良薬は口に甘し

 ピーク時間が過ぎ店内が落ち着いた頃、カウンターの上の電話が鳴った。小一時間もすれば閉店時間だというのに、注文だろうか。疑念を抱きつつ電話を取る。

「お電話ありがとうございます。甘味処――」
『よォ名前、俺だ』

 店名を言う前に『俺だ』と名乗った相手の声に聞き覚えがありすぎた。一瞬黙り込んでから「お掛けになった電話は」と続けると、再び言葉を遮られる。

『おいおい、仮にもお客サマにそんな態度とっていいわけ?』
「無銭飲食をする輩はお客とは言わない」
『それはあれじゃん、出世払いに期待しとけって言ってんじゃん。投資だと思ってくれればいいから』
「……糖尿病まっしぐらのお先真っ暗な未来に投資はさすがに無理があるよ銀時。それと前から言ってるけど、うち出前はやってな、」
『さすが名前ちゃん、話が早くて助かるわ。団子と饅頭よろしく』
「だからやってないって言ってんだろォォォ!!!」

 常連客である銀時から電話が来るようになったのはいつからだったか。
 ある日突然、今のように店に連絡をしてきた彼は「団子を買ってきて欲しい」と言った。深いことは考えず、二つ返事で了承したのが最後、彼は事あるごとに団子や饅頭といったものを買ってこいと言うようになったのだ。しかもツケで。さすがにツケは嫌だからいつも立て替えてるけど。そして立て替えた分は返してもらってないけど。

『あと一時間もすりゃおまえも上がるんだろ? 仕事帰りにうちに寄るんだから、出前じゃなくね?』
「ちゃっかり仕事帰りの予定決められちゃったよ」
『最近寒すぎて敵わねェよな。おかげでこたつから出られなくてよ、困ったもんだ』
「働く気ゼロだなマジで」

 ここで私が銀時の元へ行かなければ、甘味を持って行かなければいいのだが。惚れた弱みとでも言っておこうか。どうしても断る事ができず、今日も今日とて万事屋に出前に行くことになった。どうしてあんな万年金欠男が好きなのか、自分でもよく分からない。

***

「名前の好きなものでいい」

 銀時にどの甘味を買っていけばいいか問えば、そう返された。暗に、万事屋に上がっていけと言われている気がして、少し浮き足立った。あの天パ、何気に天然タラシなんだよなこのやろう。
 いつもより速い歩調で万事屋に向かっていると、スナックお登勢の前で神楽ちゃんと会った。どうやらこれからお妙ちゃんの所へ行くようだ。

「――それじゃあ神楽ちゃん、これ持って行って」
「マジでか! こんなにいいアルか?」
「いいのいいの。元々神楽ちゃんと新八くんの分も買ってきたんだから。お妙ちゃんと三人で分けて食べて!」

 二人の分が入った袋を手渡すと、神楽ちゃんはとても嬉しそうな顔を浮かべた。満面の笑みでお礼を言ってから、定春に乗って去って行く神楽ちゃん。
 新八くんももう帰ってるとすれば、今万事屋にいるのは――銀時一人?
 そう考えたら急に顔が熱くなった。恋する乙女、なんていう歳でもないだろ、と自分にツッコミを入れてから、意を決して万事屋への外階段を上がる。

「――おう、来たか名前」

 呼び鈴を鳴らして銀時に出迎えられる。早々と甘味を差し出し、踵を返した。うん、さっさと帰ろう。なんで上がる気満々でいたんだ。はっきりと誘われたわけじゃないし、仕事帰りで汗臭いだろうし、服は制服のままだしと内心で言い訳をしつつ、立ち去ろうとした……のに。

「せっかく来たんだから寄ってけよ」

 腕を掴まれ、呼び止められてしまった。寒くて敵わねェとか言ってたくせに、素足のまま玄関先まで出てきている。そういう些細なところも女は見逃さないですよ銀時さん。なに? わざとやってんの? ちょっときゅんとしちゃったじゃないかチキショーー!

 そんなこんなで、私は無事万事屋のKotatsuにインしました。あんなことされて帰れるほど私のハートはストロングではなかった。なんか気が動転してルー大柴みたいになってる。そういえば最近、ルー大柴見なくなったな。

 普段なら居間に設置されているテレビが、こたつのある和室に移動されている。完全に廃人部屋……いや、冬仕様に模様替えしたようだ。私が部屋を見回している間に、銀時はこたつの上に置かれたビニール袋からガサガサと音を立てながら好物を出して、どれから食べようか悩み始めた。その行動の早さに小さく笑いつつ、私もこたつに入った。

「これとこれは新作か?」
「うん、先週出たばっかりだよ」
「マジでか。すっげー美味そう」
「でしょ? こっちは今一番人気なんだ」

 甘いものには真摯に向き合うのが坂田銀時という男である。私の話を聞く彼の目つきは、いつにも増して真剣だ。
 一番人気である新作の饅頭から食べると、銀時が饅頭を手に取ったその時。ふと部屋の端に置いてある大きなグラスが目に入り、私は思わず首を傾げた。
 あの形状は、パフェグラスか? しかもご丁寧にパフェスプーンもささってるしグラス汚れてない? 完全にパフェ食してるよねこれ?

「――ちょっと待った!!」
「うぉ!? ちょ、てめっ名前! 饅頭返せ! もうそれを食べるって決めたんだよ! 口ん中がもう饅頭なんだよ!」
「口の中が饅頭ってなに!?」

 饅頭が銀時の口に吸い込まれる直前で、私はこたつの上に身を乗り出して饅頭を取り上げた。銀時はぶすっとした顔で口を尖らせている。

「ちょっとちょっと、なんなんですかァ〜なんで俺の饅頭取り上げてんですかァ〜」
「なんであそこに使用済みのパフェグラスがあるんですかァ〜」

 銀時の口調を真似して、パフェグラスを指す。グラスを一瞥してから銀時は「待ちきれなくてさっき食べた」とあっけらかんと言い放った。いや、どう考えても糖分の取り過ぎだろう。

「糖分取りすぎって医者に言われてるんでしょ? さすがに食べ過ぎじゃない?」
「それいつの設定? すっげー初期の頃のこといつまでも引っ張ってんじゃねェよ全く」
「ちょっとなに言ってるか分かんない」

 いつの間にか取り上げた饅頭は銀時の元に戻っていた。銀時は一口でそれを平らげると「うめぇ!」と声を上げてから嬉しそうな表情を浮かべた。
 どんだけ甘いものが好きなんだよ。心中で呆れつつ、嬉々とする彼を見ていたら何も言えなくなってしまった。

「……って! こらああ何しれっと二つ目の持ってんの!!」

 ぼーっと銀時を眺めていたら、極々普通に二つ目の饅頭を手にした銀時。思わず腕を掴んで制止した。

「うちの店のもの食べて死なれたら困るから、もうやめて明日にして!」
「いやいや、糖尿病ってンなすぐ死んだりなんなりするわけじゃねーから」
「そんなの分かんないじゃん! それ食べた瞬間血を吹き出して倒れるかもしれないじゃん!」
「それなんて病気!? 饅頭に毒でも盛ってんの!?」

 健康でいてほしいという私の気持ちが上手く伝わらない。ストレートに言えばそれが一番いいのだろうけど、銀時相手だとどうも空回ってしまう。本当に病気になったらどうするつもりなんだ。
 どうにかこうにか二つ目の饅頭を取り上げることに成功した。銀時がぶつくさ文句を言っている。

 彼は定期的に糖分を摂らないとイライラしてしまうらしい。だからうちの店にも通っている、と以前に聞いたことがある。気持ちが分からなくもないけれど、何事にも限度というものがある。甘味以外にストレス発散出来るものはないのかと、今更ながら思考を巡らせていると。
 ガサゴソ。銀時がうつ伏せになり半身はこたつに入った状態で何かを探している。よく見ればこたつから出なくてもいいように、手の届く範囲に物が置かれているではないか。本当にこたつから出てないのかこいつ。
 これはまた立て替えた分のお金貰えなそうだな……仕事やってなさそうだし。あさっての方向を見つめ、内心でぼやいてから再び銀時に視線を戻すと、彼は何かを読み始めていた。手元の雑誌を覗き込むとそれは、

「……エロ本かーーい!!」

 エロ本でした。

「名前のせいで糖分摂れねェからエロ摂ろうかと思って」
「エロ摂るってなに!? 初めて聞いた!」

 何故目の前でエロ本を読まれなくてはならないのか。なんか腹立つんですけど。
 ツッコミを入れた勢いのままエロ本をひったくるようにして取り上げ、ゴミ箱に投げつけた。エロ本は見事にゴミ箱にイン。スカッとした私の横で銀時が叫んでいる。

「おいいいい!! 何してんだ! おま、さっきからなんなの!?」
「それはこっちの台詞ですうう!! 目の前でエロ本読まれる身にもなってみろ!!」
「あ、名前も一緒に読みたかった?」
「読・み・た・く・な・い!!」
「……はァ。ったく、甘いものとエロが摂れなくてイライラするわ。どうしてくれんだ名前」
 
 これだけ堕落した生活を送っているのに、どこでストレスが溜まるのか。何に対してのイライラなんだそれは。とは口には出さず、小さく溜息を零すに留める。なんだかどっと疲れたぞ。
 もう帰ろうかなと思い始めた時、銀時は何か閃いたようで「いいこと思いついた」と言った。

「いいこと?」
「甘いものとエロの同時摂取できる方法」

 そんなものある? 銀時の謎の思いつきに思考を巡らせていると、相手はこたつから出て何故か私の隣に腰をおろした。不思議に思ってそちらに顔を向ければ、間近に銀時の顔があった。

「ど、どうしたの銀時」
「そろそろさ、俺も前に進みたいなーなんて」
「……こたつから出ただけですごく前進したんじゃない?」
「どんだけ廃人だと思われてんの俺。さすがにこたつから出るくらいは出来るわ」

 そうじゃなくて、と前置きをされてからさらに詰められる距離。

「――目の前にとびっきり甘ェもんがあるのに、これ以上我慢すんのキツイんですけど」

 少し掠れた声が鼓膜を震わせる。銀時の瞳に吸い込まれそうな錯覚に襲われた。
 言葉の意味を考える間もなく、唇から体温を感じ、同時に柔らかな感覚を覚えた。

 ……ああもう、どうにでもなれ……!

 それに応えるように、銀時の首に腕を回せば、するりと口内に舌が侵入してきた。
 そのとびきり甘い感覚に、頭も、体も、あっという間にとけていった。




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