04
大泣きした翌日。朝食の時間を少し過ぎた頃にアラドさんが来てくれた。
あれだけ子供のようにグズグズしちゃったから少し気恥ずかしい。
「邪魔するぞーよく眠れたか?」
「・・・昨日はお世話になりました・・」
「いいさいいさ。取り乱すのも無理はない。君のような歳の娘には厳しすぎる現実だろう。大人に頼ることは決して悪いことではないさ」
カラカラと笑って軽く頭を撫でられた。私が「アラドさんやめてくださいよ」と言っても「そうかそうか」とグリグリ撫で回された。
男の人に頭を撫でられるなんてあまり慣れていないから照れてしまう。
ふざけてきゃーっやめてーというと良いではないかーと乗ってくれる優しいおじさまだった。アラドさんイケメンなのにほっこりするよー
私がベッドから足を下ろし座れるようにスペースを開けるとストンとそこにアラドさんが腰を下ろした。思いの外ベッドが軋んだので思わずお腹に目が行ってしまった。それに気がついたアラドさんがぷくっと頬を膨らませる「なんだよ。標準だっつの」ああ、いや、ごめんて。
ヘラヘラとごまかしを決め込んだところで、入口の扉の方からコンコンと控えめに叩く音がした。
「ああ、そういやそうだった。もちこ、君が気を失った時に一緒に居た青年を覚えているか?」
「え、っと・・・はい。覚えています。目が覚めた時に一緒に運ばれたと聞きました。彼は大丈夫でしたか?」
初めて見た死体、大量の血液、戦場。
何かしら警戒の色が見えたけれど、それ以上に感謝の気持ちの方が大きかった。
あの場から距離をとってくれたし、巻き込まれないように避難もしてくれた。
そのおかげで私は幾分も気分は良くなったし、あの状況で人に会えて少し安心もしたのだ。彼は怪我をしていた。そこの私というお荷物が増えたことで容体が悪化したのではないかと思っている。
戦闘ユニットというもので救われたと聞いたけれど、彼は一体どうなったのだろうか。
チラリとアラドさんを見ると、少しばかり眉のシワを濃くし何とも言えない表情をしていた。え、なに!?
「流行りの奇病に当てられたようでね。かなり酷い容体だったが、今はもう回復している。君に会いたいと言っているのだが・・・もしもちこが辛いなら辞めておくが・・・」
どうだ。と聞いてくるアラドさんは入り口へ視線をやった。
よかった。彼は無事だったんだ
最後に見た彼の苦しそうな姿を思い出す。
怪我も多かったし、あんな尋常じゃない苦しみ方してたんだもの
「もちろんです。なんの問題もないです。私も、彼が無事か気になっていたんで。あの、部屋の外にいるんですか?」
「ああ。もう一度聞くが中に入っても大丈夫か?君は彼に暴行を受けた身だからな。怖かったらすぐ言うんだぞ。・・・彼は俺の部下に引き抜くことになったんだ。そうなると、申し訳ないが・・・この先幾度も会うことになるだろうからな。」
入れ、とアラドさんが言うと、ゆっくりと俯いたままぎこちなくあの時の彼が入ってきた。
「・・・・」
あ、あれー
どうしよう
入り口で固まって動かないぞ
お前が来いよってことか・・・・?
アラドさんと腰掛けていたベッドからそろりと降りて一歩彼に近づくと、ビクッと肩が上下したかと思うと勢いよく頭を下げた
目の前で黒髪が揺れる
「申し訳ない。戦闘中に、負傷していたとはいえ、手荒な事をしてしまった。ヴァール化しかけていたとはいえ、恐ろしい思いをさせた事を詫びたい、本当に申し訳なかった・・・!」
なんと
かなり重く取られている!土下座せんばかりではないか。ここでは急病時にうっかり女性を突き飛ばしただけでも重い罪に問われるようだ。まあさすがに常時手を出すDV男はマジクソだが今回は何と言っても非常時だ。ノーカンノーカン
殴られたのは初めてだけど。
なんということだ
「えっえっと。私はこの通り元気になってますし、ヴァール?あのすごく苦しそうだった病気が治ってほんとよかった。お互い命があって良かったですよね〜」
ぐぐっとあげられた頭が震える
ヘラヘラと私がするほどチラリと見える表情が苦々しげになる
彼には私が苦し紛れに、やせ我慢しているように見えるのだろうか。
彼の口からは「でも」「しかし」と口からこぼれ落ちる
「・・・許す。許します。」
「!!!」
「だって貴方も私も生きてるし、五体満足でしょう?私は貴方と出会った事で失ったものなんて何もないし、怪我だってない。貴方の事怖くもない。これでおしまい。」
それじゃあ、ダメ?そう私が言うとまた俯いてしまった。
また一歩近づき、俯いた彼の顔を覗きこもうとした時、ぐっと腕をひかれた。
びっくりして目の前の青年を見ると、切れ長の黒い瞳と目が合った。
「俺は、もう、ほんとに何もない。この戦争で故郷も燃えた。全てなくなった。貴方も、殺してしまうかと思った・・・!なんでもいい。俺の自己満足でいい。貴方の望みを叶えさせてほしい」
ぐっと握られた手が小さな痛みを訴える
昨日私がアラドさんに泣きついたようにきっとこの人も救いを求めている
人に必要とされたがっている
生きる意味を探している
「・・貴方は・・・私と一緒なんだね。私が貴方にしてあげられることは許すことだけ。それ以上を望んでもいいなら、私と一緒にいてほしい。私が辛い時も、貴方が辛い時も。私が貴方の味方になる。どんな時でも。だから貴方も私の味方になって。どんな時でも」
ズルい言葉がスルスルと口からこぼれる。ああなんてズルい。本当はさみしいから誰でもいいから一緒にいたいくせに。
あの時のあの病気の症状や戦争のせいでこの青年はきっといろんなものを失ったのだろう。ああなんて、私と一緒。
今のこの何にもない事への焦りか、生きる希望のためなんだろうか
きっと彼は私が何も頼まなくても彼を救った恩人への気持ちだけで生きていけるのだろう
ごめんなさい
私はアラドさんだけでなく、貴方も利用しようとしている
私が不安で押しつぶされないように手駒にしようとしているんだ
「私がアラドさんに言われて嬉しかった言葉なんだけどね!どうかな?だめ?」
なんて。
アラドさんのせいにして。
彼の事なんて何にも知らないくせに。
私の卑怯者
泣きそうな彼がそっとわたしの背に腕を回して覆い被さるように、でもそっと、抱きしめてくる。温度を確かめるような、そんな抱擁がわたしの身体をじんわりと温めていく。
「わかった。許してくれてありがとう。俺は君の隣を離れない事を、約束する。」
じんわりと
熱がわたしを責め立てるように突き刺さった気がした
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