていた私の隣に腰を下ろした。私の正面にいるいのは、心なしか落ち着きがない。


「久々に見た2人だな。今日はどうした?」
「名前がいつまでも浮いた話ないから、仕方なく昔話に花咲かせてたのよー。ところでシカマル、あんたアカデミーの頃名前のこと好きだったでしょ?」
「な、いの!そんなこときかないでよ!」
「覚えてねーな、んなこと。でもまぁたしかに名前、お前浮いた話ねぇな。意外と悪くねぇぞ、結婚てのは」
「別にしたくないわけじゃないんだけどね…はは」

あんなにめんどくさがり屋だった彼も家庭をもち、幸せに過ごしている。そんな話は、別にききたくない。

「まったく、また家にいらっしゃいね。色々聞くわよー。あ、そろそろ旦那帰ってくるわ。じゃあここはシカマルのおごりね。それじゃあねー」
「な!いの!…たく相変わらずだな、あいつは」


いのがひらひらと手を振って帰っていった。変な気を使ったんじゃないだろうか。なんだかそわそわしてしまう。

「それじゃあ私ももう帰るね」
「名前、お前今日任務もねぇだろ?家に誰か帰ってくるわけでもねぇし、もう少し付き合えよ」
「なに、嫌な言い方してくれるじゃない」
「…そんなつもりねぇって」


頭をかきながらめんどくさそうに言うシカマル。
シカマルの前には注文した料理が運ばれてきた。ほら、やっぱり鯖の味噌煮。


「こんな風に2人っきりでいるとこ誰かにみられたらまずいんじゃないの?」
「はあ?お前とはアカデミーからの仲だし、名前と2人だからってどうこう言う奴はいねぇよ」
「…たしかにあんな美人な奥様がいる幸せなシカマルと、1人寂しい女な私が一緒に居たところでって感じよね」
「そんな意味じゃねえよ。…昔は名前は引く手数多だったってのに、わかんねぇもんだな」
「何言ってんの、そんなこと感じたこともないわよ」
「あー、それについては謝らねぇとな。俺が邪魔してたんだよ」


やめて、やめてよ。
その先の言葉を遮りたいのに、口は勝手に動いてしまった。


「…どうして?」
「さっきはいのに覚えてねぇって言ったけどな、まあ初恋だ。覚えてねぇわけねぇよ。幼いながらに頑張ってたんだ。今更文句言うなよ?」


初恋。
シカマルも、やっぱりそうだったんだ。
でもこんなに簡単に話してくれるってことは、もうその好きって気持ちはシカマルの中にはこれっぽっちもないってことでもあって。


「…バカ、そんな話しないで、よ」
「は?名前、お前何泣いてんだよ」
「うる、さい。目にゴミが入っただけ」
「…わりい」


気まずそうに、シカマルが言う。
こんな態度とってちゃ、シカマルお得意の「めんどくせぇ」なんて言われてしまう。

「何謝ってんの!ゴミって言ってるでしょ!ほら、早く食べないと冷めちゃうよ。そういえばいのに言い忘れたことがあるの思い出した。やっぱりそろそろ行くね」
「…もう大丈夫かよ。これ、目薬さしとけ」
「ん、ありがとねシカマル。じゃあまた、ね」


自分の分のお代を置いて、席を立った。
きっとシカマルには私の考えてることなんてお見通し。私もさっき気付いた自分の気持ち。一人で抱えていくのは辛かった。


「いの!」
「え?名前?どうしたの、よ…」


家に向かういのに追いつき、どうしようもないくらい悲しい気持ちで彼女に抱きついた。
涙が止まらない私に気付いたのだろう。いのは優しく頭を撫でてくれた。


「…ほんと世話がやけるわねー。ようやくあんたの初恋が終わったのね」
「ごめんいの、もう少しだけ、許して…」
「はいはい、気がすむまでいいわよー」


任務で死にかけたときに助けにきてくれたシカマル。授業サボろうぜって、とっておきの場所に連れてってくれたシカマル。いてほしいときに何も言わずにそばにいてくれたシカマル。そう言えば、私が辛いときはいつもシカマルが手を差し伸べてくれた。握り返した手はあたたかかったっけ。気付かなかったのは私なのだ。自ら幸せを手放したのは。
封じ込めていたような記憶が沢山沢山溢れてきて、いのを解放できるのはもう少し先だな、ごめんね、なんて冷静に考える自分が少し悲しかった。
いの、私の初恋は終わってないよ。


初恋。
こんなことなら気付きたくなかった