■ だからわたしのものになれ

カカシという銀髪の上忍がいる。年は私よりも下だが、なにより優秀で周りからも一目置かれている。私も一応上忍ではあるが、カカシほど優秀ではないし歴で言えば後輩の立場だ。
忍の世界では年下が先輩になること自体は別にそんなに珍しくない。力がものをいう、それが普通だ。

それなのにこいつは、いつまで経っても私に敬語を使う。


「名前さん、今日も俺とツーマンセルで任務です。よろしくお願いしますね」
「…いい加減敬語はやめてくれ。年上と言えども私は後輩だ。堂々と振舞ってくれていい」
「いやいや、そんなことおっしゃらずに。第一名前さんだって俺に敬語使わないでしょ?俺が年下だから本当は俺のこと先輩として見てないんですよ」
「そ、そんなことはない。…でもたしかにそうだな、自分から言っておきながら申し訳ない」
「謝ることはないですよ。というわけで俺の敬語はなおりません。さ、任務に行きましょう」


いつもこうだ。本当はもっと親しくなりたい。私は忍としてカカシのことを尊敬している。どうすればもっと立派な忍になれるのか、どうすれば仲間に恐怖を与えず絆を築いていけるのか。彼は、私にはないものを全て持っている。
強さが全てだと思っていた私は周りの人間を大切にできていなかったのだろう。女であるという理由で舐められたくもなかった。その結果、強くはなれたが孤立することが多くなってしまった。お陰で任務も私を特に怖がらないカカシとばかり組まされるのである。しかし、彼とは忍としての相性もいいしなにより確実に任務を遂行することができるので助かってはいるのだ。
そうは言っても、いつまでも彼としか組めないままで良いのだろうか。女を捨ててまで得たかった強さとはこれで良いのだろうか。


「…私は生き方を間違えてしまったのかもしれないな」
「突然どうしたんです?」


任務内容にあった人物を軽々と撃退し予定よりも早く木の葉に戻る道すがら、思わず本音が漏れる。


「いや、私のことを恐れる同胞は多いだろ?だからこうやってカカシとばかり組まされるわけだが、いつまでもそうしていていいのかと思ってな」
「…名前さん、時間もありますし少し寄り道していきませんか?ちょっと話でもしながら」
「え、いや、別に悩みを聞いてほしかったわけじゃないんだ。私ももう少し周りを大切にしなければと思っただけだよ」


こうやって相手を思いやれる心が大事なのだろう。自分の強さにかまけて慢心するのではなく、いつまでも謙虚な姿勢でいなければきっと本物の強さは手に入らないんだ。


「俺が個人的に名前さんと話したいだけですよ。ね、行きましょ?」


そんなことを言われたのは初めてだったものだから、思わず動揺して首を縦に振ってしまった。



「…綺麗な景色だな」
「そうでしょう。お気に入りスポットなんです。他の奴らには内緒ですよ」


連れてこられたのは木の葉が一望できるほどの高い木の上だった。ちょうどいい太めの枝に腰掛けると、カカシは私の右隣に座った。


「あの、俺名前さんに謝らなければならないことがあります」
「なんだ?別に何かされた覚えはないが」
「名前さんは周りに恐れられてるから俺とばかり組まされると思ってたんですね。いや申し訳ない。それ、俺がただ火影にわがまま言ってそうしてもらってただけなんです」


今の私の顔を表現するならそう、ポカーンという言葉がぴったりだろう。
こいつは何を言っている?


「俺、ずっと貴女のことを尊敬していました。初めて一緒に任務についたとき貴女の強さに驚かされ、場数をこなすうちに女性としての貴女に惹かれていきました」
「な、ななななな!なんだ急に!」
「名前さんと他の奴らが一緒にいるのが、たとえ任務だとしてもどうも耐えられなくなったんです。それで、火影にちょいと頼んだってわけですね」
「いや、だから!どういうことだそれは!」


顔が熱くなっていくのを感じる。カカシが言わんとしていることは恐らくわかっている。いやしかし、そんなことがあるのだろうか。


「そもそも里の者たちは皆貴女を尊敬しています。恐怖ではなく憧れから、貴女に近付き難かっただけですよ。俺のせいで勘違いさせてしまってすみません」
「そ、それが本当なら非常に嬉しい。しかし火影様がそんな願いきくわけないと思うんだが…」
「まあ火影だって人の子。気まぐれに他人の色恋に協力することだってありましょうよ」


いつものように気の抜けた顔で話すカカシのせいで、今話していることが本当なのか嘘なのか判断できない。
でももし言っていることが全て本当なら、なんと私にとって幸せなことばかりなのだろうか。
そしてこの胸の高鳴りはなんなんだ。私は、忍としてカカシを気にかけていたのではないのか?私は…そうか、女として…


「名前さん、俺のこと先輩としてみる必要はありません。ですが、男としてみていただくことは可能でしょうか」


こちらを見つめ、何故か普段絶対に外すことのない口元のマスクを首までずらしている。こ、こいつこんなにも整った顔してたのか…じゃなくて。


「お、お前がそんな風に想ってくれていたとは知らなかったよ。…私はこの年まで色恋にうつつを抜かす暇はなかったし修行ばかりしていた面白くない女だ。だがな、一応年上ではあるから私にもかっこつけさせてくれ。私も、その、なんだ…カカシのこと、が」


気付くとカカシの顔が目の前にあった。唇の柔らかい感触は初めての経験で、私の思考をショートさせるには十分だった。
カカシは私がどう答えるか予測していた上でマスクを下ろしていたのか。なんて奴だ。


「か、カカシ!そういうのは最後まできいてからにしてくれないか!」
「すみません、つい嬉しかったもので」
「にしてもだな!私にだって心の準備というものが…」
「名前」
「!?!?」


急に呼び捨てにされ、両肩をつかまれた。


「俺は名前のことが好きだ。だから俺のものになれ」
「……は、はいぃ」


私は女を捨てきれてはいなかったのだな、と再び襲ってくる唇のあたたかさを感じながら思い知った。
こう言ってはなんだが、私は意外と乙女だったのかもしれない。



だからわたしのものになれ
いつもより遅い私たちの帰還に、火影の口元がニヤリと動いたのを見た。