■ 受注いたしました!

なにかおかしいとは思っていた。いくら甘いものが好きだからと言ってこの来店頻度はさすがにドン引きだ。いや、お金を払って来てくれている以上ドン引きなんてしてはいけないことはわかっているのだけれど。
それでも流石にどうかと思う。ひどい日は1日に3回来る。朝昼晩、ずっと甘いもの食べてる。身体が心配だ。どうしてこんなに頻繁に来るのだろうか。

「それは名前のことが好きだからネ」

件の常連さんにたまに連れられてくるこの可愛らしい少女、神楽ちゃんに私の思っていることを話したらそんな答えが返ってきた。

「いや、それはないんじゃない?だって銀さん本当にただ甘味食べにきてるだけだよ。私が話しかけても素っ気ないし」
「は〜あの天パ一丁前に照れてるアルな。…ところで名前って彼氏いるの?」
「え、ううん。いないよ。というかこの年までできたことないんだ」
「本当に!?名前可愛いのに世の中の男どもは馬鹿アルな」
「ふふ、ありがとう神楽ちゃん。あ、ごめん呼ばれちゃったから行くね。…はい、よろこんでー!」

もっと話したかったけれど、他のお客さんに呼ばれた私は神楽ちゃんのテーブルを離れる。
はい、よろこんでーなんてラーメン屋さんみたいだなあと働き始めは思っていたけれど、今ではこの返事の仕方が好きになった。ただ「はい」と言うより明るい気持ちになれるしね。

それにしても今日はいつもより少しだけ忙しい。そのまま神楽ちゃんと話せるタイミングは来ず、店は閉店時間を迎えた。
閉店作業を終えすっかり暗くなった外に出ると、電柱に背を預けてこちらを見る神楽ちゃんが立っていた。

「ヨ!名前!」
「あれ神楽ちゃん!待っててくれたの?」
「うん、たまには女2人でゆっくり話そーヨ」

さっきの話の続きもしたかったし、私はその言葉に頷く。
空腹だった私は奢るからと神楽ちゃんをファミレスに誘った。さっきまですごい量のお団子を食べていたけれど、まだ彼女の胃袋には空きがありそうだ。


* * *


「名前意外と食べるんだネ」


注文したハンバーグセットと、別で頼んだポテトを食べる私に神楽ちゃんがそう言う。ステーキにパスタ、私と同じハンバーグセットを食べている神楽ちゃんには敵わないけどねと笑ってみせた。

「…本題に入るアル」

食べ終わった食器を下げられ、ドリンクバーから梅昆布茶を持ってきた神楽ちゃんが真剣な顔で私を見つめる。
その視線がなんだかくすぐったい。

「…銀さんが私を好きなんて信じられないよ。うちの甘味の味が気に入ってるだけじゃない?」
「違うヨ。私分かるもん」
「うーん…分かるもんって言ってもなぁ…」
「おい神楽、こりゃどう言うことだ?」

話の途中不意に後ろから聴こえてきた気の抜けた声に振り向くと、そこには噂の銀さんが立っていた。
していた話が話だけに、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「ぎ、銀さん!こんばんは!」
「お、おう」

パタパタと顔をあおぎながら言うと、銀さんは私のそんな様子にハテナを浮かべながら神楽ちゃんの隣に腰掛ける。

「銀ちゃんなんか臭いアル。私の隣に来ないでヨ」
「お前がサボってる間俺は仕事してたんです!…ったく、わざわざこんな所呼び出しやがって。豪遊しようったってそうはいかねぇ。晩飯抜きにするぞ」
「とっくに名前に奢ってもらって食べたヨ。銀ちゃんもお腹減ってると思って呼んであげたネ。ただしお前は自分で払えヨ」


銀さんは神楽ちゃんの頭をコツンと小突いた。
やれやれと言った様子でメニューを開く銀さん。


「こいつが悪かったな」
「いえ、私が誘ったんです。それに2人で話せて楽しかったし」
「そうヨ!レディーには語らいの場が必要ネ!それに銀ちゃんとの約束も果たしたんだからちょっとは感謝してうぐ!!」

銀さんは今度は神楽ちゃんの頭をガツンと殴った。神楽ちゃんテーブルにめり込んでる…。

「痛いネ!!元はと言えば銀ちゃんが名前可愛い可愛いうるさい上にさりげなく名前に彼氏がいるかどうかきいてこいって言うからヨ!そして彼氏居ないってさ、よかったな!」
「え?」
「ん?…あ」

神楽ちゃんはしまった!というように銀さんを見た。
銀さんは汗を浮かべ、何故かしきりにメニューをめくったり閉じたりという奇行に走っている。
心配して駆け寄ってきた店員さんに「ジャンプ1つ!」と叫び「ありません」と冷たく一蹴され、ようやく銀さんは落ち着いたようだ。

「…」
「……」
「………」

沈黙が気まずい。その空気を作った犯人の神楽ちゃんはいつ頼んでいたのか、運ばれてきた卵かけご飯をもしゃもしゃと食べだした。


「えっと…私明日も仕事なんでこの辺で…」


耐えきれなくなった私が伝票を取り立ち上がった途端、テーブル越しに銀さんの腕が伸びてきて私の着物の裾を掴んだ。

「待て待て、このまま帰したらお前、今後俺のこと避けるだろ」
「そ、そんなことしませんよ!」
「ホントか?こんなガキに彼氏の有無聞かせるような情けねー奴を?」


私は何も言えなかった。決して彼を情けないと思ったらからじゃない。
縋るように私を見る銀さんの目から、彼が私をどう想ってくれているかなんとなく理解してしまったからだ。


「それは別にいいんです。ただ驚いてしまって…私銀さんには好かれてないのかなって思ってたので」
「は?なんでだよ」
「だって普段そっけないし…」
「スミマセーン。卵かけご飯おかわりヨー」
「いや、それはなんつーか」
「スミマセーン!早くしないといたいけな少女が餓死しちゃうヨー!」
「うるせええええええ!!お前よくこの場面でそんな普通に注文できるな!!てかそんだけ食っといて餓死もクソもあるか!!」
「なにヨ。ピーチクパーチクうるさいアル。はいはい、あとは若い2人でよろしくやるヨロシ」


私たちの中で1番若いはずの神楽ちゃんはため息をつきやれやれといった様子で離れたテーブルに移った。
残された私は改めて椅子に座りなおし、銀さんもそれにならい頭をかきながら正面に座る。


「…わりぃ。…あーなんていうかな、さっきの話の続きだが、まあ一目惚れ、っていいますか。俺も初めてなもんでよくわかってません」
「それであんな態度を?」
「…そんな素っ気なかった?」
「はい、だいぶ」


銀さんは苦笑いを浮かべている。あまりにもソワソワしているものだから、こっちは逆に落ち着いて話をきけてしまう。
いつまでも目が泳いでいる銀さんがおかしくって、話しやすいように私から切り出してみた。


「あの、銀さん。私一目惚れされたって言われてとても嬉しかったです。嬉しかったってことは、私も銀さんのこと好きなのかな、と」
「………マジ?」
「大マジです」
「はーーーー、ことごとく情けねー。……名前」
「はい」
「その、今後は俺のかっこいいとこ見せていきますんで、よかったら彼女になってくれませんか」

銀さんってこんな顔するんだ。
口をきつく結び私の答えを待つ彼の姿があまりにも愛おしい。


「はい、よろこんで!」


ペコっと頭を下げてそう言うと、うちの甘味処の常連さんである銀さんはヘラっと笑った。


受注いたしました!
キャンセルは承っておりませんよ