Nameless Girl [ 93/110 ]

周辺に居た海兵さん達は、ジャンバールさんと男の人を追っていった。
騒がしい戦場にぽつんと1人になったところで、私はやっと先ほどのジャンバールさんの行動の意味に気づく。
ぜ、全然お礼も言えなかった…。
でも、追いかけることもできないし、ここで後悔しても何も始まらない。
とりあえず、オークション会場に入ろうかな。
中には天竜人も居るから建物に砲撃するなんてことはしないはずだし、ここより安全だよね。

ジャンバールさん達が去っていった方を気にしつつ、私は移動を始めた。
周囲は砲撃のせいか土煙がひどく、靄がかかったようになっている。
でも、建物から離れなければ、入口に行くのはきっと簡単だ。
幸いにも、この視界の悪さと気配の薄さが私を守ってくれているようで、海兵さん達はすれ違っても私に気づかなかった。

「アレー?キャプテーン!どこー!?」

もうすぐ入口かなと思っていたところで、緊迫した状況にそぐわないのんびりした声が聞こえてきた。
その声は「キャプテン」と繰り返しながらこちらに近づいてくる。
さっきまでと同じようにやり過ごせばいいと思っていた私は、現れた影の大きさに驚いた。
普通の人より二回りも大きい。
オレンジ色のつなぎのような服を着たその人は、正確には人間ではなかった。
もこもこの白い毛に覆われた顔が、きょろきょろと周囲を窺っている。

「おかしいなー。こっちじゃなかったのかな…」

白クマというのが相応しい容貌の彼は、困ったような表情で呟いている。
キャプテンっていう人を探しているのかな。
そういえば、ジャンバールさんって「キャプテン・ジャンバール」って呼ばれていたよね。
ジャンバールさんの仲間なのかな?

そう思いながらも、私は白クマさんを避けるように距離を取った。
ジャンバールさんのことを教えてあげた方がいいのかもしれないけど、「案内してほしい」と言われると困っちゃうし…。
あのクマの酷い人には、再会しない方がいいと思うし。
さっきの海兵さん達みたいに、こっそりとすれ違おう。

静かに移動してもう大丈夫かなと思った時、白クマさんの近くに海兵さんが現れた。
白クマさんは「邪魔するな!」と言い放ったかと思うと、素早い動きで海兵さんを倒してしまう。
さすがクマさん、すごく強い。
足を止めて感心していると、今度は白クマさんの背後から海兵さんが飛び出してきた。
白クマさんが振り返る気配はない。
考える前に、私は大きな声を出していた。

「あっ、危ない!」

私の声に反応したのか、白クマさんは予備動作もなしに高く跳び上がった。
白クマさんは宙でくるくると回転したあと、その勢いのまま海兵さんに一撃を食らわせる。
そして、海兵さんが倒れるのに目もくれず、警戒心も露わに叫んだ。

「誰!?どこにいるの!?」

カンフーのような構えをしたまま、白クマさんは視線を巡らせる。
に、逃げた方がいいかな…?
そう考えた私が一歩引いた瞬間、丸い耳がピクっと動いた。

「そこだァ!」

オレンジの巨体が弾丸のように迫ってくる。
慌てた私は足をもつれさせて後方に倒れた。
尻餅をついた瞬間、ポケットの中で何かが弾ける。
あ、煙星!入れっぱなしだったんだ!

白い煙がぶわっと広がって周辺を包み込んだ。
「何コレ!?」という白クマさんの声に続いて、複数の戸惑いの声が聞こえてくる。
近くに海兵さんがいたみたいだ。
軽く咳き込みながら状況を把握し、とにかくこの場から離れなければと立ち上がる。

後ろから腰をホールドされたのは、その時だった。
振り返ると、視界いっぱいに元気なオレンジ色が広がる。
さっきの白クマさんだとわかった時には、もう足が地面から離れていた。
白クマさんは私を小脇に抱えたまま、素晴らしいスピードでその場を離れた。
私は咄嗟にバッグを手繰り寄せ、中身が飛び出さないように抱きしめる。
頬に風を感じながら見上げると、つぶらな瞳と目が合った。

「ありがとう!」

開口一番にそう言われ、にこっと笑顔まで向けられて私は戸惑った。
疑問符を浮かべた私に、白クマさんはおや?と首を傾げる。

「助けてくれたんでしょ?声かけてくれたのも、煙幕も、君じゃないの?」
「あ…一応、私です。両方とも」
「やっぱり!目くらまししてくれて助かったよー。囲まれてたなんて気づかなかった」

白クマさんは、にこにこしながら再度「ありがとー」とお礼を言ってくる。
声をかけたのは助けるためだけど、煙星は暴発なんだよね…。
ウソップさんに「ポケットに入れて尻餅つくなよ」って言われてたのに、それをそのままやっちゃうなんて間抜けにもほどがある。
正直、穴があったら入りたい気分だ。

がっくりと落ち込んだ私に首を傾げながら、白クマさんは軽い身のこなしで戦場を駆け抜けていく。
あれ?そういえば、このクマさんはどこに向かっているんだろう?
はっとして顔を上げた時には、建物からもう随分離れていた。
慌ててて話しかけると、白クマさんは私に視線を合わせてくれる。

「あの、私…!」
「知ってるよ。君、人攫いに遭ってオークションに出されるとこだったんでしょ?」
「え?そ、そうですね…。間違ってはいないです」
「やっぱりね!舞台袖から出てきたから、そうだと思ったんだ!売られそうになってたんなら、行くとこないよね?」
「いや、その…」
「だよね!じゃあ、とりあえずおれの船に来なよ!助けてもらったお礼するから!」

白クマさんは私の返事を聞く前にそう言って、1人でうんうんと頷きながら納得した。
何度か「違います!」と叫んだけど、ちょうど良く爆発があったり海兵さんが襲ってきたりして全く聞いてもらえない。
「そうだ!」と顔を向けられてチャンスだと思ったけど、先に自己紹介をされてしまった。

「おれ、べポ!君は何ていうの?」

特徴的な名前を聞いた瞬間、脳裏を白クマさんの情報が駆け巡っていく。
こ、このクマさん、さっきのクマの酷い人の仲間だ!
船に連れて行かれるのはマズい!すごくマズい!

「名前、教えてくれないの?」

慌てる私に、べポさんがしょんぼりした顔で言う。
そ、その顔は反則ではないかな…。
すごく良心を刺激されるんですが…。

「…**と申します」
「**かぁ!良い名前だね!」
「それほどでもないです」
「ううん、素敵だよ!よろしくねー、**!」

明るい声で言いながら、べポさんは迫り来る攻撃を躱すために高く跳んだ。
その身体がくるくると回転するのに合わせて、私も当然振り回される。
ウォーターセブンでカクさんに運んでもらった時とは、また違うスリルと遠心力だ。
何度か繰り返されると、さすがにちょっと気分が悪くなってきた。
段々と力をなくしていく私が気になったのか、べポさんが顔を覗き込んでくる。

「どうしたの!?顔が青いよ!大丈夫??」
「すみません、吐きそうです…」
「どこか悪いの!?もうちょっとの我慢だよ!キャプテンに追いついたらすぐ診てもらおうね!」
「み、みてもらう…?」
「キャプテンはすごいお医者さんなんだ!トラファルガー・ローっていうんだよ!知ってる?」

クマの酷い双眸と一緒に、ローさんに関する記憶が思い出された。
その衝撃で気持ち悪さが加速してしまい、私は思わず口元を押さえる。
それを見たべポさんは「うわァァ!キャプテーン!どこー!」と叫びながら速度を上げた。

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