あなたがいない時間が苦しい




 ごめんね、お茶子ちゃん。
 取り乱してしまった不甲斐なさから謝罪の言葉を口にすると、お茶子ちゃんは「大丈夫だからね!」と拳を作って笑顔を見せた。こんな状況でこんなに強くいられるなんて。可愛いのに、とってもかっこいい。……本当は、私と同じくらい、とても怖いはずなのに。ぎゅっと力強く握られた手は、微かに震えていた。
 ゼログラビティという個性は、その性質上、無防備な状態で対象に極限まで近付かないといけない。お茶子ちゃん自身が立てた作戦とはいえ、彼女だけに負担を掛けすぎじゃないだろうか。そうは思えど、私じゃお茶子ちゃんの変わりはできない。出来る事は、たった一つ。

 ひとり戦線から離脱することを最後まで迷っていた飯田くんは、それでも障子くんが身体を張って作った隙を見逃さなかった。後ろ髪を引かれる思いを振り切り、出口までものすごいスピードで駆ける。
 だけど、敵の方が僅かに行動が早かった。出口前に回り込まれてしまって、それでも飯田くんはスピードを落とさない。その眼前に、霧の敵が迫っていた。時間がない。けど、私なら多分、いや、絶対に防げる個性だ。お茶子ちゃんが私に触れる。フワッと身体が宙に浮いた。

「砂藤くん!私を飯田くんのところまで思いっきり投げて!」

 突然の申し出に、だけど砂藤くんは私の意を汲んでくれた。躊躇うことなく「おう!」と応えた砂藤くんは、大きく振りかぶって、飯田くんがいる出口方向に思いっきり投げた。私と飯田くんの距離は、あっという間になくなっていく。

「いっ、飯田くん!受け止めてぇ!」

 体感したことのない速度に襲われ、思わず目を瞑る。はやい!こわい!飯田くんがちゃんと受け止めてくれたおかげで、どん、と受けた衝撃はすごかったけど、痛みはない。お茶子ちゃんの個性のおかげで、飯田くんに抱き抱えられても負担は全くないようだった。身を乗り出し、すぐ目の前で霧散していく敵との間に膜を張る。

「飯田くんには助けを呼んでもらわないといけないんだから!ジャマしないで!」

 お茶子ちゃんの予想通り、霧状の身体は膜によって防がれていた。一瞬のことだ。するんと敵の身体をすり抜けて、出口までうまい具合に距離を詰めることが出来た。
 飯田くんからぱっと離れると、お茶子ちゃんの個性が解除された。重そうな扉に手を掛けながら、飯田くんは私に声を掛ける。

「すまない!みょうじくん!」
「ううん!絶対先生呼んできてね!お願いね!」
「任せてくれ!」

 壁のように反り立つ扉を力いっぱいに押して、できた隙間から飯田くんは脱出した。風のように走っていく飯田くんを見送ってから、同じように力を込めて扉を閉める。
 これで、大丈夫。あとは、先生たちが来てくれるのを待つだけ。あと少し。あと少し頑張ったら。
 飯田くんを追って外に出る敵がいないように、扉の前に立つ。霧の敵が、少し離れたところで揺らめいた。ごくりと息を呑む。ここは、絶対に通さないから!

「なまえちゃんに近寄らんで!」

 背後からお茶子ちゃんが敵の身体に触れ、勢いよく上に投げた。引力を無効化するという個性によってふわりと浮いた実体らしい部分。それに引きずられるようにして、黒いモヤも宙高く舞う。
 これもお茶子ちゃんの作戦だった。あんな服来てるってことは、あの部分は実体なんじゃないか。それなら、お茶子ちゃんの個性も通用する。なにからなにまで、彼女の想像通りだったんだ。
 なるほどな!と、更に瀬呂くんがコンボを繋げるみたいに、彼の個性のテープで扉から離れた方に飛ばしてくれる。なす術なく遥か遠くへ追いやられた霧の敵。あれだけ離されればもう大丈夫だろう。なんとか危機は脱したようだ。
 へたりと扉前で座り込んで、はぁーっと長く細いため息を吐く。よかった。敵の個性を防げた。飯田くんを、逃がすことができた。私、少しは役に立てただろうか。
 お茶子ちゃんが「大丈夫?」と駆け寄ってくれて、へらっと笑って返す。こんなところで座り込んでたら他の人に心配かけちゃう。膝を立てて、脚に力を入れ、よっこいしょ、なんておばあちゃんのような掛け声を発した。身体を起こそうとして、だけど身体は数センチ浮いただけで重力に逆らえず、ぺたっと尻餅をつく。膝は痙攣を起こすだけで、立つことができない。え?なにこれ。

「お?みょうじ腰抜けたんか?」
「怖かったもんね…。でもすごかったよーなまえちゃん!」
「すげかった!みょうじの個性やっぱつええな!」

 瀬呂くんが「イェーイ!」なんて明るい口調で手の平を私に向けた。私は褒められたのが嬉しくて照れてしまって、それでも差し出された手をぱちんと弾く。お茶子ちゃんにも同じように手を出すと、彼女も笑顔で叩いてくれた。

「お茶子ちゃんのおかげだよ!ありがとう!ほんとお茶子ちゃんがいてくれてよかったー!」
「そうそう、麗日もかっこよかったぜ!一人飛び出した時はどうしようかと思ったけど!」
「えへへ……お役に立ててよかったです」

 障子くん、砂藤くん、芦戸さんとも親指を立てて取り敢えず助けを呼べたことを喜び合う。13号先生は相変わらず重傷みたいだけど、それでもホッと一安心しているみたい。プロヒーローである先生に「みなさん、お疲れ様でした。ありがとう」と声を掛けられて、なんだかとてもすごいことをしてしまったような気がした。

 相変わらず他のみんなと合流は出来てないけど、プロヒーローの先生が来てくれたら大丈夫。きっと、私たちみたいに敵を撃退しちゃってるよ。みんな強いもん。無事だよね。大丈夫だよね。

(早く、電気の顔がみたいよ、)

/ 戻る /

ALICE+