あの子の気持ち




※上鳴視点。前回のお話のちょっと前。



 黒板にチョークを削りつけていく独特の音が、教室に響く。

 肘をつき、態度悪く授業を聞いてみても脳みそには何も刻まれない。相澤先生の話す授業内容も、右耳から頭を素通りして左耳へ抜けていってるよう。ぼへっと間抜けにも開いた口からは、長く薄いため息が、はーーーーー……と吐き出されるだけだ。

 本当はずっと前から、ずっと好きだったんだ。

 なんて、そう言えたらどんなに楽だろう。幼なじみという曖昧で微妙な関係は、そんな一言でもあっさりと終わりを迎えちまうんだろうな。
 USJのアレからこっち、なんだか以前にもましてなまえのことが頭に浮かぶ。多少のことなら慣れてしまった。だって、片想い歴何年だと思ってんだ。何年こうやってこじらせてると思ってるんだ。表には出さない、気付かせないような態度は、学校生活に於いて必要不可欠であるから、そんなの、とっくの昔にマスターしてしまった。それが、多少、じゃなくなってしまったから、俺はこうして悩んでいる。

 自分の好きな人が、自分以外の異性をデートに誘っていたら、どう思うだろう。

 俺は、ヤキモチ妬いたり、ショック受けたり、そういうのが当たり前だと思っていて、だからこそそういうリアクションを全く見せなかったなまえは、「ああ、俺のこと好きって言うのは幼なじみとして、友人としてなんだ。男として好かれているわけではないんだ」って思った。中学二年のことだった。そりゃもうショックで、なんかもうやるせない気持ちでいっぱいになったのをよく覚えている。

 前に麗日にデートの誘いをしてみた時に、切島と梅雨ちゃんがこんなことを言ってたと思う。ええと、正確じゃないかもしれないけど、やれ「軽い」だの「好きな女子は一人に絞れ」だの「切り替えが早い」だの「よくなまえは我慢してられるよな」だの。

 軽いわけじゃないんだ。次を見つけないと俺、永遠になまえのこと好きでいちゃいそうで。叶わない恋に一生焦がれていそうで、怖いんだよ。そんなの、辛いだけだ。

 好きな女子なんて、ずっとなまえ一人だけだ。それでも他の女子に声を掛けてみたのは、ヤキモチ妬いて欲しかった。俺のこと好きなんだって、確証が欲しかった。それだけなんだ。

 切り替えが早いなんてとんでもない。だって物心ついた頃から一緒にいて、仲良くして、気が付いたら好きだった。ほんと、生まれてこの方ずっとなまえのことしか見てねぇよ。

 それになまえは、我慢なんてしてないんだ。俺のこと、ほんとにただの幼なじみとしか見てないから。だから俺が他の誰と付き合ったって、きっとなんとも思わない。思って、もらえない。

 切島たちに言われて、でも自分の本音をぶつける気にはなんなくて、はぐらかした。何にも知らねぇくせに、勝手なこと言うなって思った。そうしたらなんか辛くなってきて、なまえの顔あんまり見たくなくなって、あ、やっとなまえのこと諦められるんかなって思った。
 早くさっぱり片想いを諦めて楽になりたいなぁって思ってたら、そう、あの日だ。あの、警報鳴った日。「最近みょうじと話せてねぇの俺のせい?」なんて変に気を回してきた切島が、たまには三人でメシ食おうぜなんて言い出した。俺は全然乗り気じゃなくて、でも切島が勝手になまえ誘って、ごはん行こうとしてたから、仕方なくついて行ってやって。だって、なまえが他の男と二人で飯食ってんのとかイヤじゃん。……え?あれ?もしかして、俺、案外嫉妬深い感じ?やだな、そんなの。めんどくせぇ。俺、ほんとめんどくせぇ。

 とにかくその日、なんやかんやでなまえが俺たちとはぐれてしまった時、すげぇ不安で。あいつ大丈夫かな。やべぇ、どうしようって焦って、すごく気持ち悪かった。どこだ、どこにいるんだよって人の波を掻き分けて、必死に探し回って。
 そうしてようやくあいつの姿をちらっと視界にいれて、その細っこい手首を掴んだ時、うわ、って思った。
 やばい、好きじゃん。って。
 無理だ。なまえを好きじゃなくなるなんてありえない。そんなの、俺じゃない。

「電気がいてくれるから、安心した。ありがとう」

 そう言ってふわりと可愛く笑ったなまえを、どうやったら恋愛対象から外せるっていうんだ。好きな女子にこんな風に頼られて、安心を与えることが出来て、本望じゃん。今まで何が不満だったの。付き合えたとして、何がしたかったの。エロいこと?いやいや正直やりたいけども、でもそんなの想像出来ねぇっつうか。
 そんな無粋なことがしたくて付き合いたいんじゃない。ただ、未来の先の先まで二人が一緒にいる誓いを立てる為に、まずはそこから始めたいんだ。そんなことまで思った。ただ手を掴んだだけで。可愛い笑顔で頼られただけで、俺ってばそんなことまで思っちまいました。ほんと単純。メルヘンチックか。恥ずかしいな、俺。

 USJ事件の時は、ついつい口から余計なことがこぼれ落ちそうだった。なんでこいつこんな可愛いの。なんで泣いてんの。そんなに心配してくれてたの。可愛すぎかって思って、なんかもう感極まっちまって。
 だから、俺は、

「上鳴、集中してねぇだろ」

「……っへ!?」

 相澤先生のどぎつい目がこちらを向いていて、思わず勢いよく席を立ち、直立不動になる。やべ、こええよ。何にも話聞いてなかった。なになに?何の話?隣の席の耳郎に視線を送ると、その口元が「ばーか」と言っていた。このくそ耳郎め!あとで授業内容教えてください!

「……無理に話を聞いてもらわなくてもいいぞ。クラスから消えることにはなるが」
「え!?いやそれはイヤですごめんなさい!心入れ替えて話聞きます!」

 後ろの席の切島瀬呂から笑い声が漏れる。うっせぇばーか!お前らだって俺と似たようなもんだろ!追い討ちを掛けるように、爆豪からは授業を止められた苛立ちからか、でっかい舌打ちが聞こえてきた。なんだよそんなに怒んなよ。おめぇもこええよ。
 ちらりとなまえの方を見ると、そんなやりとりも全く気にしていないのか、必死にノートを取っている姿が見えた。こういう、俺のことなんて眼中にないんかなーって思わざるを得ない姿勢はさすがにグサッとくる。何度経験しても、だ。

 いい加減、相澤先生が怖いから集中しよう。だから、これが最後。前に進みたい。それだけは、絶対譲りたくない。

 実は、近々なまえをデートに誘ってみようと考えていた。

 それでどうなるかはわからない。けど、俺からこの恋愛感情は消せそうになかった。何をしてもダメだった。ただこの恋心を持ち続けることはこんなにも辛い、苦しい。なら、成就させるか、当たって砕けるかしか選択肢はないんだと、思う。俺、バカだから。こんな方法しか思いつかねぇよ。おまえとの関係を、ぶった切ってしまうことになるかもしれないのに。嫌なのに。嫌だけど、でも。

 覚悟を、決めないといけないんだ。

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