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転属先へはメッサーくんのバルキリーで行くようで、ほんの少しだけ緊張がほぐれる。
嘘です。別の意味で緊張してはいる。
なんて言うかこう、護送のように専用の機体に乗って行くのかなーとかハヤテ君に聞いたように星と星を移動するときに使われる飛行機みたいな旅客機に乗って行くのかなぁ〜なんてちょっぴりワクワクドキドキしていたわけだが、そんなわけもなく。当たり前のようにメッサー君が持って行けることになったバルキリーで移動ということになった。

ただいま、私の座席ちゃん。一緒にGに耐えようぜ・・・・
ここに音楽プレイヤーとかつけれませんかね?
何時間かかるかなんて怖くて聞けないので暇つぶしとバルキリー酔いに耐えれる何かをくれ・・・・メッサー君が歌ってくれてもいい・・・

当たり前ながら、私の考えなんてお察しのメッサー君には思いっきり顔を掴まれましたとも。潰されましたとも。ひぇ。容赦ねぇ


お姉ちゃんはなんだかいつも通りでホッとしたよ。意外としんみりとした気持ちは身を潜めているけれど、この場所で過ごした時間は長かったようで、出発まであと数時間しだというのに妙に落ち着かない。

最後に資料をまとめると言って出て行ったメッサー君はまだまだ帰ってこないだろう。
窓の外を見ると、ラグナの広い海が広がっている。キラキラと海の上を跳ねる光が眩しい



外に出ると、ふわりと頬を風が撫でて行く
砂浜の独特な踏み心地も今の落ち着かない心にはちょうどよく収まっていく。

スン、と空気を吸うと、海の香り
これから行く星がどんな場所なのかわからないけれど、いつでも懐かしめるように体いっぱいにこの景色を味わう
海へと続く、簡易的な船着場に足を踏み入れると、木でできた足場がキシキシと軋む音を奏でて行く。

「行ってしまうのね」

カツン、と軽快にヒールを鳴らして隣に現れたのは美雲さんだった。
美雲さんは気さくに接してくれるけど、私はどうしても緊張してしまう
この現実離れした美しい女性に慣れることはできない

「はい。短い間でしたけど、お世話になりました」

月並みではあるが、感謝を口にすると、ふわりと目を細める美雲さんは確かに女神で間違いない。

「貴女に女神の祝福を・・・本当はもっと話をしたかったけれど、私が占領しては雷が落ちてしまうわね」
美雲さんがふふ、と目を閉じてその長い足で一歩下がるとそこにはカナメさんやマキナさん、レイナさんとフレイアちゃんも居た

いつものワルキューレのメンバー。
いつもはとびきり明るい笑顔で光っているのに今日は揃いも揃って険しい顔だ

「どうしたんですか・・・?みんな・・・どうしてそんな顔・・・」

「どうしてって・・・私、貴女が居なくなるって聞いて、・・・、」

カナメさんが俯くと、長い睫毛が影を作る
どうなのかはわからないけれど、もしかしたら突然の移籍と移動とはいえ挨拶もせず行ってしまう私に腹を立てているのかもしれない。
お世話になったもんな・・・
あと、仲良くしてもらったし、すごく、楽しかった。こんな場所に来て普通の生活なんて、できないだろうなって思っていたのに。

普通の女の子でいさせてくれた、大事な、私の大事な、大好きな、


堪えきれず、短い距離だというのに走って、走って飛びつく。
近くのマキナさんとレイナさんとフレイアちゃんも巻き込んで、ぎゅっとしがみつく。

ポタポタと溢れ出る涙が、床に染みを作って行く
誰の涙かなんてわからないくらい無数の点が、大きな円を作って行く






時間とは過ぎて欲しくない時ほど早く過ぎるというのは本当で、あっという間に別れの時間はやってきた
地獄のフライトタイムの突入である。
そうやって自分にちゃちゃを入れないとやってられないほどのトラウマを抱えてるので放って置いてほしい。

まわりに習い、メッサー君の隣で敬礼をする。
正直私は荷物的な扱いなので、する必要は無いといえばないのだけれども。しないとみんなの顔がはっきり見えて寂しさがまた顔を出すので、敬礼で視線を覆う事にした。



大きな広場の長い長い滑走路を走ると、もう空の上だ。
別れは一瞬だけれど、その一瞬がどうにも寂しさを募らせる。


何を話すでもなく、空へ旅立ったバルキリーの中空を見上げる。
雲がちぎれて、鳥が数羽散り散りに飛んでいる。大きな鳥なのか、意外にも小さな鳥なのかはわからない。もちろん種類もさっぱりだ。太陽の眩しさに目を細めていると、急にガガガと機材のこすれあうような音が断続的に聞こえ始めた

デルタ1、デルタ3、
聞き取りにくいけれど、かすかに繰り返される単語を拾う
これは、デルタ小隊の通信・・?

「何?今、通信が・・どういうこと?」

「!空中、騎士団・・・!」

ガチャガチャと鳴り響く無機質な音に混ざり、メーデーメーデーと呼びかける声、焦るような誰かの声が機内を駆け回る

なに、これ
まるで、作戦中の、戦闘中のような、



「もちこさん・・・すいません、少し戻りますっ!」

「どうして、これ・・・デルタ小隊の、みんな今戦ってるの・・・?どうして聞こえてくるの」

「・・・新しい勤務地に行かないと無線も更新されませんから・・」

ピピ、ガガ、と鳴る機会音をBGMにグン、っと体が重くなる
バルキリーの速度が増したのだろう。上を見ると、台風のときにみる雲よりも早く大きな塊が過ぎて行く。嘘みたいな光景だけれど、今はこれくらい現実味がない方が冷静になれる気がした。

「俺は、まだ・・・・デルタ小隊です。
でも貴女は・・・・どこかで降ろさせて下さい。
俺は万全じゃない。
貴女を危険な目に合わせたくない。危険な場所には連れて行きたくないんです」


聞いた事ないくらい、弱い声
恐怖に溺れた、低い声

かすれた声に混じるのがなんなのか、察しの悪い私にはわからない。





「ねぇ、聞いてメッサー君。
私は、私の恩人はいーっぱいいるからね。アラドさん、カナメさん、それから、チャックさん、マキナさん、レイナちゃん、フレイアちゃんやハヤテ君・・そしてメッサーくん

メッサー君。
私も一緒に行く
貴方が命がけで飛ぶのに、私がどうして待ってられるの・・・?一緒に居ようって、居てくれるって約束してくれたのに
私役に立ちたい。メッサー君の役に立ちたいの
降ろさないで。絶対」

感情的になっているかもしれない
変な事を言ってしまっているかもしれない
でも

「、それはっ・・・」

メッサー君が困っている
それでも、私の口は止まらない
ここで迷ったらきっときっと私は

「運命共同体、でしょ?メッサー君がカナメさんを助けに行くなら、みんなを助けに行くなら。私も一緒に戦わせて。できることなんてないけど。邪魔だけはしない」

後悔だけはしたくないから

「どうなるか、わかりません。・・・ヴァールになるかもしれない」

「それでも・・・・・それでも、お願い」


何もできないかもしれない
私じゃ
私なんかが
何も持ってない私にできることなんて


それでも私の中の何かが煮えたぎるように叫んでいる。逃げられない運命かもしれない。
あの時の、予知された時の気持ちが蘇る。
不思議。
あの時は恐ろしくて、怖くて、足元を急に真っ暗にされた気分だった。
一歩進むのがすごく怖いはずだった。

今はどうだ。

状況のせいかもしれない

私の立場のせいかもしれない

元来私は流されやすいタイプの人間で、危ない橋は渡りたくないし、ヒヤヒヤするスリルよりも先の見える安心のが好きだし愛している。
人の事より自分が大事で、自分の心を守るために人の事だって利用できてしまう、そういう人間だ
みんなそう
みんなそうだと思ってた

私はそういう人間だった、はずだ。

はずだったのに

目を閉じると、一気に2年前にタイムスリップする。暖かな温もりと、孤独と幸福とやりきれない気持ちと絶望と願望と切望と。

それでも確かに、確かに感じたあの気持ちに、嘘はつきたくない。

その思いだけで、進める

「・・・・・わかりました」

息の詰まったような返事だった

死んだって構わないとは思わない
死にに行く気なんてさらさらない。
あのマティルドでの青年の声が思考を遮る。
あの言葉たちが決心を鈍らせるけれど。

でもきっとメッサー君一人で行って、置いていかれてまたあんな気持ちになりたくない。

あんな、目の前が真っ暗になるような思いしたくない。

あの時の苦しそうな声が頭に響く

あんな苦しい思い、できれば、させたくない。



「・・・・惑星アルシャハルに向かいます」

「ありがとう。メッサーくん」

ぎゅっと目を閉じて願い事をひとつだけ

「貴女を絶対に死なせませんから」

「・・・メッサー君も。約束ね」

貴方と、笑いあえる未来を。




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