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ミシミシ ギシギシ
風が軋む音とはこういう音なのだろうか。
空に亀裂が入るような、そんな。
嫌な予感がそよ風となって私に絡まってくる
ズキズキと頭は痛いし、ぎゅっと絞られた様に心臓は痛い
胃の裏側は冷たくジンジンと骨は嫌なリズムを刻んでる
「もちこ・・・大丈夫?」
「うん・・・みんなは、いつもこんなに怖いところに行ってるんだね」
「ビシビシ、ズキズキ。もちこは慣れなくて、いい。」
ぎゅっと手を握られ、覗き込む顔はそれぞれとても不安げなものだった。
怖いのは私だけじゃない。
どんなに強がったって
どんなに慣れていたってみんな、みんな怖かったんだ・・・
どうして私だけが怖いなんて思ってたんだろう。
どうして私だけが死ぬのを怖がってるなんて思ってたんだろう。
握られた手をぎゅっと握り返すと、ジワリと滲む汗が、冷たくなった指先の温度が伝わってくる。
いつも頼もしいカナメさんだって。いつだって冷静なレイナちゃんだって、こんなに緊張してるのが伝わってくる
「大丈夫よ。私たちがいる。私たちの歌が。あなたの歌が。ワルキューレが」
ふわりと艶やかな髪をなびかせ、みんなを引っ張るかの様に前へ出た美雲さんはそう言うと、星色の瞳を一瞬細め、キッと目の前光景を睨みつける
そこには、今しがた出撃したデルタ小隊の機体と、空中騎士団のエンブレムが浮かび上がっていた
時折青や赤の閃光が瞬き、連続した破裂音が遠くで聞こえる
バルキリーが四方へ飛び散り、一瞬、死神のマークがよぎる
視界がブレたかの様にぐにゃりと奇妙な動きを繰り返すのが見えた
あれは、メッサーくんの
「え・・?あ、れ・・・メッサー、くん?・・・なんか、変・・・?もしかして」
「え?メッサー中尉?」
カナメさんがそう言い、私の方へ振り向くと同時に、外を映し出していた部屋を覆うガラスにアラドさんが投影される
突然、薄暗い部屋にぼわりとした不健康そうな光と無機質な機会音とともに登場したアラドさんの表情は分厚いヘルメットに隠れてよくは見えない。
大きな爆発音や機体の外に移る飛び交う光の玉が妙に現実味を奪っていく
恐ろしい光景に思わず息が止まる
「急いでくれ!メッサーが・・・!」
そう聞こえた時には、爆発したかの様に身体は発熱し、血が、ひどく煮えたぎる。
急いで彼の機体に直接繋がるマイクのスイッチを起動させる
手が震える
うまく声が出ない
息が、息がうまく吸えない
「メッサーくん・・!聞いて!メッサーくん・・!!」
ひくつく喉をなんとか動かし、用意されたステージギリギリまで近づくも、あまりにも遠い
イヤホンにかすかに流れてくる、メッサーくんの機体から聞こえる音は荒い息使いが響くばかりだ
あんなに恥ずかしくて、辛かった歌も、メッサー君を思えばするりと喉から流れ落ちる
喉が焼けそう
こんな先頭に立ってしまっていいのかとか、みんなの邪魔をしていないかとか。
周りを気遣う余裕も持てない
それほどに目の前の光景から目を離せない
耳に流れてくる唸り声は初めて出会った時を思い出させる
どうか気がついて・・・!
どうか
「!そんな、もちこ、異常出力・・・!」
背後でかすかにレイナちゃんの声が聞こえたが、ほとんど聞こえない。
耳元で聞こえる心臓の音と、メッサー君の苦しそうな声が邪魔をして耳に蓋をされている様な気分だ。
そんな事を頭の隅っこで考えたその時
カッと何かに焼かれたかの様な衝撃が身体を襲う。
体が宙に放り出された様な感覚に、気を失いそうになる。
グラついて思わず床に手をつくと、身にまとった衣装のせいか発光している手が視界に入る。
ぐらりと揺れる目がなかなか手を捉えることが出来ずブレて見える。脳みそが揺れる。
同時に目の前に猛スピードでこちらにやってくる機体がかすかに視界に入ったかと思うと目の前で大きな爆発が起こった
一つ弾けたかと思うと、3つ4つと連続して爆発が起こる
何かかが砕け散ったのか、その爆風を受けてなのかわからないが、目の前の大きなガラスがバチンバチンと何かを弾き返す音も木霊する。
「ぅああぁぁぁ、は、・・は・・ぁ、もちこ、さ・・・」
ガタガタと雑音で掻き消されそうなほど小さい声だったけれど、かすかに聞こえたメッサー君のかすれた声
目の前の爆発に驚く間も無く連続して襲いかかる恐怖に、考える事が出来ない
一度地に着いた足が立ってくれない
これが、戦争
これが戦場
視界が、ぶれる
恐怖なのか体が緊張しているのか、寒くもないのにカタカタ言い出す身体はまるで自分のものではないかのようだ。
暑くもないのに全身から噴出す汗が、ポタリポタリと地面に落ちた
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気がついたら突然やってきた空中騎士団は撤退し、空に光る小さな光の粉となっていた。
最後まで風の歌は聞こえず。
正気を失いかけていたメッサー君は通常に戻った様だった。「すいません、もちこさん、ありがとうございます」私の声は届いていた様で、ピコピコと鳴る機会音とともに耳に流れてきたのは、先ほどよりも息が整ったメッサー君の声だった。
ヴァール化に抗い、正常に戻るというのはものすごく体力と気力を奪い、体のあらゆる機能を低下させ、疲労させ、困憊させるらしい。
アラドさんに抱えられたメッサー君は今まで見たことのないくらいに憔悴していた。
どこを見つめているのかはわからない
額に浮かぶ汗は玉となって床に道を作っている
駆け寄ろうとするも、ワルキューレよりも歌によるカロリーの消費、披露、体力の消耗は激しいらしく、立つのがやっとというのが本音なのである。過去を生きている人間というだけで人類の進化には敵わないのを今現在経験として理解するとはなんだか切ないものがある。
思いとは裏腹に焦れったい足に苛立ちを感じる
走らなくてもいいから動け足
自らの足を叱咤して近寄るも、膝が高笑いを繰り返す。足を動かすたびに力がガクンと抜けるのも腹立たしい
「・・・無理をするな。もちこも早く休め」
アラドさんの険しくて、優しい目が私を捉えると、その大きな手が頭をさらりと撫でて通り過ぎる
いつも通り
いつも通りだ
通り過ぎる2人を振り返る事が出来ない
なんて役立たず
みんなが大変なのに
彼が、メッサー君が、大変なのに
何にも出来ない
何も
視界が霞む
かぁっと顔に熱が高まる
メッサー君が、守りたいものを守れるように、そのために頑張るって
何かしたいって
そう思っていたのに
やっぱり何もできない
何もできないよ・・・メッサー君
ヴァールの事だって隠したがってたのに
カナメさんにもばれてしまっては私がいる意味も全くないではないか。
未だに遠くで響く警報音や館内放送が自分の無力さを自覚させ、余計に惨めな思いになる。
ぼたぼた落ちる涙がさらに私を弱くさせる
ぺたりと座り込んだ地面の冷たさは、まるで悲しみの棺桶に閉じ込めるように体の体温を奪っていく
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