■ 天使に恋をした

暗い夜道を一人で歩く時、誰かとすれ違おうものならこの人は不審者じゃなかろうか!?ってビクビクしてしまう。
一人は嫌だけど、かといって誰にも遭遇したくない!そんな矛盾した気持ちを抱えながら今日も帰路につく。
仕事柄遅くなってしまうことが多く、いい加減この暗さにも慣れなければとは思うのだが根っからのビビリにはそれも難しい。

しばらく歩くと最大の難関、街灯のない道に出た。

「ひい〜…変な人いませんように……ん?」

怖すぎて独り言で気持ちを落ち着かせていると、通り道前方に人影発見。
ドクン、と跳ね上がった心臓を右手でおさえ、そろりそろりと人影に近付く。
あと5メートルで接触する、そこまで来て初めて気付いた。

「な、なんだ〜お巡りさんか!セーフ!」

街灯のない道で出会ったとしても、真選組の制服を着たお巡りさんならば話は別だ。途端に安心した私はホッと胸をなでおろす。
傍にはパトカーが停まってる。見廻りだろうか。

「…変な奴来た」

栗毛のお巡りさんがボソッとそう言う。確かにそうだ。暗闇から急に現れた女がそんなこと言ったら不審に思うに決まってる。
私は誤解を解こうとお巡りさんに話しかけた。

「すみません暗闇怖い怖いって歩いてたら人影が見えたものであれが不審者だったらどうしようかと思ってたらお巡りさんだったんで安心しきってついあんなこと言ってしまいましたすみません」
「逮捕するわけじゃねぇんですから息継ぎくらいしやしょうや」

そこで私はようやくお巡りさんの顔をしっかりと見た。

え、ちょっと、だめだ私。
どストライク。一目惚れしました。なにこれ地上に舞い降りた天使?

思わず見惚れているとお巡りさんが首を傾げた。その仕草もかっこいいですありがとうございます。
暗い夜道歩いた甲斐があったってものだ。こんな人と出会えるなんて。

「…最近ここらで人攫いが頻発してる。こんな夜道歩くんじゃねぇよ。油断した顔しやがって」

いつまでもニヤニヤしている私に呆れたのか、お巡りさんがため息混じりにそう言った。

…え、人攫い?なにそれ!そんなん知っちゃったらもう歩けないじゃない!明日からも通るしかないってのにどうしろっていうの!

「通るなって言われてもこの道が通勤路なんです…」
「もっと明るい大きい他の道はねェんですかィ?遠回りになるとしても」
「ないです…」
「じゃあ迎えにきてもらうとか」
「もっとないです!年齢=彼氏いない歴なんですよ!?」
「なんですよ、って言われてもな」

しまった、いくらなんでも最後のは八つ当たりでしかなかった。恐怖心が爆発しすぎて変なこと言ってしまった。
私は慌てて謝罪し、防犯ブザー買うなりなんなりで気をつけますと伝えた。

「今日は送っていってやるよ。これであんたになんかあったら俺の責任問われちまう」

素っ気なくそう言われたけど、すごく優しいじゃない。なにこの人、最強なの?私の女心盗んじゃうなんて、とんでもない警察官がいたもんだよ。

「またニヤニヤですかィ?変な女」

彼は面白そうにそう言うと私の背中を押しパトカーの助手席に座らせた。後部座席でいいと言ったのに、その要望は聞き入れてはくれなかった。
私は簡単に名乗り、家までの道を説明した。彼は沖田というそうだ。沖田さん、名前までかっこよく感じてしまう。

「名前さん、あんたなんで何回もニヤニヤしてたんですかィ?」
「え、あ、それは…」

車が発進し安心していた時、突然そう聞かれた私は言葉が出なかった。
あなたがかっこよくて素敵すぎたんです、なんて言える訳がない。

「まさか、俺に見惚れてたりして」
「…は、ま、まさかあ!そんなわけ!」
「顔真っ赤ですぜィ」
「う……」

ひいい、罰ゲームでしかないじゃない!
こんな平凡な女が、こんなイケメンに見惚れてたのがバレるなんて!
沖田さんは面白そうにニヤついてるし!なんだ!言われ慣れてるのかその余裕!

「見惚れてもいいじゃないですか!あ、吊り橋効果ってやつですよ!恐怖心を恋愛のドキドキと勘違いしてしまうっていうアレ!」
「ほー、吊り橋効果ねぇ」

まるで誤魔化せてない。こうなればもう言ってしまえ。どうせ今日限りの縁だ。
私は思い切って沖田さんに伝えることにした。

「沖田さん」
「おう」
「ひ、一目惚れ、しました……」
「…俺に?」
「…沖田さん以外いないじゃないですか」

確かにそうだ、と言った沖田さんは片手を顎に添え、何かを考え出した。

「あの、沖田さん。そんな考え込まなくても…別に私あなたとどうこうなりたいわけじゃないので…」

黙り込んでしまった沖田さんに思わずそう言ってしまった。
そりゃ付き合えるなら万々歳ですよ!けれど、こんな素敵なひとに良い人がいない訳がない。

人生初めて告白のようなものをした私はそれだけで満足し、次の道左でお願いします、と家までの道を案内した。
沖田さんみたいな良い人と知り合えただけで良い日だったな。また見廻りの途中で会えることがあればいいな。

「本当に助かりました。明日からは防犯対策バッチリで仕事行くようにします」

パトカーから降りた私は沖田さんに深々とお礼をした。せめて車が出るのを見送ろうと思いその場で待機するが、一向に出発する気配がない。
気になった私は助手席の窓から運転席を覗き込む。ちょいちょい、と沖田さんに手招きをされ、不思議に思いながらもまた助手席のドアを開けた。

「どうしたんですか?」
「名前さん、明日からも俺が送りやすよ。どうせしばらくはあの辺りを見廻りしてるだろうし」
「え、でも…」
「あんたも嬉しいだろ?一目惚れの相手と帰れるなら」

様子がおかしい。なんだこれ。何を言われてるんだ。

「勘違いしちゃいけねェ、俺は別にあんたのこと好きじゃありやせんよ」

沖田さんがニヤリと笑いこちらを見た。

「普段なら告られてもなんとも思わねェ俺が興味持ったってだけですげェんだ。まあせいぜい頑張って落としてみてくだせェ。俺とどうこうなりたい訳じゃねェなんて言い訳してんなよ」


コツン、と額を小突かれた私は固まった。
また明日な、なんて強気に言われ、私は情けなく「はいぃ…」と返事をすることしかできなかった。


天使に恋をした、否、私は小悪魔に恋をしてしまったようです。