どうしてそんなこと知ってるの




 それは、放課後直後のことだった。

「なぁ、みょうじ、ちょっと付き合ってくんね?」

 被さる影と上から降ってきた声に反応して、顔を上げる。元々そんなに親しかった訳では無いけれど、最近はよく会話をしているような気がする。「どうしたの?上鳴くん」と尋ねると「ここじゃアレだから、空き教室行こう」となんだか珍しく真面目な顔で、こそっとみんなに聞こえないよう顰められた声を出す。
 今日は学校が終わったら、お母さんと病院へ行く予定だった。だから道場も休んで、早く帰るための支度をしていた、んだけど。
 これは、もしかして。
 特別勘が鋭い訳では無いけど、なんとなく、話の内容はわかった。「少しなら」と頷き、目立たないように別々に教室を出た。



 雄英高校は広い。授業でも使われていない綺麗な空き教室なんて、いくらでもあった。
 A組に近いと、誰かに見られてしまうかもしれない。だから少し離れた使用したことのない空き教室に、上鳴くんと二人、こっそりと侵入する。
 うん、ここなら大丈夫そう。念のため内側から鍵を掛けると、静寂のせいか、緊張感が漂ってくる。別に彼を信用してないとかそういうわけじゃないけれど、密室の教室に男の子と二人きり、というのが少し不安だった。チラリとその表情を伺うと、相変わらず笑顔はなく、真剣そのもの。普段見ることのない彼のそんな顔は少し怖い。だけど、別の意味では安心できた。

「話があるんだよね?なに?」
「切島のこと、どこまで知ってんのかなーと思って」

「……切島くん?」

 どこまで、って。
 正直、彼のことは何も知らない。知ってるとしたら、名前と、傍から見ている分の性格。それからその、内に秘めた苦しくて切ない気持ちくらい。
 正直に、「あまり知らない」と答えた。続けて、「会話なんて、ほんとに数えるくらいしかないから」と伝えると「だよな」と上鳴くんは言った。いつものへらへらとした緩い笑顔は、まだ見えなかった。

「はぐらかそうとしてるっぽいけど、切島のこと夢に見てんじゃねぇの?」
「……どうして、そんなこと聞くの?」
「だって、ほら。何日か前に尾白となんか話してただろ。あんまり会話したことない男と、エロいことする夢見たって」
「んんっ!?えほ!げほげほ!」
「また噎せた」

 「みょうじわかりやすすぎ」と、呆れているような、笑っているような、なんとも言えない表情で肩を竦める上鳴くん。まって。誤解が生まれてる気がする。私の思うえっちなことと、上鳴くんの想像しているえっちなことが全然違う気がする。やだなんか。私が変態みたいな言い方やめてよ!

「き、き、き、キス、しちゃっただけだもん!!」
「え?ああなんだそうなん?なんかもっと激しいことやっちゃった夢見たのかと思った。尾白も顔真っ赤だったし、多分同じような勘違いしてると思うぞ」
「うそ」
「ほんとほんと」

 恥ずかしい!なにそれ!私はそんなつもりで相談してないよ!ばかばか!ばかばかばか!!
 頭から湯気が出そう。脳みそがぐらぐら火にかけられているようで、のぼせたみたいにくらくらとする。き、キスとか口に出して言っちゃうことが既に恥ずかしいのに、そんな、もっと激しいことってなに!?意味わかんない!わかるけど!わかんない!

「っていうか聞いてたの!?切島くんとか爆豪くんとか瀬呂くんとかとお話してたじゃん!私話す前にちゃんと確認したよ!?」
「だって切島がみょうじのこと好きだっていうのは前から知ってたし、でもみょうじは妙に尾白と仲良いじゃん?教室であんないちゃいちゃしてさ。どんな話してんのか気になるって」
「いちゃいちゃ!してない!」
「ほうほう。……それだけ?」
「なにが?」
「他に言うことない感じ?」
「……ほ、他?なに?ない、けど、」

 なに?上鳴くんはなにが言いたいの?
 意図を図りかねて、思わず怪訝な顔をしてしまった。私の表情が不信に染まることなんて気にもせずに上鳴くんは「へぇ、」となんだか珍しいものを見つけたような……好奇心、だろうか。そういう感情が籠った眼差しを向けてくる。なんだか居心地が悪い。どういうこと?なに?なんなの?
 わけがわからず狼狽える私を見たまま、視線を逸らさない上鳴くん。静かな声で、確かめるように、小さく確信を突いた。

「やっぱり、切島に好かれてるの気付いてたんだな」

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