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風が凪ぐ
雲は止まり、空気が薄い

数秒、数分、どれくらい時間が経ったのだろうか。
奇妙な緊張感が機内に漂う

メッサー君と一緒にいてこんなにも沈黙が続くのは珍しいかもしれない。

近づいてきたのか徐々に通信がクリアになって行く。

「あと少しで着きます。もちこさん、必ず・・・もしもの事があれば、必ず脱出装置を使ってください。スイッチの場所の確認をお願いします」

「わかった・・・。頑張ろうね。終わったら、またいっぱい話そう。新しい星も・・・一緒に、いっぱいみたいな。ね、約束」

「・・・・はい。必ず。・・・もちこさん・・・」

ふ、と笑う声が前方から聞こえ、それがまた私の胸を締め付ける

胸が、苦しくなる。
明日のことを考えれば考えるほど、約束をすればするほど胃のあたりがぎゅっと締め上げられるような気分になる。

言ってないことがある
言う必要の無い、私の問題だけれど
ジリジリと感じる死の気配は、あの日よりもはっきり感じる
引き寄せて抱きしめる覚悟はできてる

私は私なりに自分の大切な物のために、出来ることをやるだけだ


機内に、一際大きな警戒音が鳴り響く
窓の外に銃弾の光が瞬く


「もちこさん!行きます!」

ぎゅっと胸を押さえると、不思議と怖さも飛び出しそうな心臓も大人しそうなフリをしてくれる

震える声をしまい込んで、「了解、メッサー中尉」と返事を返すと、ぐわん、と機体は一回転をしてロボットの形に変形する。

先ほどよりも鮮明に、クリアになった通信装置からはアラドさんの焦った声と叱咤が響く
引き返すよう繰り返し呼びかけられるが、そんなのはもう、聞けない。

銃弾をいなし、バルキリーの足が砂に潜り滑るように停止する。

そこには、1人で立つ、カナメさん。後ろには倒れた美雲さんとフレイアちゃん。2人を庇うように抱きしめるマキナさんとレイナちゃん。

想像していたよりも悲惨な状況に、ジワリと涙が溢れる

乗っている機体の上部が開くと視界が開け、余計に目の前に広がる景色が現実のものだと突きつけてくる。
アラドさんはああ言っていたけれど、もし、もしここに来なかったら、みんなは・・・

そう思うと、グッと手に力が入る。


「カナメさん無事か!」

「メッサー君!」

「・・歌ってくれ、俺が、ヴァールになりきる前に」

「わかったわメッサー君!」

歌が、聞こえる

カナメさんの声
一緒に録音した、あの曲が、ジンジンと体に染みていく

いく重にも重なり合った手で隠されていた視界が光を手に入れたように、全てが見える。

顔を上げると、開いていた大きな窓が閉じる直後カナメさんと目が合う
一瞬間の出来事なのに、その目が大きく開かれ名前を呼ばれたのがわかった。
飛び立つ瞬間に、取り乱したように「どうして」と数度繰り返し聞こえたが聞こえないふりをした


そうだ
彼女は知っているんだった
あの青年の予知を思い出してしまったんだろうか

ぐいん、と上昇する機体にハッとなって前を向く

「メッサーくん、私が補助する」
「・・ぅ、ぐぅ、っ、はい。行き、ます!」

喉がカラカラする
歌を、カナメさんの声に乗せれば乗せるだけ音が私を締め付けるようだけれど

ぎゅっと胸を押さえ、苦しさを逃す

前方から苦しそうな声が聞こえだすと、バルキリーはさらに加速し、ぐるぐると回転し、左右を高速で行き交う銃弾をいなしていく。

降るようにこちらへ注がれる光りの玉を横目に唸る心臓を無視して歌い続ける。


銃弾の嵐の中、風が、風の音が大声を上げているのが聞こえる。ごうごうと鳴り響く、風


瞬間

全てが

音も、光も、声も

風も

自分の声以外が全て消える

時間が止まる

見えるのは

ビリビリと光る、毒々しいまでに赤く、白く、黒い光の線


「もちこ、さ・・・」

メッサー君の声が聞こえる

顔は、見えない

音が


目の前が白く

赤い

視界が真っ白になって、

真っ赤になって

自分胸を見れば真っ赤になってて

メッサーくんの頭が見えた


ああ、

どうして


こんな
こんな状況なのに不思議な感覚
永遠に時の止まったような空間

どこからか心地の良い歌声だけが聞こえてくる

私を慰めるような、戒めるような、叱りつけるような、そんな、



「・・・・!」

目を閉じた覚えがないのに暗闇から急にパッと視界が明るくなった

耳に聞こえてくるのは今日の天気予報

目の前にひろがったのは私の部屋だった

頭がガンガンと唸る

手は痺れ、まるで身体中に水分が抜けてしまったようにカラカラだ


間違いなくあの時着ていた服をまとっている。
あの日だ。
私が戦場に落とされた日。

開いた目からは涙が溢れてくる

ぼろぼろと溢れる涙はまだまだ止まりそうにない

「メッサーくん・・・」

ポタポタと零れ落ちた涙が私の足元を濡らした。





______________________________

信じられない体験は、今でも私の中で生きている
空白の2年間は私の中に確かに生きていて、大事に大事にしまい込んだ

なかったことになんてできない

無くしてしまえない

忘れたくなんてない

夢だなんて、思いたくない



それでも、始まった現実から目を背けることはできなくて、数時間、数日過ぎれば元の生活が私を待ち受ける。

大学3年生の忙しい春が幕を開け、私を縛り付け始める筈だ。


桜が舞う、心地のいい日。
新しい新入生達で色めきだち、賑わう校舎へ向かう道筋、部活やサークルの勧誘がせわしなくざわめいている


人混みを避けて進んでいくと、
誰かの視線とぶつかった気がした
その誰かの目は見開かれたような気がする
なにかを言った気がするが、ぼんやりとした私の頭ではわからない
何故か知ってる声な気がした

そんなわけない

都合のいい幻聴が頭を支配しているようだ

ため息を一つ。こんな華やかで楽しそうな場所に似合わないとわかっているので、早く校舎に入りたい。

足を早めた、その時、急にグン、と手を引かれ後ろに倒れそうになる

自分の体がトン、と何かにぶつかる

ぶつかってしまったので、すいません、と謝ろうと振り返ると、腕を握る少し焼けた肌。

視線を登ると、そこにあったのはよく知ってる、でもそこにいないはずの、優しげな瞳

私の名前を呼ぶ、優しげな少し低い声

首が痛くなるほど見上げないと合わない視線

彼は、

息が、止まる

風が、空気が。
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